何度も何度も
私の前にある女が座った、あの女である。
みょうに媚びた服装ではないが、彼氏から借りたような学生らしいオーバーサイズの半そでTシャツを着て、耳たぶからはちぎれんばかりの大ぶりなイヤリングが小学生のブランコのように揺れている。顔を覆っている粉が白浜のように時々光できらりと光り、あどけなさと大人っぽさを丁度足して2で割ったような赤オレンジ色の唇が彼女の健康のすべてを支えていた。ふとした瞬間に見せるくしゃっと笑った姿は、まるで公園で捨てられているにもかかわらず、その惨めさを微塵も気が付いていない捨て猫の天然さと健気さを含んでおり、地球上のすべての男性が、この子を守ることが出来るのは自分しかいないと勘違いしてしまったほどである。
課題提出の一週間前になると、思い出したかのように建築学生たちが地底から人間界に這い上がってくる。大学の製図室とは、そんな学生たちの偶然の出会いが繰り返されており、社会から隔離されていた彼らのリハビリ施設としても有効であった。彼女は眠たそうな顔をしておもむろに課題の本を開いた。しかし、直に彼女を見てしまった私にとって大学の単位など、もはや大した問題ではなくなっていた。八百万の成り立ちや宇宙の果ての不思議よりも、そのとき私が神に問いたかったのはただ一つである。
「彼はなぜこの女に乗り換えたのだろう」
答えが分からなかった訳ではない。むしろ誰よりも自分のことは分かっているつもりだった。自分が考えられる最もスタイリッシュな方法で椅子から立ち上がり、何の色もない無機質な廊下の先にかろうじて繋がっているトイレへと向かった。
トイレの入り口にある鏡の中では、小麦色に焼けた肌を白い華麗なトップスが申し訳なさそうに覆っており、静かに揺れるスカートが運動部で鍛えてきた足をこれでもかと強調していた。対照的に少しご無沙汰していたいつもの一つ結びと生まれた時と同じ無添加の自分の表情を見つけた時、自然と安心感が心臓から滲み出た。
すっかり真っ赤に充血した目をお土産に、まるで何事もなかったかのように席に戻ると、周りの大学生も当たり前に何事もなかったかのように行動する。一見、チンパンジーのような生態を持つ大学生という生き物も一定の社会性を持った動物であることが証明された瞬間である。私の中にわずかに残るちっぽけなプライドがとてつもない重力を放ったおかげで、私は次の授業までの時間をこの戦場で辛うじて座っていることが出来た。
その日の夜は私が思っていたよりも数倍早く来た。空白の5限目の授業を終えて、大学の坂を下っている頃には、少し肌寒い秋風と同じスピードで太陽が地平線の彼方に帰宅していった。ひょんなことをきっかけに課題提出から解放されてしまった大学生(=無職)になった私は長い夜が手持無沙汰であることに気付いた。約1,000人もの大学生が利用するキャンパスにしては狭すぎる道路を歩く途中に、恐らく健全な学生であれば見えることもないさらに細い道へと続く分岐がある。特に理由がある訳ではないが、きっと神隠しとはこうやって起きていくんだろうと後から理解したころには、暗い細道を盲目に彷徨い歩いていた。そして、無重力の中で夢遊かのように私は細道の先にある「占いの館 元住吉店」から漏れる微かな光を見た時、一瞬でそこに救いがあると確信することが出来た。
特に予約はしていなかったが、久しぶりに孫が帰ってきたかのごとく自然に中に通された。室内は外と同じかもしくは少しだけ明るいくらいで、案内された奥のカーテンで区切られた小さな個室以外に何があったかは覚えていない。職業占い師と名乗る年齢不詳の老女は、くすんだシャツにグレーのズボンを履いて少しだけ腰が曲がっていたためか、私よりも小柄だった。個室の中では駅前のドトールにある2人席と全く同じくらいのかわいらしいサイズのテーブルに私と老女だけが向かい合わせで座った。老女は目が悪いのか少し俯きながら常に目を細めており、銀色に輝く髪が丁寧に櫛で整えられた跡があった。
「今日は何を占いますか?」
答えは考えていなかったが、迷うことはなかった。
「自分の将来はどうするべきですか。」
「今は何をしているの?」
「大学で建築の勉強をしています。」
「いいことね。そのまま建築を続ければいいじゃない。」
なかなか占いが始まらない。私が期待しているものはもっと革新的な何かである。
「自分は今何のために頑張っているのか分からないんです。」
「そんなの自分のためよ。」
正しいことを言っているように聞こえたが、それが正しいのかどうか判断する精神力は私には残されていなかった。ただ一つだけ言えることは、それは占いによって導かれた答えではなく、今まで老女が歩んできた確固たる人生経験の積み重ねから生まれた言葉だった。この老女はなぜ占い師になったのか聞こうとしてしまった自分に気づいた時、老女の細い目の奥で一瞬だけ目が合ったように感じた。
「あなたは、人が死んだらどうなると思う?実は、私の夫は一年前に他界したの。いっつも仕事のことばかり考えていて、たまの休みも一人でどこかに旅に出てしまうような人だったわ。あの人との唯一の旅行は新婚旅行で行ったイタリアのヴェネツィアっていう街。とってもきれいだったけど1週間の旅行で2日目には大喧嘩したの。もう何だったかも覚えてないくらい些細な原因だったけど、残りの5日は口も聞かなくて本当にそのまま離婚するかと思ったわ。でもね、去年亡くなっちゃったの。辛いけど受け入れないといけなかったから、こう思うことにしたの。人の人生は何度も何度も同じことを繰り返してるって。それも永遠に。有名な哲学者のニーチェっていう人が言ってんだってさ。私たちも何度もまた同じように生まれ変わって、同じように出会って、結婚して、新婚旅行で喧嘩して、そして最後に別れるの。そしたら、なんだかすべての出来事が愛おしく思えるようになったわ。真実かどうかは知らないけど、きっとそうゆうことなのよ。」
何が起こったのか分からなくなってしまった私は、テーブルに折り目が付いたままの千円札4枚を置いてその場を去った。
女というものも意外と単純で次のいい男が見つかれば、見違えるように元気になるらしい。3か月もすれば、元カレエピソードは平凡な日常を彩る女子会の鉄板ネタとして大活躍していた。
ただ時折、大学の坂の下にある分岐を通りすぎる時に、老女が言っていた「何度も永遠に繰り返す出会いと別れ」の話が頭によぎる。偶然出会ったと思っていたあの老女ももしかすると既に何度も出会っていたのかもしれない。サイテイだと思っていた元カレもいつかまた好きになって、そしてまた裏切られるのだろうか。そんなことを考えると眩暈がしてくるので、一旦考えるのをやめようと思う。




