ゼファーの本ができた
「持ってきました」
木曜の朝、ゼファーは革の表紙の本を一冊、カウンターに置いた。
分厚い本だった。「新魔法理論体系 第一巻」と書かれていた。著者はゼファー・アシュタロス。発行は王立魔法学院出版局。
「完成しましたか」とカインが言った。
「はい。献辞を見てください」
カインは本を開いた。最初のページに、こう書かれていた。
「王都の片隅にある、ある静かな場所へ。そこにいた人たちへ。」
カインはそのページを少しの間見た。
「……ありがとうございます」
「この本を書いている間、あそこに通い続けたことは、執筆の助けになりました。正確に言えば、あそこで誰にも邪魔されずに書ける時間があったことが、助けになりました」
「それは光栄です」
「一冊、置いていきます。お客様が読みたければどうぞ」
「ありがとうございます。棚に置かせていただきます」
ゼファーはいつもの席に着いた。コーヒーを頼んだ。
「次の巻はいつですか」とカインが聞いた。
「来年には書き始めたいと思っています。ただ、まず少し休もうかと」
「それは良いことだと思います」
「一巻を書き終えたので、今度は弟子と少し旅をしようと思っています。フィールドワークの名目で」
「ファリドさんは喜ぶでしょうね」
「喜びすぎて煩いでしょうが、まあ、それも悪くないかと思い始めています」
カインはコーヒーを持ってきた。
「変わりましたね」
「何がですか」
「弟子の方への話し方が、最初の頃より柔らかくなりました」
ゼファーは少し間を置いた。
「……そうですか」
「はい」
「それは……まあ、あり得ることかもしれません」
ゼファーはコーヒーを飲んだ。
「カインさん」
「はい」
「あなたは、私が通い始めてから、何か変わりましたか」
カインはしばらく考えた。
「砂糖の量を覚えました」
ゼファーは少し目を細めた。
「それだけですか」
「あとは、お客様が増えたことで、豆を多めに仕入れるようになりました」
「……それも変化ですね」
「はい」
「もっと感慨深いことを言うかと思っていました」
「感慨深いことは、胸の中にしまっておく性格なので」
ゼファーは小さく笑った。
「正直ですね」
「ありがとうございます」
ゼファーは本を一冊置いて、帰った。
カインはその本を棚の目立つ場所に置いた。
翌週、アレンがその本の背表紙を見て「なんだこれ」と言った。
「常連のお客様が書かれた本です」
「読んでいいか」
「どうぞ」
アレンは本を持ってきて、コーヒーを飲みながら最初のページを開いた。
献辞を読んで、少し黙った。
「……ここのことを書いたのか」
「そのようです」
アレンはしばらく献辞を見た。
「……悪くないな」
「はい」
アレンは本を読み始めた。内容の半分は理解できなかったが、それでも最後まで読んだ。




