リュートの新しい歌
春の終わりの夜、SOLITAIREでリュートが歌った。
客はその夜、アレンとタリアの二人だけだった。
リュートは弦を爪弾きながら、低く歌い始めた。
タイトルはなかった。ただの旋律と、短い言葉。
冬の夜に、名前も知らない人たちが、それぞれの席に座っていた。英雄も、剣士も、学者も、みんな一人だった。でも同じ場所にいた。それだけで、何かが違った、という歌だった。
アレンは本を閉じた。
タリアはコーヒーカップから手を離した。
カインはカウンターで手を止めた。
誰も何も言わなかった。
歌が終わった。
しばらく沈黙が続いた。
アレンが最初に口を開いた。
「……誰の話だ」
「誰でもない話です。作ったので」
「嘘つけ」
リュートは少し笑った。
「まあ、インスパイアはされましたけど」
タリアが言った。
「ここの話でしょ。ここに来てる人たちの」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
カインがカウンターから言った。
「良い歌でした」
リュートは少し驚いた。カインが音楽に感想を言うのは初めてだった。
「……本当に?」
「はい。さっき言った、邪魔をしない曲というのとも少し違う。この曲は、聴いている人の中にあるものを、引っ張り出してくる感じがします」
リュートは弦を一本だけ爪弾いた。
「……それ、俺が狙ってたことだ」
「そうでしたか」
「なんで気づいた」
「アレン様が本を閉じたので」
アレンは少し苦笑した。
「俺を素材に使うな」
「すみません」
タリアがリュートに言った。
「どこかで演奏するの? この曲」
「わからない。受けるかどうか自信がない」
「受けるかどうかより、あなたが歌いたいかどうかじゃないの」
リュートはしばらく黙った。
「……歌いたい、かな」
「じゃあ歌えばいい」
タリアは元傭兵らしく、あっさりと言った。
リュートはもう一度、最初から弾いた。
夜のSOLITAIREに、静かな歌が流れた。
英雄も、元傭兵も、喫茶店の店主も、黙って聴いていた。
それが、リュートにとって、初めての「本当の意味でのお客様の前での演奏」だった。




