騎士団長の最後の報告
クレインが退役の日にSOLITAIREに来たのは、夕方のことだった。
いつもと違った。鎧を着ていなかった。灰色のシャツと、旅人のような上着。剣も下げていない。五十一年間、常に何かを身につけていた男が、今日は何も持っていなかった。
扉を開けて、席に着いた。
「コーヒーを」
「かしこまりました」
コーヒーが来た。クレインは一口飲んだ。
「今日で退役した」
「はい」
「三十年間、騎士団にいた」
「そうですか」
「今日、マッテオが見送りに来た。あの若い騎士だ。以前、路地の入り口で鉢合わせた」
「覚えています」
クレインはカップを両手で包んだ。
「見送りで泣かれた。恥ずかしかった。団長が泣かせてどうすると思ったが……まあ、悪くはなかった」
「それは良かったですね」
「マッテオも、そのうちここに来るかもしれん」
「お待ちしております」
クレインはしばらく窓の外を見た。夕暮れの光が石畳に落ちていた。
「これから何をするか、決めていないと言っていたな。以前」
「はい、おっしゃっていました」
「決めた」
「何をされるのですか」
クレインは少し間を置いてから、どこか気恥ずかしそうに言った。
「孤児院で、子供たちに剣術を教えようと思っている」
カインは静かに言った。
「それは良いことだと思います」
「役に立てるかどうかはわからん。だが、剣しか知らん人間が、剣以外で何かをするには、剣を使うしかないと思った」
「自分の持っているものを、誰かのために使う。それは立派なことです」
クレインは少し眉を上げた。
「立派などという言葉を、あなたから聞くとは思わなかった」
「たまには言います」
クレインは低く笑った。
「……そうか」
コーヒーを飲み干して、クレインは立ち上がった。
「また来る。今度は何も急かされることなく、ゆっくり来られる」
「お待ちしております」
「昼間に来るのは初めてだな」
「いつでもどうぞ」
クレインは扉を開けた。夕暮れの光の中に、背筋の伸びた大きな影が伸びた。
騎士団長ではなくなった男は、路地を歩いて行った。
その歩き方は、鎧を着ていたときと変わらなかった。
でも、どこか、軽かった。




