表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王都のお一人様カフェ SOLITAIRE ソリテール  作者: yuruhuwa回路


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/47

夏の新顔

 七月の初め、SOLITAIREに二人の新しい客が来た。別々の日に、別々の理由で。


 一人目は、王立病院の医師、セラ・ミランという三十歳の女性だった。


 茶色い髪を後ろに束ねて、白衣の上から薄い上着を羽織っていた。仕事帰りらしく、目の下にうっすらと疲労の色があった。


「コーヒーを。できれば濃いめで」

「かしこまりました」


 コーヒーが来た。セラは一口飲んで、目を閉じた。


「……今日、患者が一人、亡くなりました」


 カインは何も言わなかった。


「手を尽くした。でも助けられなかった。それが……今夜はどうしても、一人でいたかった」

「ここにいてください」


 セラは少し驚いた顔をした。


「それだけですか」

「それだけです」


 セラはコーヒーを飲んだ。苦かった。その苦さが、今夜は正しく感じた。


「誰かに慰められると、逆につらくなる夜がある」

「そうですね」

「でも一人でいると、ぐるぐる考えてしまう」

「ここにいれば、ぐるぐるしながらも、コーヒーを飲んでいられます」


 セラはそれを聞いて、少し笑った。


「……そういう言い方をするんですね」

「他に言い方が見つからなかったので」


 一時間後、セラは代金を払って出た。


「また来ます。こういう夜に」

「お待ちしております」


 二人目は、三日後に来た。


 四十代の男で、貿易商のエドワードといった。王都でも指折りの成功者で、三つの商会を束ねている。


 しかし今日は一人で、質素な服を着て、路地を歩いていた。


「……一人でも入れますか」

「お一人様専用ですので」

「ああ、そうか。では入ります」


 エドワードは席に着いて、紅茶を頼んだ。それから、カバンから分厚い書類の束を出した。


「仕事をしていいですか」

「どうぞ」


 エドワードは書類に目を通し始めた。ペンを走らせ、数字を確認し、何かを書き込む。集中した顔だった。


 一時間ほどして、エドワードは書類を閉じた。


「……ここは静かですね」

「ありがとうございます」

「私の屋敷も静かですが、違う種類の静かさだ。屋敷の静かさは、気を遣われている静かさです。ここは、本当の静かさだ」


 カインは紅茶のおかわりを持ってきた。


「気を遣われることが多いですか」

「常にです。成功した人間の周りには、機嫌を損ねまいとする人間が集まります。それはありがたいことだが、疲れる」

「そうですね」

「ここでは誰もそうしていない」

「仕事柄、そういうことに気を使う余裕がないので」


 エドワードは少し笑った。


「謙遜が上手い」

「本当のことですが」


 エドワードは紅茶を飲んで、立ち上がった。


「来週も来ていいですか。木曜の午後に」

「お待ちしております」


 新しい顔が二つ増えた夏の始まりに、カインはいつものようにカップを洗った。


 変わらないことと、変わっていくことが、静かに混ざり合う夏だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ