2. 出会いを通して
数刻が過ぎ、なんとか街へ辿り着いたノーマンはギルドに着く
石造りで、無骨で、大きな建物
扉の上には、二匹の魚を模した紋章
ノーマンは一度、深く息を吸い、扉を押し開けた
中は、思っていたよりも騒がしかった
笑い声 怒鳴り声 酒を煽る音
壁には依頼書がびっしりと貼られ、その下では、冒険者たちが成果を誇るように語り合っている
「ようこそ、険者ギルドピスケルへ!依頼ですか? それとも、依頼の受注ですか?」
受付台の向こうで、若い受付嬢が明るく元気な声で話しかけてきた
「これの、買取をお願いしたくて」
ノーマンは、手にしていた袋を受付台の上に置いた
「はい! 買取ですね!少々お待ちくださ...」
言葉の途中で、受付嬢の言葉が途切れ
別の受付嬢が、台のこちら側を覗き込んだ
「あの、どうかしましたか?」
不思議に思い、そう問いかけると
「君! 傷だらけじゃない!?
しかも服も破れてるし、汚れてるし!」
彼女は身を乗り出した
「ここに来る道中、何があったかは分からないけど!
とりあえず、治療! 後、お風呂!」
「いや、でも……俺、そんなお金……」
「いいから!」
有無を言わさぬ勢いで、彼女は叫ぶ
「ニーナさん! ニーナさん!この子の治療、お願いできますか?!」
「そんな大声出さなくても聞こえてるよ。
……まったく、騒がしいねぇ」
奥から現れたのは、年季の入った雰囲気を纏う女性だった
「とりあえず、その子の治療だね。任せな」
「さすがニーナさん!
じゃ、あとはよろしくお願いします!」
受付嬢はそう言って、
ノーマンに向かって手をひらひらと振った
「さて、坊主。その傷、見せな」
ニーナは薬箱から瓶と包帯を取り出し、ノーマンを椅子に座らせた
お世辞にも華奢とは言えない体格と、圧のある雰囲気
ノーマンは黙って頷き、言われるままに傷口を見せた
「あら、見た目によらず素直だね。年頃の男ってのは、意固地でなかなか言うこと聞かないもんだけど」
「……」
「あんた、名前は?」
「ノーマンです」
「ノーマンか、あたしはニーナよろしくな。」
薬の匂いが、鼻をくすぐった
ニーナは手慣れた様子で、ノーマンの腕の傷に軟膏を塗っていく
指先はごつごつしているが、動きは驚くほど丁寧だった
「痛むかい?」
「いえ。大丈夫です」
「そうかい」
包帯を巻きながら、ニーナはふぅと息をつく
ノーマンは、少し迷ってから口を開いた
「……あの」
「ん?」
「魔法とかは、使わないんですか?」
一瞬、手が止まった
「魔法は便利さ」
ニーナは、淡々と話だす
「道具もいらないし、
傷だって、こうやって触らなくても塞げる」
包帯を引き、きゅっと結ぶ
「何かと役に立つ、否定はしないよ……でもね。」
ニーナは、ノーマンの方を見た。
「便利なだけじゃ、ダメなのさ」
そう言って、ニーナは治療した部分を優しく撫でた
ノーマンの胸に、素直な疑問が浮かぶ
(何故だ?便利なら、使えばいいじゃないか?)
その思考を、見透かしたように
ニーナは、ノーマンの顔を見て、ふっと笑った
「その疑問を持つのは、正しいよ。坊主」
包帯を整えながら、穏やかな声で続ける
「でもね、その答えを知る今すぐじゃないよ。自分の中で、ゆっくり見つけな!」
最後に、軽く肩を叩いた
「よし、終わりだ。風呂、入ってきな」
「……ありがとうございます」
ノーマンは頭を下げ、
案内された風呂場へ向かった
汚れた体を洗い流し、新しい服に袖を通す
(暖かい)
その感覚に、胸が詰まった
こんな温もりは、久しぶりだった
胸元を探り、服の内側に手を入れる
だが、指先が触れるはずの感触は戻ってこなかった
「……ない?」
そういえば、服を脱いでいる時にいつもつけていたペンダントがない事に気づく
(どこかに落とした?いや、ここに来る前に荷物を整理していた時はあったはずだ!)
慌ただしくカバンの中を探していると、受付場から
買取の査定が終わったと知らされた
受付嬢が、満面の笑みで声をかけてくる。
「そうそう。君の名前、まだ聞いてなかったね」
「ノーマンです」
「ノーマン君か! よろしくね! 私は、マリーン
マリーンお姉さんって呼んでね!」
そんな、彼女に申し訳なそうに
「……あの、すみません。碧い宝石がついたペンダント……見ませんでしたか?」
マリーンは肩をすくめてから、少し声のトーンを落とす
「それなんだけどね。
ギルド長が、ノーマン君に話があるみたい」
「話、ですか?」
「うん。一緒に来てくれる?」
ノーマンは、軽くに頷いた
彼女に案内されるがまま奥へ奥へと進められ
通路の突き当たりにある、重厚な扉の前で足が止まる
コン、コン、コン
「失礼します。ギルド長、先ほどの少年をお連れしました」
先程の明るい声とは違い、落ち着いた声で話すマリーンの姿を見て
俺は、少し気を引き締めた
「……入ってくれ」
重厚な扉が、低い音を立てて閉じられた
壁一面に並ぶ書架、地図、封蝋の跡が残る書簡
冒険者ギルドの中枢、そう呼ぶに相応しい空気が漂っている
ノーマンは、椅子に腰を下ろしたまま背筋を伸ばしていた
向かいの男は、ゆっくりとペンダントを机の上に置く
碧い宝石が、灯りを受けて鈍く輝いた
「これは……君の物だね」
「はい。祖母からもらった、大事なお守りです」
男は小さく頷き、ペンダントから視線を外さずに続けた
「失くしたことに、気づいていたかい?」
「さっき、風呂のあとで」
「なるほど」
それだけ言って、男は初めてノーマンを見た
鋭い――というより、深い
長年、人を見てきた者の目だ
「改めて名乗ろう。
私はこの街、ピスケルの冒険者ギルド長を務めているオルディンだ」
「ノーマンです」
「よろしく」
「君は、今日この街に来たばかり。
それでいて、あの獣を一人で仕留め、素材を持ち込んだ」
机の上に、革袋が置かれる
先ほど査定に出したものだ
オルディンは、袋から素材を取り出す
「これは、フレアウルフの素材だ。名前の通り炎を使う魔獣。少なくとも、Bランク相当の冒険者が倒せる魔物だが君は倒し、ここに持ってきた」
ノーマンは、喉が鳴るのを感じた
「……運が良かっただけです」
「そうだろうね」
オルディンは、否定しなかった
「完璧な勝利ではない。むしろ、紙一重の戦いだったんだろう。」
その言葉に、ノーマンは視線を伏せる
「だがね?」
オルディンは、ペンダントを指先で軽く押した
「“運が良かった”で片付けていい話でもない。」
碧い宝石が、わずかに揺れる
「これは、ただのお守りじゃない。」
「……どういう、意味ですか?」
「君は、このペンダントを身につけているとき――妙な“導かれ方”をした覚えはないか?」
「偶然にしては出来すぎた出会い。避けられないはずの死。
あるいは――進むべき道を、迷わず選べた瞬間」
ノーマンは、答えられなかった
だが、否定もできない
村が焼かれた夜、あの二人に助けられたこと
本来なら、死んでもおかしくない状況で、生き残れた事実
今日、視界の悪い霧の中で街へ来れた事
どれも、“理由は説明できないが、何かに導かれた証拠”
「……俺には、分かりません」
正直に言った
「そうだろう」
オルディンは、穏やかに笑った
「分からない者の方が、まだ健全だ」
彼はペンダントをノーマンへ差し出す
「これは返そう。もう、手放してはいけないよ」
その声音が、少しだけ低くなる
「この街の外。特に、遺跡や洞窟に近づくときはな」
「危険、なんですか?」
「危険というより」
一瞬、言葉を探すように間を置き、
「“呼ばれる”」
短く、そう言った
ノーマンは、その言葉の意味を測りかねた
「君が冒険者になるつもりなら、止めはしない」
オルディンは椅子に深く腰掛ける
「だが忠告はしておこう。
力を求めるなら、順序を守れ」
「順序……?」
「仲間。経験。そして、知識だ」
視線が、まっすぐノーマンを射抜く
「君は今、そのどれもが足りない」
だが、次の言葉は意外にも柔らかかった
「だからこそ、その術を学びたくなった時はまた尋ねて来なさい。ギルドという場所は優秀な人材が多いからな。」
「はい、ありがとうございます!」
ノーマンは、力強く返事を返し
オルディンは、それ以上何も言わなかった
ただ、机の引き出しから一枚の札を取り出し、差し出す
「これはギルドカードだ。冒険者登録には、君の血をこのカードに垂らしてくれ」
言われるがまま、指から血を一雫垂らす
「これで、様々なギルドで仕事は受けられる。」
「……ありがとうございます」
扉が、静かに開く
「この出会いも何かの縁だ。今日は、このギルドで休め。明日、この買取の報酬とこのギルドカードを渡す。」
ノーマンは立ち上がり、深く頭を下げた
部屋を出る直前、背後から声がかかる
「ノーマン」
振り返ると、オルディンはもうこちらを見ていなかった
「よく頑張った」
それだけを言い残し、扉は閉じられた
割り当てられた簡素な個室は、静かだった
石壁と木の床。小さな机と、寝台がひとつ
ノーマンは、背負っていたリュックを床に下ろし、
そのまま椅子に腰を落とした
疲れているはずなのに、眠気は来ない
今日の出来事が、頭の中で何度も反芻される
フレアウルフとの戦い、ニーナの言葉、オルディンの話と、「呼ばれる」という不可解な忠告
胸元に手を伸ばす
碧い宝石のペンダントは、確かにそこにあった
(返ってきた)
それだけで、少し気が楽になる
だが同時に、胸の奥に小さな棘があった
「これは、ただのお守りじゃない」
ギルド長の声が、耳の奥で響く
ノーマンは、ペンダントを握りしめた
冷たいはずの宝石は、ほんのりと体温を帯びている
(いつからだっけ?)
祖母からこれを受け取った日のことを、思い出そうとする
焚き火の前
祖母の膝に頭を預け、眠くなるまで話してくれたいろんな話をしてくれた
『この世界には、おっきいおっきいリンゴの木があって、そのリンゴの木の下で動物たちがお祭りをする』話
『東の海には、体は小さいけど誰よりも力もちの小人と体は大きいけど誰よりも優しい巨人が一緒に住んでいる』話
『雲の上にある、空を飛べる人がいる王国』の話
その他にも色々と、本当に祖母の話が好きだった
ある日、いつものように。話を聞いてるときに、祖母が
『世界にはね、“選ばれなかった物語”があるんだよ』
と皺だらけの手で俺の頭を撫でながら話だす
『英雄になれなかった人。救えなかった誰か。
違う選択をしていたら、別の未来を歩いたはずの人たち』
祖母は、少しだけ寂しそうに笑っていた
『でもね。選ばれなかったからって、無意味じゃない』
火の粉が、夜空に舞っていた。
『物語はね、生きている限り、終わらないんだよ』
――その言葉の意味を、当時の俺には分からなかった
今も、はっきり分かるわけじゃない
ただ、
(……俺は、生きてる)
村を失っても
獣に追われても
紙一重で、死を避け続けてきた
それは、運かもしれないし、偶然かもしれない、だけど
ノーマンは、静かに背筋を伸ばした
(もし、これが何かの“導き”なら)
何もかも、まだ足りない
それでも、前を向いて歩くことはできる
ペンダントを服の内側にしまい、ノーマンは、深く息を吐いた
「大丈夫だ」
己に、そう言い聞かし。眠りに入る
不思議と、心は静かだった
外では、ギルドの夜が更けていく
明日になれば、新しい自分になれるそんな気がした
1話2話と読んでいただき、ありがとうございます!
今回は戦闘よりも、ノーマンが「冒険者として世界に足を踏み入れる瞬間」と、
人の温もりに触れる場面を大切に書きました。
ニーナの言葉や、ギルド長オルディンの忠告、そして祖母の記憶
どれも、これから先の物語に静かに繋がっていく“種”です。
次回からは、いよいよ冒険者としての一歩が本格的に始まります!
洞窟、仲間、そしてペンダントが示すもの
少しずつ、「選ばれなかった物語」の意味が見えてくる……かもしれませんね!笑
感想やブックマーク、とても励みになります。
ここまで読んでくださったあなたに、心から感謝を
次話も、どうぞお付き合いください!!




