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妹に婚約者を奪われ……………ないっ⁉︎  作者: 森林 浴


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ep.2


全速力で迫り来る〝可哀想なお話〟の魔の手に、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〜〜〜〜っと膝から崩れ落ちそうになる自分を何とか紙一重で持ち直し、私はイシス様に掴まれた腕を力一杯っ!思いきり振り払った。


否っ!詰んでないっ!

私はまだっ、詰んでなどいないっ!

認めぬっ!


「ちょっとお客さんっ、何なんですか?いきなりっ」


掴まれた腕をさすりながら非難めいた声を上げれば、厨房の中からこの【こもれぎ亭】の女将さんが顔を出し、心配そうにこちらに近付いてきて私をその逞しい背中の後ろに庇ってくれた。


「ちょいとお客さん、困りますね。

うちはそういった店じゃないんだよ。

うちの看板娘に無茶するなら今すぐ出ていっとくれ」


慣れた様子の女将さんにイシス様は一瞬訳が分からないといったポカンとした表情になり、次第に女将さんの言葉の意味が理解出来たのか、真っ赤な顔になった後真っ青になった。


いやっ!どんな感情っ⁉︎


そしてイシス様は直ぐに居住まいを正し背を伸ばすと、片手を胸に当て、女将さんに向かって少し頭を下げた。


…………ああ、この人の、立場や身分を気にせずちゃんと礼節を守るとこ、嫌いじゃなかったなぁ………。

なんて少しだけ感傷的になりつつ、私は女将さんの背中越しにイシス様の様子を伺う。


「いや……これは失礼いたしました、マダム。

あの、そちらにいらっしゃるご令嬢は、私の婚約者であるエルミール・フランシス伯爵令嬢ではありませんか………?」


イシス様の疑問形にしては迷いの無いその言葉に、私は密かにギクっと体を揺らした。

だけど女将さんは訝しげに眉根に皺を寄せ首を傾げる。


「何言ってんだい、この子はそんなお貴族様のご令嬢なんてもんじゃないよ。

ただの平民のエミーさ。

行くとこが無いってんでうちで雇って働いてもらってんだよ。

よく働いてくれるからこっちとしては大助かりさね。

人違いじゃないのかい?お客さん」


イシス様の貴族然とした振る舞いにも全く動じない女将さんの頼りになる背中に縋りつきながら、私は密かにベッと舌を出した。


なぁにがっ、私の婚約者の〜〜、だっての。

ここが例のアレな物語の世界である以上、私は知ってるっ!

イシス様は私の婚約者でありながら、義妹のローズマリーに心変わりして、今や私の事を煩わしいと思ってんのよっ!

そうっ!これはっ!

婚約者を妹に奪われましたが〜〜〜何某何某、の世界っ!

つまり貴様はすでに私の敵っ!

せっかく性に合わない〝可哀想〟な物語からトンズラこいたってのに、そんでほのぼのワーキング物語にジャンル変更したってのに、追いかけてきてんじゃないわよっ!

絶対に引き戻されたりしないんだからねっ!

シッシッ、あっち行け、浮気者めっ!


ケッケッケッーと内心悪態を吐きながら、私はチョロっと女将さんの逞しい背中から顔を出した。


「女将さんの言う通り、私はただの平民のエミーです。

貴方の探しているお貴族様のお嬢さんなんかじゃありませんから。

全くの人違いです」


全身から拒否オーラを放ちながら私がキッパリそう言うと、イシス様は困惑しきった顔で戸惑ったように口を開いた。


「いやっ、しかし君はどこからどう見ても俺の婚約者のエルミールじゃ」


イシス様がそこまで言った瞬間、一緒に来ていた他の1人がイシス様の袖を引っ張り、驚いて振り返ったイシス様に向かって緩く首を振った。

その仕草にイシス様はグッと体を強張らせ、小さくゴクッと唾を飲み込んだ。


ふっふっふっ、分かってくれたようだね、従者くん。

ってかよく見ると貴方、いつもイシス様に付き従ってる専属執事さんだね。

もう1人の人はイシス様の家のフォックスフォード侯爵家の私兵団副団長さんだね。

ふっふっふっ、2人とも私に会った事はあるけど、それはもう何年も前の話。

ここ数年は私に会っていないから、自分の主人がいきなり平民のウェイトレスを婚約者の伯爵令嬢だって言い出して、ヤバいっ!てなってるよね?そうだよね?

うんうん、いいよいいよ。

そんな感じで早くサッサとご主人様を連れて帰ってくださ〜〜〜い。


私にとって良い空気の流れになってきたので、私は期待を込めてつい連れの2人を熱く見つめてしまった。

その私の様子に何故か素早く気付いたイシス様が瞳の奥に何だかドス黒いものを燻らせ、連れの2人を射て凍らせそう目で睨み、2人は身を震わせながら呆れたように同時にため息を吐いた。


「んんっ、イシス様、ここはエミー嬢の言う事に従うべきでは?」


わざとらしい咳払い付きで執事さんにそう言われて、イシス様は冷静さを取り戻したのか仕方なさそうに席に着いた。

それを確認してから執事さんがニッコリと温和な笑顔を私と女将さんに向ける。


「失礼。我が主人は突然姿を消してしまった婚約者様をもう何ヶ月も探し続けているのです。

我々から見ても、エミー嬢はその婚約者様によく似ていらっしゃる。

婚約者様への深い想いゆえ暴走してしまった主人をどうかお許し下さい」


そう言ってわざわざ立ち上がり綺麗な礼をする執事さんに、女将さんはまぁっ、と声に出しながらちょっと頬を染めている。

マダムキラーな罪なその笑顔に、私は内心チッと舌打ちした。

女将さんに追い出されれば良いのに、とか都合の良い私の考えがこの執事さんによって一瞬で打ち砕かれたからだ。

更にその執事さんの隣に座っていた副団長さんが、これまた母性本能を擽る人懐っこい笑顔を浮かべ、縋るように女将さんを上目遣いて見つめた。


「そーそー、俺らその婚約者様探しで主人にこき使われてさー。

朝からまともに食事も摂ってないんだよ。

良ければここでメシを食わせてもらいたいんだよな〜〜」


そうしてお腹が空いたとばかりに自分のお腹を押さえる。

それを見た親切で世話焼きな女将さんはハッとして3人に向かって口を開いた。


「なんだい、そんな事なら早くお言いよ。

腹を空かせてる人間を追い出したりしないさ、うちのエミーにもう余計な事をしないならね。

さっ、ちょっと待ってな。

旦那に言ってとびきり美味い料理を用意してくるからね」


言うが早いか女将さんはサッサッとまた厨房に戻って行ってしまった………。


あああ〜〜女将さ〜〜〜ん、カムバァックッ!

私も女将さんのそんな人情味溢れる世話焼きなところに助けられた1人ではあるけど、今はこの3人を店から追い出して欲しかったよぉ。

お腹空かせた人間を放っておけない女将さんだって、分かってはいるんだけど〜〜〜。


うっうっうっうっ、と女将さんの去った後を未練がましく見つめ咽び泣く私の背中越しから、んっ、ゴホンっとわざとらしい咳払いが聞こえてきた。


「……あーー、エミー………嬢。

さっきは本当にすまなかった。

その……不躾に腕まで掴んでしまい………。

大丈夫だろうか、痛めてはいないか?」


私の背中に向かって喋るイシス様の言葉を完全に無視してただの独り言っぽくしてやりたい気持ちを抑え、私は渋々イシス様の方を振り返った。

もちろん、目は合わせない。


「別に大丈夫ですけど、もう2度とやらないで下さい。

だいたい、本物の婚約者様にも同じようにするつもりですか?

私ならそんな人、ごめんですけどねぇ」


ちょっとくらいの嫌味は許されるだろうとそう返し、少し胸の溜飲が下がった私がチラッとイシス様を見ると、そこに分かりやすくズヤーンッと落ち込んだイシス様の姿が………。


えっ?えっ?私そんな酷い事言ったっ⁉︎


イシス様のその姿にオロオロしていると、執事さんが呆れたように口を開いた。


「まったく、エミー嬢の言う通りです。

例えエルミール様ご本人だったとしても、あのように不躾に女性の腕を掴むものじゃありませんよ」


「怖っ!何この人っ!つって更に逃げられるだけだな〜〜〜」


執事さんの言葉に更に追い打ちをかける副団長さんのせいで、イシス様はますます落ち込んで暗い空気を周りに放った。


ちょっ!やめてよっ!

うちは食事と一緒にお酒も提供してるのよ?

そんな辛気臭い空気を放たれると美味しいお酒が不味くなっちゃうじゃないっ!バカっ!


「はいよっ、おまちどおっ!

ってなんだいなんだい、こっちのお綺麗な兄さんは随分と辛気臭いね。

さっ、うちの美味い料理を食べて元気をお出しよ」


そこへナイスタイミングで現れた女将さんがドンッと音を立て、大皿料理を机の上に並べ始めた。


「あっ、ごめんなさい、女将さん。

私の仕事なのにっ」


慌てて私は厨房に走り、残りの料理を持って戻った。


………それにしても女将さん………。

ここは美味い、早い、安いが売りの店だけど、その安いメニューの中でも少しでも高い料理ばかりオーダーしてあるわ。

きっとイシス様達3人の身に付けてるものが他とは違うからね。

お人よしとはいえちゃっかり商売人なところが素敵。

なんならこの店で1番高いお酒も勝手につけちゃおうかしら?


チラッと女将さんを見ると、軽く目配せを返された。

これは私にセクハラしてきたお客にやり返した時に女将さんがよくやる仕草。

つまり、イシス様が無遠慮に私の腕を掴んだ事への意趣返しをしといたよ、ってサイン。

ううっ、やっぱり女将さんは神だわ、最高過ぎる。


「これはどうやって食べるんだ?」


「イシス様、こちらはこうやって直接手で持って食べて良いのですよ。

それからこちらも同様、手で持ってかぶりついて下さい」


「なんだよっ!マジでどれもうめーなっ!

こんなとこにこんな穴場があったなんてっ!

朝からまともに食ってないから、俺もういくらでも食えるぜっ!

エミー嬢、コレとコレとあとソレ、おかわりっ!」


初めて見る食べ物に戸惑い気味のイシス様に、食べ方を丁寧にレクチャーする執事さん、お構いなしに料理を次々完食していく副団長さん……。

それぞれが料理に夢中になっている様子に、女将さんと私は顔を見合わせて苦笑した。

副団長さんの言う通り、本当にまともに何も食べてなかったのね。

特にイシス様なんか、なんだかやつれているような………。


イシス様の様子にん〜〜?と首を捻っていると、お馴染みの客が駆け込んできて私の首に抱きついてきた。


「エミー、大変なのよ〜〜、話聞いて〜〜」


いつものネルの大変なのよ〜〜に、私はハイハイと軽くネルの肩を叩き、困ったように女将さんを見た。


「ああ、いいよ、話を聞いておやり。

今日はもう遅いからね、皆んなあらかた食事は終わってあとはダラダラ飲んでるだけだから、私とカーサだけで十分回るよ」


女将さんにそう言われて、私は女将さんの娘であるカーサの方を見た。

幼馴染の若者達と楽しげに話していたカーサはそんな私に向かって笑ってヒラヒラと手を振る。

そのカーサにごめんねと片手でジェスチャーを返し、ため息混じりにネルをずるずるといつもの席に引っ張って行った。


「じゃあ、女将さん、すみません」


エグエグ泣きながら私の首に抱きついたままのネルを引き摺りながら振り返ると、女将さんはニコニコ笑いながらうんうんと頷いていた。


「さっ、今日はどうしたの?」


いつもの席にネルと座ると、ネルはグズグス鼻を鳴らしながら話し始めた。


「ダンってば、昨日の私とのデート、すっぽかしたのよっ!

幼馴染の女の相談にのっていて、来れなかったんですってっ!

もうこれで3回目なのよっ、3回目っ!」


ネルはこの町の花屋さんの娘なんだけど、恋人のダンと何かある度にこうして私の所に駆け込んでくる。


「あ〜〜、典型的な相談女ね〜〜」


「相談女?」


そこからネルに相談女の生態の説明を始めた私の耳に、イシス様が不思議そうに女将さんに問いかける声が聞こえてきた。


「エミー嬢は一体何をしているのだろうか?」


そのイシス様の疑問に女将さんがハハッと笑い声を上げた。


「アレはね、エミーのお悩み相談室だよ。

あそこの席はその為に空けてあるんだ。

何でも前に勤めていた邸の本という本をエミーは読んじまったらしい。

だからあの子はもの凄い博識でね、そりゃ色んな知識を持ってんのさ。

その知識で色んな人間にアドバイスしているうちに、ああやってエミーに相談に来る人間が結構いるんだよ。

あのネルもしょっちゅうエミーに相談に来てるよ。

相談料って訳じゃないけど、ついでにうちの料理を必ず頼んで持ち帰ってくれるからね、うちとしては何も困らないって訳さ」


ハハハハッと豪快に笑う女将さんを見つめながら、何やらイシス様は考えを巡らせるような仕草をした後、執事さんをチラッと見た。

そのイシス様の考えを瞬時に読み取ったのか、執事さんは承知したとばかりに頷き、女将さんに温和な笑顔を向ける。


「それは、エミー嬢は類稀な才能の持ち主なのですね、素晴らしい。

料理も美味く人情家な女将さんに、どんな相談でも解決してしまうエミー嬢がいるようなこんな素晴らしい店が王都の中心に無い事が悔やまれて仕方ありません。

ところでエミー嬢のお悩み相談室なのですが、例えば我々の主人にも利用は可能なのでしょうか?」


ニコニコと悪意の無いような執事さんの言葉に、女将さんはハッハーンと何かを察し、ニヤリと笑った。


「悪いが男は別料金だよ。うちの食事を注文するだけじゃ受けられないね。

なんせエミー目当てでエミーを口説きたくて相談を依頼してくる奴もいるもんでね。

若い男には料理とは別に、うちにある1番高い酒を頼むってのを条件にしてんのさ」


その女将さんの言葉に何故かイシス様の顔が一気に青ざめる。


「く……くどっ、口説く………?

エミー嬢を口説くような輩がいるのかっ!

くっ………やはりそのような場所にエルミールをこれ以上…………」


後半は声が小さ過ぎて、離れた場所にいる私にはもちろん、近くにいた女将さんにも聞こえていないようだけど、あの人、私が誰かに口説かれる事がそんなに信じ難いのかしら?

はぁ、まったく失礼しちゃうわね。

これでも私、ここではモテモテなんですけどねぇ?

なにしろ、愛想はいいし働き者だし、早々に離脱したとはいえ物語のヒロイン(暫定)だったんだから、見た目もそんなに悪く無いのよ、これが。

この世界では平凡な茶髪茶目だけど、顔は整ってるしスタイルも悪くないし。

前世からしたら十分に良ビジュゲット!ひゃっほ〜い、な訳よ。


そりゃ、ヒロイン押し退けて国宝級の超良質ビジュ持ちのイシス様から見りゃ、私は平凡な見た目かもしれないわよ?

だから金髪派手めビジュのローズマリーにコロッとなびいちゃったんだろうけど。

私だって前世基準で言えば、ナンパされたってなんら不思議じゃない可愛さだからね?


それをなぁにが「エミー嬢を口説くような輩がいるのかっ!」よっ。

その後に続く台詞くらいこちとら百も承知してんのよっ。

アレでしょ?「ローズマリーのような眩い華やかさもない、あんな地味な女に声を掛ける物好きがいるだなんてな」とか何とかゴニョゴニョ言ってんのよ、絶対。

ザッ定番すぎてザマァする気も起きないから早くお帰り下さいっての。


失礼しちゃうわっ!ふんっ!てなもんでイシス様から思いっきりそっぽを向くと、何やらまたイシス様方面から暗い気配が………。

もうっ!何なのよっ!早く帰ってよ、本当にっ!


流石にもうそんな本音が私の口から飛び出しそうになった、まさにその瞬間、イシス様の執事さんが晴れやかな声で女将さんに答えた。


「ではその、この店にある1番高い酒をあるだけ注文いたしましょう。

もちろん我々だけでは飲みきれないので、こちらにいる皆さんにも振る舞わせて下さい。

いくらでも持ってきて下さいよ、女将さん」


執事さんのその言葉を聞いた瞬間、女将さんの目が瞬時に商売人のそれに切り替わった。

つまり貨幣マークが浮かんで輝く由緒正しい商売人の目だ。


「あいよっ!お客さん、ちょいとお待ちを。

カーサ、酒屋に行って1番高い酒をあるだけ持ってこさせなっ!

皆んなっ!今日はこちらのお大尽様方の奢りだよっ!

アンタらじゃ一生飲めないような良い酒をたらふく飲んでいっとくれっ!」


女将さんの言葉にカーサの代わりに幼馴染の男性が店から飛び出し酒屋に走って、店にいた全ての客が歓声を上げてもう興奮状態に………。


「なんか凄いね………。

あの人達もエミーの相談待ちなんだ。

私は今日はもう帰るね。

さっき教えてもらった、相談女の自爆待ち、実践してみるよ。

そんな女の事なんか気にせず、私はダンと仲良くしてれば良いんだよね?

で、相談女から連絡きたタイミングでこっちからイチャイチャを仕掛ければ良いんでしょ?

それでダンが相談女より私を選べばもう遠慮はいらないんだよね?

ダンとは付き合いが長いから、一緒にいるとついダラダラしちゃうけど、分かったわ、私、頑張ってみる」


ネルは巻き込まれるのはごめんだとばかりに早口でそれだけ言って、厨房でいつものお持ち帰り料理を受け取ると、じゃーねエミー、また相談に乗ってねー、とヒラヒラ手を振り足早に店を出て行ってしまった………。

それを呆然と見送りながら固まったままの私の後ろに迫るシルエットが一つ………。


「……あの、エミー嬢……私も君に相談しても良いだろうか?」


良いわけあるかっ!はよ帰れっ!

…………とは当然言えず………。

私は油を挿してないブリキ人形のように、ギッギッギッと鈍く後ろを振り返った。


そこに所在無さげに佇む国宝級イケメンを、ギリギリ唇を噛みながら怨みがましく睨んでしまうのは私が悪いわけじゃないと思う。


イケメンだからって全てが許されると思うなよっ!

浮気男っ!滅っ!




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