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妹に婚約者を奪われ……………ないっ⁉︎  作者: 森林 浴


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6/8

ep.6


「…………嘘、なにこれ……」


私は震える手で今朝の新聞を握り締め、そこに書かれている記事に夢中で目を走らせた。


そこには、フランシス伯爵夫人が義娘への虐待の容疑で憲兵に逮捕されたその詳細が事細かに書かれてあった。

娘であるローズマリーも姉の私物の窃盗及び暴行でフランシス伯爵夫人同様に憲兵本部にて事情聴取を受けており、また加担した使用人達はすでに刑が確定している為牢屋に入れられている事も書かれていた。


「なっ、えっ?何がどうなって………えっ?」


訳が分からず目を白黒させている私からいつの間にか後ろに立っていた女将さんがその新聞を奪い、呆れたような声を出した。


「とんでもない話だよ、まったく。

いくら前妻の娘とはいえ、12年間も虐待してたってんだから。

鬼か畜生だね、この女は。

許される事じゃないよ、本当に」


怒りの滲んだ女将さんの声に被せるように、机に座っているカーサも声を上げる。


「その妹ってのも酷いよね。

邸の正統なご令嬢の持ち物を全部奪って自分の物にしてたんでしょ?

しかもそのご令嬢を召し使いとしてコキ使ってたんだから、本当に頭悪い。

自分の立場も分かってなかったとか、救いようなさすぎ」


何を喋っていても気怠そうなカーサが珍しくハキハキ喋っていて、私は思わず驚いて2人を振り返った。


女将さんもカーサも、流石親子のなせる技としか言いようのない、懐の深い温かいそっくりな笑みを浮かべている。

女将さんがその働き者の手で私の頭をそっと撫でた。


「しかし、このお嬢さんは良く頑張ったねぇ………。

ドロドロの服でうちに飛び込んできた時は、痩せっぽっちで驚いたもんだよ。

ろくに食わせてもらえてなかったんだねぇ。

なのにうちで働かせて下さいなんて頭を下げてさ。

保護してほしいって言ってくれても良かったんだよ、まったく。

たらふく食べさせてあげたくてさ、アンタの言う通り雇ってみたら、その痩せっぽっちの体で働く働く………。

ほんとにねぇ、そんな事いいからもっと太らせさせておくれよって何度言いそうになったか」


はぁ〜っと溜息をつく女将さんの後ろでカーサがいつもの気怠げな目をして笑っている。


「うちの母さんのとこに飛び込んできたのが運の尽きだね。

ツヤツヤのふくふくにされちゃって。

まぁまだ痩せてる方だけど、うちに初めて来た頃の面影は無いね」


まるで自慢するようなカーサの口調に、私は思わず笑ってしまった。

カーサは片眉を上げて、そんな私を楽しそうに眺めている。


「私はさ、難しい事は分かんないけど、その伯爵家のお嬢さんは将来そこんちの領地の領主様になるんでしょ?

なら下々の生活を知る為の社会勉強くらいしてもらわなきゃね。

例えば王都の外れにある食堂兼宿屋とか、うってつけだと思うよ」


そう言ってカーサがねー?と同意を求めると、幼馴染の親衛隊達がニコニコ笑いながら激しく同意を返している。


「そりゃ、カーサちゃんの言う通りだ。

そうやって現場を見る領主ってのは良い領主になるぜ。

お貴族様だからって威張り散らしてるだけの奴とは違うだろうさ」


「そうだな、全く間違いねぇ。

なんでも社会勉強ってのは大事だぜ。

庶民の暮らしに庶民の金銭感覚。

そんなもんが分からなきゃ、領主なんて務まらねーよ」


常連さん達が口々にそう言って大口を開けて笑っている。


もしかして、これは………。

私がこの新聞の記事に書かれている虐げられた伯爵令嬢、エルミール・フランシスだって、皆んなにバレてる………?

うん、バレてるね、これ。

だよね、イシス様が初めて来た時、私の事エルミールって呼んでたもんね、ハハッ。


皆んなに自分の境遇を知られてしまった事は若干気恥ずかしいけど、女将さんの言いようでは最初から多少なりともバレてたみたいだし、そこは今更なのかも。

それより、そんなどう見ても訳ありな私を無条件で迎えてくれた女将さん達の懐の深さよ………。

拝むしかない、拝み倒すしかない。


「ねぇ、エミー」


女将さんの愛情深い声にハッとして顔を上げると、少し寂しげな表情で女将さんは言葉を続けた。


「アンタは良く頑張ったよ。だからね、まだまだ頑張りな、なんて誰も言わない。

アンタがずっとここにいたいと言うなら、私らは大歓迎さ。

でもね、アンタにあっちでの生活で少しでも心残りがあるってんなら、一度帰って様子を見てきたらどうだい?

アンタに酷い事をしてきた奴らはもうそこには居ないんだ。何の心配もいらないよ。

私はね、ご立派な服がドロドロになっても構わず自分のいなくなった婚約者を必死で探してたあのお貴族様が嫌いじゃないよ。

確かにアンタが辛い時に助けちゃくれなかったかもしれないけどね、ちゃんと全てを知った後はアンタの為に一瞬で悪い奴らを懲らしめてくれた。

やってくれなかった事もやってくれた事も、どっちもしっかり考えて、もう一度あのお貴族様に会ってしっかり話してみたらどうだい?

言いたい文句もあるんじゃないのかい?」


私の目を真っ直ぐに見つめてそう言ってくれた女将さんに、私の胸の中でモヤモヤと燻っていたわだかまりがスッと晴れていくような気がした。


そうだ、私は何から逃げてきたんだろう。

義母とローズマリーからの悪意から逃げてきたんだ。

だとしたら、あの2人のいなくなったあの邸になら戻っても良いんじゃないかな?

自分の責務からまで逃げたいと思ってはいないんじゃない?

私が居ないとフランシス伯爵家には後継がいなくなる。

縁戚を頼って後継になってもらう手もあるけれど、それではお母様の生家である侯爵家の後ろ盾を失ってしまう。

フランシス伯爵家と領地を守る為には、私が必要なんだ。

そこからも逃げてちゃ、優しい女将さん達に顔向けできない。


私は胸の前でぎゅっと服を握り、意を決して顔を上げた。


「私、一度帰ります、あの家に」


私の言葉に女将さん達が暖かい笑顔で頷いてくれた……………。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




帰りますと皆んなに決意表明した3日後、私はあの日逃げ出したぶりにフランシス伯爵邸の前に立っていた。

徒歩と乗り合い馬車で帰ってきたから半日ほどかかちゃったけど、お陰で色々と自分の気持ちを整理出来た。

とにかく邸に戻って領地からお父様を呼び戻し、今後の話をしなければいけない。

憲兵署に拘置されている義母とローズマリーも何とかしなきゃ。

やる事は山積みだけど不思議と頭が冴えて力が湧いてくる。

きっとそれは全部、イシス様のお陰だと思う。


私はずっと、この世界は私を中心にした〝可哀想な〟例のアレなお話の中だと思っていた。

だから私は義母と義妹に虐げられていて、使用人達も味方じゃなくて、お父様にも見捨てられ、婚約者にも裏切られる。

きっとこのお話の先には、例えばそんな私を救い出してくれる素敵な男性とか、私の秘された力を発揮できる場所だとかが用意されているんだろうけど、そんなのもうどうでも良いから逃げ出したいっ!って思って生きてきた。


でもここは、ただ私が生まれ変わった現実でしかない世界。

義母と義妹はただの非常識な人間で、使用人共々ちゃんと罪に問えたし、お父様の当主としての無責任さを糾弾しても良かったんだ。


…………それにイシス様も。

婚約者の義妹に心変わりして主人公を不当に婚約破棄するような、お約束の婚約者役なんかじゃなかった。

イシス様は私という婚約者をとても大事に想っていてくれていたんだ。

家同士の政略結婚とはいえ、いえ、だからこそ、ちゃんと私を尊重して礼節を守ってくれていた。


ただ、イシス様は本当に忙しかったんだと思う。

婚約者にばかりかまけていられないくらい。

騎士として、次期侯爵として、真っ直ぐに生きてきた、そんな人なんだと思う。

前世でお馴染みだった浮気者の碌でなしな婚約者だと勝手に思い込んでいて………本当に申し訳ない………あんな真面目な人を………。


ううっと猛省しつつ、懐かしの(碌な思い出ないけど)邸の門の前で、私はビキンッと固まり身動きが出来なくなっていた。

門の前には門兵が2人も待ち構えていて、邸に近付く人間にギロリと睨みをきかせている………。


いやっ、いたぁっ?あんな人達っ!

うち、門兵なんか雇ってたっけ?

ただの伯爵家だよ?

確かに侯爵家2家の後ろ盾のあるちょい特殊な伯爵家ではあるけど、でもお祖父様が騎士として武功を立てて家を盛り立てただけで、そんな由緒正しい名家とかでも無いし、門兵が必要なほどデカくて立派な邸でも無いよ?


せっかく勇んで帰ってきたのに、門兵2人の鋭い睨みと圧を受けて「あっ、どぅも〜、お疲れ様で〜〜す」とか言って邸に入る訳にもいかず、私はまさに我が家を目の前にしてタジタジと二の足を踏んでいた、その時。


「何をしているのですかっ!その方はこの邸の正統なご令嬢である、エルミールお嬢様でございますよっ!」


門兵を怒鳴りつけながら邸から駆け付けてきた年配の男性が慌てたように私の前まで来て、恭しく腰を折った。


「おかえりなさいませ、エルミールお嬢様」


見知らぬ使用人と思わしき人物に頭を下げられ、私はポカンと口を開け、その人に続くように続々と門から玄関まで見知らぬ使用人達がズラリと並び一斉にこちらに向かって頭を下げる、その異様な光景に顎が外れるくらい驚いてしまった。


『おかえりなさいませ、エルミールお嬢様』


ズラリと並んだ使用人達に一斉にそう言われて、私は腰を抜かしそうになりながらカクカクと何とか前に進む。


「………出迎え、ありがとう……」


頬をピクピク痙攣させながらなんとか歪な笑みを浮かべ、邸の中へと迎えられる私………。


いやぁぁぁぁぁっ!これっ、どうなってんのぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!


使用人×給料を計算し、そこで白目を剥いてぶっ倒れなかった自分を褒めてあげたい、とかそんな事しか考えられなかった…………。




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