新しい客と古い常連
春の気配が路地に漂い始めた頃、SOLITAIREに見慣れない客が来た。
二十二歳ほどの青年で、冒険者ギルドの見習いバッジをつけていた。名前はトール。田舎から王都に出てきて三ヶ月、まだ一度もまともな依頼をこなせていない。
扉を開けて中を見回し、少し戸惑った顔をした。
「あの……一人なんですけど、入っていいですか」
「もちろんです。お一人様専用ですので」
「あ、そういう意味の看板か」
トールは窓際の席に座った。メニューを手に取って、値段を見て、少し安堵した表情をした。懐が寂しいらしい。
「コーヒー、一つ」
「かしこまりました」
コーヒーが来た。トールは一口飲んで、少し目を見開いた。
「……うまい」
「ありがとうございます」
トールはきょろきょろと店内を見回した。仕切りで区切られた席、静かな照明、低く流れる音楽。
「なんか、変わった店ですね」
「そうですか」
「でも……落ち着く。なんか」
「それは良かったです」
トールはコーヒーを飲みながら、しばらく黙っていた。それから、少しだけ話し始めた。
「俺、王都に来て三ヶ月なんですけど、全然うまくいかなくて。依頼は失敗するし、パーティには入れてもらえないし、宿代も正直きつくて」
カインは聞いていた。
「友達もいないし、相談できる人もいないし……なんか今日、もう帰ろうかなって思って路地を歩いてたら、ここが見えて」
「故郷に帰ることを考えているのですか」
「……半分くらい」
カインはコーヒーのおかわりを持ってきた。トールは少し驚いた顔をしたが、受け取った。
「一つだけ聞いてもいいですか」とカインが言った。
「はい」
「王都に来たのは、何かやりたいことがあったからですか」
トールは少し間を置いた。
「……強くなりたかった。田舎じゃできないことを、王都でやってみたかった」
「三ヶ月で、それは変わりましたか」
「変わってない、です。でも、うまくいってないけど、やりたいことは変わってない」
カインは静かに言った。
「では、もう少しいてみてはどうでしょう」
トールはカインを見た。
「……それだけですか」
「それだけです」
トールは笑った。笑ったのは久しぶりな気がした。
「なんか、あっさりしてますね」
「複雑なことを言う必要がないので」
その日の夕方、アレンが来た。奥の席に座ってコーヒーを頼んだ。
仕切りの向こうで、若い声がぼそぼそと何かを言っているのが聞こえた。気にしなかった。
でも、帰り際、アレンはふとカインに聞いた。
「新しい客か」
「そうです」
「若いな」
「はい」
アレンは少し考えてから言った。
「……俺が初めて来たときも、こんな感じだったか」
「少し似ていたかもしれません」
アレンは小さく笑って、扉を出た。
路地を歩きながら、少し前の自分のことを思った。
あのとき自分もこんな顔をして、路地を歩いていたのだろうか。
思い出せなかったが、今よりはずっと重かった気がした。




