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妹に婚約者を奪われ……………ないっ⁉︎  作者: 森林 浴


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ep.7


「エルミールッ!」


部屋に入った途端にイシス様に抱きつかれ、私は目をパチクリさせて現状を理解出来ず固まっていた。



アレから、何故か見知らぬメイド達に頭から爪先まで磨き上げられ、何故か見覚えの無い上等なドレスを着せられ、何故かお父様の執務室が私の執務室に変わっていて、そして何故かそこでイシス様が待ち構えていて部屋に入るなり抱きしめられ今これ。


「良かったっ!本当に帰ってきてくれてっ!

君はあのままもう2度とここには戻らないんじゃないかと覚悟はしていたが、それでも君がまた戻ってきてくれる一縷の望みを捨て切れず、使用人を新しく雇い、君の帰りを待っていたんだ」


使用人の謎をあっさりイシス様から聞いて、私はとりあえずこの謎の現象について納得が出来た。

………いえ、それにしても雇いすぎだけどねっ!

使用人×給料については後でじっくり話し合うとして、今はそうね………取り急ぎイシス様に何とかして欲しいのよねぇ。


「イ、イシス様、あのっ、は、離していただけません?」


イシス様にギュウギュウに抱きしめられ、窒息寸前のこの現状をねっ!


「ハッ!す、すまないっ、不躾にだ、抱きしめるなど………君が帰ってきてくれた事が嬉しくてつい………」


やっと私を抱き潰す寸前だった事に気付いて、イシス様はこっちが恥ずかしくなるくらい耳まで真っ赤にしてパッと私の体から手を離した。


いや、あの………そんな真っ赤にならなくても………。

私までつられて顔が熱くなってくるのですが………。


なんだか居た堪れない空気が流れ、向かい合って私達がモジモジしていると、わざとらしい咳払いが聞こえてきた。


「んっ、ゴホンッ、お二人とも、とりあえずお座りになったらいかがでしょうか?」


その声にビクッと体を揺らし、声の方を振り向いてみると、ニコニコ………いえ、ニヤニヤ笑うモーリスさんと目が合ってしまった………。


あっ、ですよね、いらっしゃいますよね、貴方様も。

イシス様の専属執事さんですもんね。

見てますよね、常に見守ってますよね、イシス様を………。

なら、さっきのっ!イシス様が私に抱きつく前にお止めできましたよねぇぇぇっ!

ニヤニヤしてないでっ、止めなさいよっ!


ギリギリと私から睨まれ、モーリスさんはスンっとした顔でスススとそんな私からゆっくり顔を逸らした。

ちっ、確信犯め。


「エルミール、先程は本当にすまない。

色々気になる事もあるだろう。

腰を下ろしてゆっくり君と話し合いたい」


まだ頬を染めたままイシス様が差し出してきた手を取り、私はソファに座った……んだけど。

んっ?あれ?なんでイシス様ってば私の隣に座るのかしら?

向かい合って座れば良くないかしら?


「君と話をしたあの後」


あっ、スルーなんですね。

さりげなく隣に座っている事も、なんだか距離が近いこの状況も、全スルーなんですね。

ちょっと離れて欲しいと言いたいけど、話がいつまでも進まないので仕方なくそこはお口チャックでイシス様の話を黙って聞く事にした。


「俺は君の置かれていた現状を調べ尽くしたんだ。

あの母娘がこの邸に来てから解雇された使用人を探し出し、君の父上にも面会して話をしてきた。

そして君があろう事か、この邸で使用人以下の扱いを受けていた事をようやく知ったんだ。

…………エルミール、俺は君の婚約者だというのに、君の窮状も知らず、君を助ける事もできなかった………本当にすまない………」


今にも泣き出しそうな苦しげな顔でイシス様は私に向かって深々と頭を下げた。

それに驚きつつ、私は全力でブンブン両手を振りまくる。


「いえっ!お忙しいイシス様に我が家の惨状など知る由も無かったでしょうし、私も悪かったのです。

…………誰かに助けを求める事もせず、ただ自分の置かれた立場を嘆き、あげく全てを放り出して逃げ出したのですから………」


言葉にしてみるとただただ恥ずかしくて、先細りになってしまった私の言葉にイシス様はガバッと顔を上げるとグイッと私の両手を掴んだ。


「いやっ、君は何一つ悪くないっ!

あの母娘の支配したこの邸で、味方の1人もいない状況で、外部に助けを求めるなど容易では無かった筈だ。

俺との接触も妨害されていたのだから、君に出来る事は無かった。

俺がもっと君を気遣っていれば、そしてこの邸の様子から何かを察していればと………悔やまれて仕方ない………。

改めて、エルミール、本当にすまなかった………」


重ねて謝罪されてしまい、私は喉の奥から込み上げるものをグッと押さえつけるのに必死で言葉が出てこなかった。

代わりに涙がボロボロと溢れ、イシス様を責めたい訳じゃないのにまるで責めているかのような自分の不甲斐無さに更に涙が止まらなくなる。


「エルミール………本当に今まで………すまなかった…………」


そう言ってイシス様はその胸の中に私をそっと抱きしめてくれた。

今度は優しく、まるで壊れ物でも扱うかのように………。

その温もりに安堵して、やはり涙が後から後から溢れて止まらない。

イシス様はそんな私をもう何も言わずにただ抱きしめてくれていた。

イシス様の服が私の涙で濡れてしまう事も気にせず………。


………いや、待って。

このどう見てもお高い服に、涙どころか鼻水までつけちゃう前に、ちょっとどうにかしたいな、これ。

ざっと見てもこの服、あれよね。

平均的な平民の1ヶ月分くらいの金額するわよね。

私さっき、メイドさん達になんか顔に塗りたくられてたよね?

メイクと涙でグチャグチャな状態でそんな服これ以上汚せないのですがっ!


私はイシス様の胸の中で早急にカッと目を見開き、強制的に涙を乾かしつつ慌てその胸から顔を起こした。


「失礼致しました、イシス様のお心遣いについ気が緩んでしまい。

………もう、大丈夫ですわ。

それで、お義母様とローズマリーを憲兵に連れて行ったのは、お父様なのでしょうか?」


私がイシス様から少し身を引くと、何故かイシス様は少し残念そうな顔をした後、私を気遣うようにその温かくて大きな手で私の頬に残る涙を拭ってくれた。


「………いや、領地に居られたフランシス伯爵はこの邸で起こっていた事を何も知らなかった。

俺が元使用人達の証言と、現役で働いていた者数人から聞き取った事を話すと驚いていたくらいだ。

………その後は怯えた様子で全てを俺に一任すると書面に署名してくれたので、他家への介入を問われず好きに動く事が出来たが……。

どうやらフランシス伯爵は亡くなった前夫人の生家に怯えて、領地に逃げ引きこもっているようだ」


イシス様の話に私は驚いてそれこそ涙が完全に引っ込んでしまった。

私にとって父親はあの鬼のような義母に私を任せ、私にだけ冷たい邸に放り投げたような存在で、あまり良い印象は無い。

ってか、父親としての責任とかあったもんじゃないし、あの義母とローズマリーを作るあたり碌なもんじゃないとは思っていたけど、そこまで酷いとは思っていなかった。

お母様の生家が怖くて引きこもるくらい臆病なら、よくあの義母をこの家に招き入れたな〜。


疑問が浮かんではまた浮かんでくる私の頭の中を読み取ったように、イシス様は私を気遣ってか、あえて淡々とした口調でお父様について語り始めた。


「フランシス伯爵は前伯爵の功績で自分に与えられた妻に対して、随分と気遣って過ごしていたようだ。

武勲で名の知れた前伯爵とは違い、武の才能に恵まれず騎士にならなかった事にも引け目があったらしい。

だが、前伯爵の武勲によって拡大した領地を統治する才能には恵まれ、フランシス伯爵の領主としての評判は悪くないものだったよ。

前伯爵もそれは認めていたらしく、早々に領地経営の全権限を息子に譲っている。

しかしフランシス伯爵は社交が苦手で、貴族同士の付き合いには疎く、その面をエルミール、君の母君が一任していた、が、母君は君を残して早逝されてしまった。

母君の生家である侯爵家からもそれを責められ、加えてまだ幼い君を抱え、これからは苦手な社交も自分がやらなくてはならない、その全てに押し潰されてしまった伯爵は、裏社交界なる落ちぶれた者達が集まる場所に逃げ込んでしまった。

そしてそこで出会ったのが、あの義母という訳だ」


あまりの父親の不甲斐ない話を私に聞かせるのが躊躇われたのか、イシス様はそこで言葉を切り、私の顔色を窺うように遠慮がちにその長いまつ毛を揺らした。


そのイシス様の様子を見ていた専属執事であるモーリスさんがゴホンッと咳払いをした後、続きを請け負って話し始めた。


「当時あの義母は位の高い貴族男性を狙って不躾で身分不相応な行動を繰り返した事により、多くの貴族家から訴えを起こされ、生家である男爵家から勘当を言い渡され、貴族の籍からも抜かれていたようで。

裏社交界に出入りしては飽きずに男漁りをしていたところに、妻に先立たれその生家から激しく責められ憔悴しきったフランシス伯爵が目の前に現れた、という流れですね。

元男爵家であった義母からすれば、伯爵という身分は垂涎ものだった事でしょう。

憔悴しきった伯爵を手玉に取るのも容易だった筈です。

そして伯爵との間にまんまとローズマリー嬢を作り、意気揚々とこの邸に乗り込んできた訳です。

フランシス伯爵は自分の犯した過ちを償うべく母娘を受け入れたは良いものの、やはり亡くなった夫人の生家に責められる事に怯え、何かと理由をつけては領地に引きこもったまま、いつしかこの邸には一切帰らなくなりました。

それを良い事に、あの義母はフランシス伯爵家の正統な後継であるエルミール様から全てを奪う気でいたようです。

元男爵令嬢であった義母には、高位貴族の政略結婚の際に交わされる誓約の重みが理解出来なかったのでしょう。

本気でエルミール様からフランシス伯爵家も、侯爵家の後継であるイシス様の婚約者という立場も奪えると思っていたようです。

自分の娘であるローズマリー嬢の美しい容姿、という全くもって無価値なものでイシス様の婚約者の座が手に入ると本気で信じていらっしゃったので、その辺は不詳、私から無理無体な考えであったと懇切丁寧にご説明させて頂きました。

なかなかご理解頂くのに時間がかかりましたが、根気強く時間をたっぷりかけてご説明差し上げましたところ、最後にはしっかりとご理解頂けましたよ」


ニッゴリと笑うモーリスさんの笑顔から、ギッギッギッと錆びた人形のように顔を背け、背けた先にあったイシス様の顔も黒い笑顔を浮かべていたもので、私は引っ込んだはずの涙が目尻に滲み、引き攣った笑いを浮かべるしか出来なかった。


怖いってっ!!

笑顔っ!笑顔が黒いっ!そんで目の奥が笑ってないっ!

なんかもう、この2人から懇切丁寧にご説明されちゃった義母がちょっと不憫に思えるくらいの怖さ………。

私ならこの笑顔だけでビビり散らして吐ける………ゲボゲボォ。


「…………ほ、本当に……イシス様とモーリスさんには、その、多大なご迷惑とご面倒をおかけしてしまって………もう、なんと言えば良いか………」


2人の黒い笑顔にビビり散らしてカタカタ震えていると、その私の手をそっと握ってイシス様が遠慮がちに微笑んだ。

…………あっ、もう黒くない、ホッ。


「エルミール、良ければ庭園に出て2人で話さないか?」


イシス様の誘いに私は無意識にコクコクと頷いていた。

いやもうちょっと、外の空気が吸いたくて。

色々(主にダブル黒い笑顔が)衝撃過ぎて、一回頭を休ませたかったのよっ!




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