ep.3
何故か私からの滅目線に照れたように顔を伏せるイシス様の後ろで、振る舞われたお高いお酒に狂喜乱舞する皆んなの姿を確認し、更に申し訳なさそうに微笑む執事さんと目が合い………。
くっ!もう絶対に恨んでやるんだからっ!あの執事さんめっ!
表情筋死んでる系、綺麗ビジュクールヒロインにゴミのような目で見られた上に全く気持ちが伝わらない呪いをかけてやるんだからっ!
目から血を流しそうな勢いで恨みの眼差しを執事さんに送り、相手がちょっと怯んだ様子を見て何とか気持ちを落ち着かせた私は、コホンと咳払いをしながら自分の前の席、さっきまでネルが座っていた椅子を手でイシス様に勧めた。
「で?どのようなご相談ですか?」
こうなりゃサッサと終わらせようと、イシス様が椅子に座った瞬間に話しかけ、対面に座るイシス様をうっかりしっかりと見つめてしまい、その神がかった美しいビジュの眩しさに目が潰れそうになる。
し、しまったっ!目がっ!目がぁぁぁぁぁぁぁっ!
青みのかかったアッシュグレーの瞳に白銀の髪ってだけでもアニメ界の住人だってのに、整いまくった顔立ちに長い睫毛、血管まで透けそうな白い肌ってアンタっ!暫定ヒロイン舐めてんのっ!
ここが例のアレな世界観じゃなかったらうっかり崇拝しちゃって推しまくっちゃうレベルよっ!
人生捧げても我が生涯に一片の悔いなしって言えちゃうわっ!
妙な色気まで醸し出しながらこっち見んな、姉妹を天秤にかけて浮気したくせにぃっ!
キィィィィィィィィィッとテンパってその白銀の髪を毟り取りそうになる衝動を前世日本人らしい我慢強さで必死に押さえ付け、微妙に目線を逸らす事で何とか乗り切った。
「……………実は………さっきも言ったが………私の婚約者であるフランシス伯爵家令嬢、エルミール・フランシスが行方不明になっているのだが………」
いや、なのに目の前にいるのだが………という言葉は必死に飲み込んだ様子で、イシス様は再び口を開いた。
「その………彼女は何故、私の前から姿を消してしまったのだろうか………」
知るかっ!
私が本当にただの平民のエミーなら、きっとそう思ったに違いない。
はぁっ、まったく………。
この人何も分かってないのね。
…………それにしても、妙ねぇ………。
私が居なくなれば嬉々としてローズマリーと婚約を結び直しそうなものなのに。
なんで私なんかをそんなに探しているのかしら?
そこまで考えてやっと、私は自分のフランシス伯爵家とイシス様のフォックスフォード侯爵家の訳ありな婚約事情を思い出した………。
………ああ、そっか、なるほどねぇ。
ローズマリーと婚約を結び直すには確かに私の承認が必要だわ。
フォックスフォード家からも反対されるだろうし。
せめて私が合意しているって証が欲しい訳ね。
そこまで理解して、なんて面倒くさい事になっちゃったのかと私は頭を抱えたくなった。
実は私の実の母、つまりローズマリーの母親である義母では無く、産みの親の方ね、その母親の生家は侯爵家だったりする。
数々の戦果を上げ国に貢献してきた有力貴族の一つなんだけど、そんな侯爵家の令嬢が嫁いだのは何故か格下の伯爵家。
かつてフランシス伯爵家の当主であったお祖父様は、お母様の生家である侯爵家当主が率いる王国騎士団の副団長だった。
実力主義の騎士団の中で、騎士団長である侯爵の右腕にまでなった傑物がフランシス伯爵家の先代という訳。
侯爵はお祖父様の貢献にいたく感動して、自分の娘をお祖父様の息子に嫁がせた。
これによりフランシス伯爵家は侯爵家との縁を結び家格が更に上がったの。
ただし、この婚姻には条件があったのよ。
侯爵家から提示された条件は、侯爵家から嫁いだ娘が産んだ子だけがフランシス伯爵家の正統な後継となれる事。
そしてもう一つは、娘を産んだ場合は侯爵家と同じレベルの家格を持ち、親交の深いフォックスフォード侯爵家に嫁入りさせる事。
実はお母様にはフォックスフォード侯爵家からも縁談の話が来ていたのよね。
同家格の家同士、本来ならスムーズに婚約が結ばれる筈だったんだけど、フォックスフォード侯爵家の嫡男が他に結婚したい女性がいると言い出し、お母様もお母様で、ならフランシス伯爵家に嫁いでも良いと言うもんで、お祖父様は上司であり家格が上の侯爵の娘を自分の息子の嫁に迎えられたという訳。
でもそれじゃフォックスフォード侯爵家がお母様の生家の侯爵家に対して面目が立たない、と言うので更に孫同士を婚約させようと結ばれたのが、この私エルミールとイシス様との婚約、という流れなのよ。
お母様の生家からすれば、娘は格下の伯爵家に嫁がせるけど、その子供を侯爵家に嫁がせて家格を戻してやろう、という計らいのつもりなんだろうけど、そのせいで私は今大変な面倒事に巻き込まれてるんだけどなぁ………。
更にややこしいのは、お母様が娘である私1人を産んで、次の子を授かる前に流行病で亡くなってしまった事。
お陰で私はフランシス伯爵家唯一の正統な後継ぎであり、フォックスフォード侯爵家に嫁ぐ唯一の令嬢、という、どんだけ面倒くさい立ち位置なのよ、これ。
ちなみにお父様がよそで産ませたローズマリーには当然の如くフランシス伯爵家を継ぐ資格も、フォックスフォード侯爵家に嫁ぐ資格も無い。
イシス様に嫁ぐ事は可能だけど、その時はイシス様はフォックスフォード侯爵家の後継ぎの資格は剥奪されるでしょうね。
私を娶る事が侯爵家後継ぎの資格の一つだし。
まっ、2人に愛があるならそんな事は瑣末な事なんでしょうよ。
後継ぎでは無くともフォックスフォード侯爵家から何らかの爵位と領地は譲られる筈だし、貴族である事には変わりないんだしね。
つまりイシス様はローズマリーとの愛を貫く為、私からの承諾が欲しい訳よ。
婚約破棄しても良いって承諾がね。
流石にそれも無しにフォックスフォード侯爵に婚約者を変えたいなんて言いに行けないわよね。
そんな事をすれば、貰えるかもしれない爵位さえ失いかねないもの。
やれやれ、そういう事ですかーーーっと全てを全力で察した私は、はぁヤレヤレとばかりにデッカい溜息をつきつつ首を振った。
その私の反応に目を丸くしているイシス様に向かって、失礼ながらビッと指を差し私は呆れ口調で口を開いた。
「その、婚約者さんの失踪にまったく心当たりがないんですか?」
遠慮も無く私から指差されたイシス様は腹を立てるでも無く、何故か一気にサァァッと顔を青く………越えて白くさせて、私から目を逸らし言いにくそうに口ごもりながら小さな声でポツポツ喋り始めた。
ええ、聞き取りづらすぎて私が思わず前のめりになるほど小さな声で。
「………その………心当たりはなくは無い、というか……彼女がいなくなってよくよく考えてみて、もしかして、という考えが浮かんだというか、その………もしかしてエルミールは………」
モゴモゴと歯切れの悪いイシス様の言葉を聞き取ろうと彼の方に身を乗り出している私の前で、イシス様は意を決したように急に顔を上げた……せいで私達の顔と顔が急接近してしまい、鼻と鼻がぶつかる寸前だった。
私は慌てて彼から離れ、椅子に座り直し、イシス様はその一瞬で顔を真っ赤にして呆然としている。
まさかあのイシス様がこれくらいの事で顔をそんなに赤くするとは思わず、私まで顔を赤くしながら、誤魔化すように咳払いをしつつ話を促すようにスッと手を差し出した。
「失礼しました。貴方の声が聞き取りづらくて近付き過ぎたわ。
で?どんな結論が浮かんだんですか?」
私に促されてボーっとしていたイシス様はハッとしたように我を取り戻すと、次は心から苦しそうな表情になってギュッと自分の胸の前の服を掴んだ。
「……いや、それが………エルミールは……実は俺との婚約に不満があったんじゃないかと………。
その………本当はずっと我慢していて、それで、俺との婚約から逃げる為に、行方をくらませたのでは、と……考えて………」
本当に苦しそうにその綺麗な顔が哀しみに曇るさまを、私はスンッとして見ていた。
はぁぁぁぁぁぁぁぁっ、出たよ、出た出た。
お約束の他責婚約破棄ね。
はいはい、本当にそればっかりだなぁ、この手の人種は。
とにかく何でも難癖つけて私のせいにしたい訳ね。
私有責の婚約破棄なら、フォックスフォード家もイシス様とローズマリーに温情ある措置を取ってくれるかもしれないもんね。
はいはい、分かる分かる、分かりすぎるほど分かる、分かる越えて知ってる、もうそれ知ってる、だが駄目だぁ!
誰が貴様らのお花畑展開に付き合ってやるものか!
潰してやる、その貴様らの言い分全てをぶっ潰してやるっ!
どんな展開であろうと、このビブリオフィリア(変態的愛書家)である私の知識で全てを無に還してやるわぁっ、ヌハハハハハハハハッ!
私はこの一瞬でエルミールの事情もイシス様の事情も全く知らない平民エミーとして、客観的な脳に切り替え、冷静な声で聞き返した。
「貴方がそう思うような、例えば婚約者さんが貴方から逃げ出したくなるような何かを貴方はしたんですか?」
私のあまりに冷静な声に、イシス様はいつもの表情を取り戻し、顎を手で掴み慎重に考え込みながら口を開いた。
「………いや、情けない事に、思い当たる事が無い………。
あっ、いや、全く無いわけではないのだが………。
俺は家の後継ぎとして次期侯爵となるべく父から教えを乞う傍ら、王国騎士団第一部隊の部隊長としての勤めも果たす為、長く領地や戦地に留まる事も珍しく無く、そもそも王都から離れて暮らしている日数の方が多く、エルミールに会える日が少ないのだ。
会えない分、文や贈り物は毎週欠かさず送っているのだが、よく考えれば彼女から返事を貰った事が無い。
………何故か彼女の妹から返事が来るのだが、それも何が言いたいのかよく分からん内容の。
………ああ、だがその手紙の文字だけは、彼女から昔貰った数少ない手紙の字によく似ていて、内容はともかく、彼女からの返事のように感じて、少し……心が救われるというか………」
………………………………ん?
悪滅とばかりの気持ちを隠しつつ、スンッとした表情でどんな言い訳をするのかと若干見下した気持ちで話を聞いていた私は、ブワッと溢れ出した冷や汗を止める事が出来なかった。
あのっ、ちょっと、ちょっ、ちょっと待って。
えっ?えーーと、えっ?
ど、どういう事?
イシス様からローズマリーに毎週届いていた、あの手紙やら花やらプレゼントやらって………………。
本当の本当は私宛だったのっ!
いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
待って待ってっ!
話が変わるっ!
それっ、全然っ!話が変わっちゃうじゃんっ!
じゃ、何っ?私ってばアレだけの物を貰っといて、お礼状の一つも返さないド畜生仕様だったって事?
いや、ローズマリーからお礼状の代筆を頼まれて書いてたのは私だから、まだセーフ?
いやっ、アウトゥゥゥゥゥゥゥッ!
完全にアウトだからっ!
ちょっ、ちょっ、ちょっ!
つまりローズマリーは私宛の物を自分宛の物だって偽ってたって訳?
家に届く物に触れる事を厳しく禁止されてたし、私はお礼状やらお茶会やパーティへの返事の代筆しか許されていなかったし。
家から出してもらえない私に変わって義母やローズマリーが社交活動してくれてるんなら、まっいっか、くらいに思ってたけど………これって、次期フランシス伯爵である私宛に来てたお茶会やパーティのお誘いもあった、って事………かな?もしかして………。
えっ?で、あの人達、そのお誘いに自分達が行ってたって訳?
いやいやいやいやっ、流石にそれは、流石にそれはマナー違反って知ってるよね?分かってるよね?そんな事、してないよねぇぇぇぇっ⁉︎
………………って、絶対やってるぅ………。
あの2人なら間違いなくやってるぅ………うっ、うっ、うっ………。
私宛の贈り物をガメてたくらいだもん、絶対にまだ余罪あるぅ………。
自分達に届く招待状と、次期伯爵である私に届く招待状の違いも分かってなさそぅ………。
ううっ、ゲボッ、吐きそう………。
私は今更ながらに義母とローズマリーの恐ろしさを再認識し、同時に前世持ちである自分自身の弊害にも気付いてしまった。
………私、どこかでそんな責任ある立場なんていつでも投げ出せるって思って生きてきたんだなぁ。
言い訳にしかならないけど、前世はど平民のヒラ社員だったから、自分が他人に影響をあたえるような責任ある立場、っていうのが実感し辛かったんだよねぇ。
イシス様と話してて、なんか自分の立場を再認識出来たというか、やっと実感してきたというか………。
本当ならお父様から次期伯爵として教えてもらわなきゃいけない事が山ほどあったのでは?
なのに自分1人逃げ出して、ほのぼのワーキングジャンルを謳歌していて良いのかな……?
やっぱり私、あの家に帰るべき?
そこまで考えて、ドッと冷たい汗が全身に流れ、指先が微かに震え出した。
いやいやいや、無理。
とっくに心折れてるもん。
あの邸には私の味方なんて1人もいなかった。
邸の正統な令嬢として扱ってくれる人なんて、誰もいない。
またあそこに戻って義母とローズマリーにイビられながら生きていくとかもう私には無理。
そこまで不幸体質じゃないのよ、私は。
苦手なのっ、とにかくそんな可哀想な身の上とか苦手すぎて今すぐ吐けるっ!ゲボゲボーー。
はいっ、という訳で、あの邸に帰る選択肢は無し。
とはいえイシス様にこのまま薄情者の礼儀知らずと思われたままなのもなんか納得いかない。
元はといえば、あの2人がイシス様から私宛に届いたものをシレッと横取りしていたのが原因なんだし。
よしっ!こっからリカバリーよっ!
エルミールに戻るつもりは無いけど、せめて名誉くらいは回復しておかなきゃ。
この間の自分の動揺は大して表には出してない。
エルミールとしては無理だけど、平民エミーとしてやり返してやるわ、あの2人に。
これこそ私なりの〝ザマァッ〟てやつなんじゃない?
うっうっうっ、結局そこに辿り着いちゃうのね………。
いくらほのぼのワーキングジャンルに変えたところで、やっぱりそこは避けて通れないように出来てんのよ。
よしっ!やってやるっ!
伯爵令嬢エルミールの名誉は、この平民エミーが取り返してやるんだからっ!
さぁっ!受けよっ!
エミーさんの保身100パーセントここからは私のターンっ!!




