カインの過去を問う男
その男が来たのは、冬の入り口の夜だった。
四十代ほど。旅人のような装いだが、姿勢と目つきに、ただの旅人ではないものが滲んでいた。
「コーヒーを」
「かしこまりました」
男は席に着いて、コーヒーが来るまでの間、店内をゆっくりと見回した。観察するような目だった。
コーヒーが来た。一口飲んだ。
「……うまい」
「ありがとうございます」
しばらく無言が続いた。
それから、男は言った。
「あんた、昔、ハウンドにいたか」
カインは手を止めた。
「ハウンド、というのは」
「とぼけるな。俺はレオン・クレイガー。元々同じ組織にいた。お前のことは覚えてる」
カインは少しの間、沈黙した。
それから、静かに言った。
「それは、随分昔の話ですね」
「五年前だ。そんなに昔でもない」
「私にとっては、別の人間の話のように感じます」
レオンはコーヒーを置いた。
「お前、こんな店をやってるとは思わなかった。ハウンドを抜けてどこに行ったかと思えば」
「今はここにいます」
「なぜこんな商売を」
カインはカウンターに手をついて、静かに答えた。
「必要とされる仕事をしたかったからです」
「ハウンドでも必要とされてただろう」
「あの仕事での必要とされ方と、ここでの必要とされ方は、違います」
レオンは少し間を置いた。
「……何が違う」
「あちらは、誰かを壊すために必要とされていました。ここは、誰かが自分を取り戻すために来てくれます」
レオンはコーヒーを飲んだ。
しばらく二人は黙っていた。
「俺も、もうすぐ抜けようと思っている」とレオンが言った。
「そうですか」
「だから、お前がどこへ行ったか、ずっと気になっていた」
「それで、ここに来たのですか」
「確認しに来た。お前が……まあ、ちゃんとやれてるか」
カインはレオンを見た。
「ちゃんとやれています」
「そうか」
「レオンさんも、ちゃんとやれると思います。抜けた後も」
レオンは少し眉を上げた。
「根拠は」
「ここまで来る人間は、大抵そういう人間ですから」
「……強引な理屈だな」
「経験上、です」
レオンはコーヒーを飲み干した。代金を払って、立ち上がった。
「また来るかもしれない」
「お待ちしております」
「お前が何をしてたか、他の客には言わないから安心しろ」
「ありがとうございます。私もレオンさんのことを言いません」
「当然だ」
扉が開いた。冬の夜風が入ってきた。
レオンが出ていくと、店内には静けさが戻った。
カインはカウンターのコーヒーカップを洗いながら、少しだけ目を閉じた。
過去は、たまに、扉を叩く。
でも、今ここにあるものの方が、ずっと本物だと、カインは思っていた。
それは五年間かけて、ゆっくりと本物になったものだった。




