元傭兵と黒馬の話
タリアが二度目にSOLITAIREに来たのは、初めて来てから二ヶ月後だった。
前回と同じ席に座って、コーヒーを頼んだ。
「覚えてますか。前に来たことがある」
「はい。タリア様ですね」
「覚えてた」
「お客様のことは覚えております」
タリアはコーヒーを一口飲んだ。前と同じ味だった。変わらない味は、なんとなく安心する。
「馬のことを思い出したくて来た」
「はい」
「前に来たとき、相棒の黒馬が死んだって言いましたよね。あのとき何も言わなかったけど、ちゃんと聞いてくれてたの、わかってた」
「そうですか」
「今日は、話したい気分になったから」
「どうぞ」
タリアはコーヒーカップをテーブルに置いた。
「ノワールっていう名前の馬だった。真っ黒で、気性が荒くて、最初は全然懐かなかった。傭兵の仕事を始めて二年目に手に入れて、そこから十一年、ずっと一緒だった」
カインは聞いていた。
「戦場でも逃げない馬だった。普通の馬は戦場の音で錯乱するけど、ノワールは慣れてた。俺が怖がってるときも、あいつは平気な顔してた。それが頼もしかった」
「良い馬だったんですね」
「最高の相棒だった。馬なのに、なんか、友達みたいだった」
タリアは窓の外を見た。
「死ぬ前の一週間、ずっと傍にいた。仕事を断って、ずっと馬小屋にいた。仲間には笑われたけど、どうでもよかった」
「後悔はありませんか」
「ない。それだけはない」
「それは良かったですね」
タリアはカインを見た。
「……あなた、共感とか同情とかしないね」
「しようとすると、嘘になりそうなので」
「嘘?」
「私はノワールさんを知りません。タリア様がどれほど大切にされていたかも、直接にはわかりません。だから、わかります、と言うのは正確ではないと思っています」
タリアは少し考えた。
「……その方が、正直でいいな」
「ありがとうございます」
「でも」とタリアは続けた。「あなた、ちゃんと聞いてくれてる感じはする。なんでだろ」
カインは少し間を置いた。
「話す言葉がなくても、聞くことはできます」
タリアはそれを反芻した。
話す言葉がなくても、聞くことはできる。
「……うまいこと言うね」
「そういうつもりではなかったのですが」
タリアはコーヒーを飲み干した。
「また来ます。来月も」
「お待ちしております」
「次来たら、ノワールの若い頃の話をしてもいいですか。面白い話がいっぱいある」
「ぜひ聞かせてください」
タリアは立ち上がった。
扉を開けて出ていく背中は、前より少しだけ軽かった。
カインはカップを下げながら、話す言葉がなくても聞くことができる、という自分の言葉を思い返した。
それは誰かに教わった言葉ではなかった。
ただ、いつからか、そう思っていた。




