草も生えぬ地にて
右腕から草の生えた者がいた。
よくある雑草。それと変わらぬ瑞々しい双葉が、その右腕の中心部に芽生えていた。
奇妙だと思った者が、それを引き抜こうとした。
頑丈にも思えず、健気な一部だと思われたその若芽は、簡単に引き抜けた。
しかし、次の日になれば、また同じように生えてきた。
同じ場所、同じ形状。
不思議なほど見覚えがあって、見覚えのない現象にもう一度引き抜こうとした。
その者は、二度とその芽を取り除くことはできなかった。
おぞましいことに、草は右腕に生えてるだけではなかった。
次の日には右肩、右手、右足、右太もも、腹部に、胸と芽吹き、侵食していった。
確実に、着実に、その身を蝕むように。
侵された者は、強迫されるように病院へ駆け込んだが、前例がなく、未発見な症状であるために医者も困難を極めた。
とりあえずと撮ったレントゲンに写ったのは、骨にまとわりつく白い糸のようなもの。
それが、根であること。そして、それが複数に伸びている中、意志を持っているかのようにある場所を目指して、それらは伸びていた。
そうして、手術による切除も追いつかず、全身が青臭さに覆われた頃、その者は亡くなった。
最期の姿は、人間ではなかったと目撃者は口にする。
最初は腕に生えていた若芽は、立派な花を咲かせている。筋肉だけに侵食していたのかと思われた草は、爪にまで根を張り、全身の至るところにまで人体の緑地化を進めたのだ。
口の中、歯、鼻の中だけでなく、眼球。
そして――脳にも、蔓延っていた。
その人体に草が生えてくることは『草化症』と名付けられ、その感染者は火葬されることとなる。
そこから、その病院は草に侵略されるとは、この時の誰も思っていなかった。
犠牲者が出てからというもの、遅効性ではあるものの、確かに他者への感染が進み、致死率百パーセントを誇った『草化症』は、今なお、難病指定から外れることはなく、人々を恐怖に陥れ、パンデミックを引き起こした原因である。
「……で、この横たわっている木みたいなのが、元々は人間だったと?」
「あぁ、そうだよ。いっぱいいるだろ、そこらじゅうに」
清々しいほどの晴れ渡った空。
コンクリートジャングルに張り巡らされた無数の植物は、分かりやすく、イメージしやすいだろう終末世界を形作っていた。
その原因が、彼らの目の前にある無数の倒木であった。
鬱蒼としたジャングル。それらは足の踏み場などないほど、草木に覆われている。
その中を、真っ白な防護服に身を包んだ者が彷徨うように歩いていた。
「こういうの、もっと大規模にやったりとかできないんすか。ほら、火炎放射器とかで燃やすとか」
「無理だな。何度燃やしても、何回焼け野原になっても次の日には緑いっぱいの景色になるらしい。国も諦めたんだとよ」
なにより、倫理的に問題があるとして片付けた。
倒木のように見えるのは、元々人間ではある。
しかし、それは人間の姿をしていないからであって、彼らの意識があるかどうかで、国の対応に異議申し立てがあったらしい。
もしかしたら、意識はあるのかもしれない。
会話はできなくても、一緒に、共存することができるかもしれない。
「だからって、隔離しても意味無いような気がするっすけど。――あ、先輩。そこの花じゃないっすか」
一人が指差した先にあったのは、緑一面の世界で目立つように生えた真っ赤な花。
その一区画だけが切り開かれ、招かれたような空気が支配している。
彼らの歩みは、確認から動揺、そして、感動の歩幅で真紅の花弁へ向かう。
「これ、これだ。これこれ。これが不老不死の花だ」
「先輩、早く早く。んなことより、掘り出しましょ」
「待て待て。今出すから」
防護服に手を突っ込み、隙間からカチャカチャと金属の擦れる音を響かせる。
焦りを伴い、興奮を促進させると、ショベルを引っ張り出すことに成功する。
脱ぎかけた防護服を慌てて上げ直す。
「よし、掘るぞ。お前も早く出せ。何のために連れてきてると思ってるんだ」
「うっす」
先輩風を吹かせ、背丈の短い雑草へ鋭い切っ先を突き立てる。
しかし、鈍くて鋭い衝撃が手腕に伝わる。
「……! 固っ!? って、そういやここはコンクリートジャングルだったな……。おい、お前ドリル持ってきてたろ、それを早く――」
未だ、装備品を取り出そうとしているだろう後輩へ顔を向ける。透明フィルターに包まれた、外界を見渡すには狭い境界に映っていたのは。
ちょうどいいタイミングで。
最悪のタイミングで。
真っ赤な花に似ている。
どこかでよく見かけるソレは、決してその大きさであることはなく、また、そのような用途で使うことは目的としていない。
大袈裟に、大規模の解釈をするなら、切ることに関しては達成しているだろう。
後輩の――防護服に包まれている中でも、薄くなっている場所――そこをチョキンと、刻む瞬間を目の当たりにしてしまったのだ。
「………………」
虚無。
思考が、現実の受付を拒んでいる。
先輩は、ただ頭部が切り飛ばされた光景に絶望さえしている。
血飛沫が広がる。血潮が空へ向かう。しかし、吐いた唾は落下する。己が撒き散らしたものは、緑の草へ降りかかる。
「て、てめっ!」
戦慄から即座に立ち直れた先輩は、勇敢であった。
ただ、防護服には最低限の装備しかない。
それこそ、草木を断ち切るための鉈くらいで、それでもマシだと――無抵抗でいるよりも確かだと構える。
後輩の首を真っ二つに断ち切った者。
その姿を見て、逡巡の思考が訪れて、当たりを見つける。
「……お前、『草化症』の人間だろ。この場所で防護服も着ずにいるのは決まってそういう奴だ」
防護服に身を包んだ者と相対しているのは、真っ赤な鋏を持ったどこかの制服を着た少女であった。
セーラー服のようでもあり、そうでもない。恐らく、彼女が改造して動きやすくしているのだろう。
それに、防護服の者が制服でどこの学校かを特定することに興味もない。だから、暫定高校生とした。
そういう背丈で、似合わないほど――彼女は背丈以上の大きさの鋏を扱っていた。
「私が『草化症』であろうと、なかろうと。貴方のすることに変わりはないはずじゃありませんか?」
「そりゃそうだが。部下をやられた手前、弔い合戦にしなきゃならねえからな」
「情に厚いのですね。素敵ですわ。ですが、残念ながら私は『草化症』の感染者ではございませんの」
刻んだ鋏の先端から、熱を失っていく液体が滴る。
不気味だと、先輩は感じた。
なにせ、彼女の声も口調も、いずれも普通なのだ。
「お前、今まで何人殺した」
「さぁ、覚えていませんわ。なにせ沢山の方がいらっしゃるのですから、一人一人覚えていたら大変でしょう?」
「そんなに、その花が大事なのかよ」
「えぇもちろん。私達の希望であり、私達の未来ですわ。だから、良かったのですわ」
良かった。
それは、文脈を無視している。
会話の流れから、逸脱したその単語は、酷く防護服の者の耳に残った。
だから、聞き逃せなくなってしまった。
聞いてしまいたいとさえ思った。
「何が良かったか? 聞きたいでしょう? 私達は貴方のような方を待っていたのですわ」
逃げるだけの恐怖心。
情けなくとも駆け出す勇気。
勇敢にも立ち向かわず、堅実に立て直す安定性が、今になって先輩を苦しめた。
いつの間にか、足には草が巻きついていた。
足を持ち上げようとしても、強い力で引っ張られる。
意志を持っている。
逃がさないという、強靭な蔓だ。
「『草化症』が蔓延したのは、あくまでこの地域だけ。他にも根を下ろすことはできましたけど、まだまだ世界は大きい。少しでも種は遠くまで飛ばしたいではありませんか?」
「や、やめっ!」
切羽詰まった声は途中で飲み込まれた。
蔓が防護服を貫通して、ありとあらゆる穴へ飛び込んでいく。眼球、鼻腔、口腔、耳の穴など色々。
生き地獄と言うには、あまりに身近すぎた。
犠牲者は侵食されていく視界に、飲み込まれていく感覚に遠ざかりながらも一体となる気さえしていた。
やがて、覆っていた蔓が全て防護服の中へ――体の中へぐちゃぐちゃと詰め込まれた。
「おぉ、素晴らしいですわ。ちゃんと生き残りましたのね。今回の個体は剪定しなくて正解でしたわ」
目の前の成果物に感嘆の拍手を送る女子高生。
感動に賛同できたのか、周りの草木が微かに揺れる音がする。
「ささ、記憶を頼りに帰ってくださいまし。痕跡も残すのですよ」
防護服の者は何も言わず、頷くこともなく、来た道を帰っていく。
もう、防護服を着ているのは、先輩ではないのだろう。無惨に殺された後輩のことなど、気にすることなんてもう無いのだろう。
「さて、皆様。剪定したこの方を糧に、また耐える時ですわ。しばらくぶりの栄養ですから、しっかり味わうのですよ」
草木が脈動するように震える。
生きている。
だが、そこに『草化症』で亡くなった人の意識は無い。
放たれた種子は、どこかで芽吹くのだろう。
例え、燃やされたとてどこからともなく生えた命は、じっくり、ゆっくりと、足跡のように蔓延っていく。
これから確実に広がる世界に、女子高生は死体から流れる血を恍惚に舐めとる。
「もし、草に染まった世界は草も生えない土地と呼ばれることでしょうね。素晴らしいですわ。貴女も、そう思うでしょう? ようやく願いが叶いますわよ。貴女から始まったことが着実に蔓延していますわよ」
彼女の見た真っ赤な花は、歪に嗤った。
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