騎士団長の秘密
クレインが部下に見つかりそうになったのは、昼の混んでいる時間帯のことだった。
SOLITAIREに向かう路地の入り口で、クレインは部下の騎士と目が合った。
新任の若い騎士で、マッテオという名前だった。巡回中だったらしく、鎧を着て歩いていた。
「団長! こんなところで何を」
「散歩だ」
「散歩ですか。お一人で?」
「一人でなければ散歩とは言わん」
マッテオは少し周囲を見回した。路地の奥に、小さな光が見えた。
「あの奥に、何かあるんですか?」
「何もない」
「でも光が」
「ランプだろう。気にするな」
「団長、単独行動は規則で……」
「マッテオ」
「はい」
「お前は今、何の仕事中だ」
「巡回です」
「ならば巡回をしろ。団長の私用に口を挟む暇はないはずだ」
マッテオは一瞬迷ったが、「失礼しました」と言って歩き出した。
クレインはしばらく立って、マッテオの姿が見えなくなるのを待った。それから、路地を進んだ。
SOLITAIREの扉を開けると、カインが顔を上げた。
「いらっしゃいませ」
「……コーヒーを」
クレインはいつもの席に座った。今日は鎧を預けてある。シャツ一枚でやや落ち着かない様子だったが、それでも来た。
「どうされました」
珍しくカインから聞いた。
クレインは眉を寄せた。
「なぜわかる」
「表情です」
クレインはしばらく黙っていた。
「……部下に見られかけた」
「ここへ来るところをですか」
「路地の入り口で出くわした。うまくごまかしたが」
「見られると困りますか」
クレインは少し考えてから答えた。
「困るわけではない。ただ……団長がこういう場所に一人で来ていると知られると、なにか言われる気がする」
「なにかとは」
「……弱いとか、疲れているとか」
カインはコーヒーをクレインの前に置いた。
「弱いと思われるのが嫌ですか」
「団長として、それは困る」
「団長としてではなく、クレイン様個人としては」
クレインは口を閉じた。
長い沈黙の後、言った。
「……疲れていると思われることは、別に構わない。人間が疲れるのは当然だ。ただ、それを見せることで、部下が不安になることが困る」
「それは、部下のためですか」
「そうだ」
「それはつまり、クレイン様が部下のことを考えているということです」
クレインは少し眉を上げた。
「……当たり前のことを言うな」
「当たり前のことが、一番大事なことだと思いますので」
クレインはコーヒーを飲んだ。苦かった。いつもより少し、美味しく感じた。
翌日、マッテオがクレインに報告書を持ってきたとき、少しだけ不自然な間があった。
「どうした」
「……昨日、路地の先を少し確認してみました」
「それで」
「小さなカフェがありました。お一人様専用だそうです。とても静かそうな店でした」
クレインは表情を変えなかった。
「そうか」
「いつか行ってみたいと思いました」
「一人でな」
「はい」
「よろしい。行け」
マッテオは少し嬉しそうな顔をして、部屋を出た。
クレインは報告書に目を落とした。
口元は、動かなかった。
でも、目の端が、少しだけ緩んでいた。




