剣聖の負け
八年ぶりの敗北だった。相手は十九歳の少女で、新進気鋭の剣士だった。準決勝で、一本取られた。
ギルドの仲間は「今日は調子が悪かっただけ」と言った。興行主は「次の大会に向けて立て直そう」と言った。王都の新聞には「剣聖、まさかの敗退」と書かれた。
ミレイアはそれらを全部無視して、SOLITAIREに来た。
扉を開けると、カインが顔を上げた。
ミレイアは何も言わずに席に座った。
カインも何も言わずに紅茶を持ってきた。
十分間、沈黙が続いた。
「負けた」
「聞きました」
「新聞に書かれてた」
「はい」
「悔しい、と思うのかと思ったら、そうでもなかった」
カインは黙って聞いていた。
「あの子、強かった。本当に強かった。私が十九歳のときより全然強い。それを見て、なんか……嬉しかった」
「嬉しかった」
「剣の世界が続いていく感じがして。私だけが頂点にいるより、強い子が出てきた方が、剣が面白くなる。そう思った」
カインは紅茶のおかわりを持ってきた。
「でも同時に、悔しくもあって」とミレイアは続けた。「自分でもよくわからない。嬉しいのか悔しいのか」
「両方ではないですか」
「両方」
「相反する感情が同時にあることは、おかしなことではないと思います」
ミレイアはカップを持ち上げた。
「カイン、あなたは剣を使ったことはある?」
カインは少し間を置いた。
「昔は」
「強かった?」
「そこそこには」
「負けたことは?」
「何度も」
ミレイアは少し目を細めた。
「負けたとき、どんな気分だった」
「……次にどうするかを考えていたと思います。落ち込む前に」
「それは、強さ?」
「いいえ。当時の仕事の性質上、落ち込む暇がなかっただけです」
ミレイアは少し笑った。
「正直ね」
「お客様には正直に答えようと思っています」
ミレイアは紅茶を飲み干した。
立ち上がりながら、「ありがとう」と言った。感謝を言葉にするのは珍しかった。
「また来ます。次の大会が終わったら」
「勝っても負けても、お待ちしております」
ミレイアは扉を開けた。
路地の空気は春の始まりで、少しだけ温かかった。
翌月の大会で、ミレイアはあの十九歳の少女と決勝で当たり、一本勝ちした。
試合後、ミレイアは先にSOLITAIREに向かった。
「勝ちました」
「おめでとうございます」
「嬉しいのか悔しいのか、また両方です」
「それで良いと思います」
ミレイアは紅茶を注文した。いつも通りの、ミルクなし砂糖なしを。




