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9/11

仕組まれた合同演習

 合同演習当日の朝。

 日課の鍛錬を終えた維人はシャワーで汗を流す。

 制服に袖を通し、しっかりと朝食を摂って準備を整える。


「じゃあ行ってきます」


 玄関まで見送りに来たアギーに声をかけて「よいしょ」とリュックを背負う。


「維人殿」

「うん。頑張ってくる」


 アギーとグータッチを交わして、学校に向かう。

 静かな闘志をその胸に秘めて――。



 昼休み。

 通常の授業をこなし、いよいよ合同演習を迎える。いつもの場所で昼食を摂っていた維人たちの表情にも緊張が見え始めた。


「いよいよだな・・・」

「うん」

「俺、緊張して昨日の夜あんま寝れなかったわ」


 寝不足気味の九谷津は大きな欠伸あくびをする。

 それに対し、アギーの献身のおかげで維人の体調は万全だった。


 ――ありがとう。アギー。


 澄み渡る青空に、ウィンクしながらサムズアップするアギーの姿が浮かぶ。


「対戦相手わかんないって結構緊張するよね」

「ん? おまえ知らねえの?」

「なにが?」


 九谷津は制服のポケットからデバイスを取り出していじりだす。

 待つこと数秒、「ほら」と言って画面を維人に向ける。そこには『一年合同演習授業(二組・七組)』と記載されていた。


「なんで!? 秘密のはずじゃ・・・」

「今日の朝には訓練場の掲示板に載ってたぞ。クラスでも話題になってたし。聞いてなかったのか?」

「ずっと頭の中でシミュレーションしてたから・・・」

「それはそれですごい集中力だな!」


 どんな相手が来てもいいように脳内シュミレーションしていた維人は、全く周りの声が聞こえていなかった。


「んじゃ、そろそろ行くか! 早く行かないと更衣室混むし」


 デバイスに表示された時刻を見て、九谷津は立ち上がる。

 維人も弁当の残りをかきこみ、あとに続く。


 ――二組ってことは・・・。


 維人の脳裏に吉良の影がチラつく。

 よりにもよって一番避けたかった相手のクラスと当たってしまい、内心複雑だった――。



 霊術秩父高校。第一訓練場。


「よし! 揃ったな! それではこれより、二組と七組の合同演習授業を行う!!」


 北島が号令をかける。

 青の差し色が入った、黒を基調とした()()()を身に纏っている学生たちは、綺麗にクラス毎に分かれて集まっていた。


「本日の演習も、一対一の模擬戦を行う。ただし、相手は別クラスの者。要はクラス対抗のチーム戦だ」


 北島の言葉にそれぞれのクラスの学生たちが睨み合う。バチバチと火花が散る程の雰囲気が訓練場に流れる。


「うちのクラスって二組と仲悪いの?」


 あまりの緊張感に、隣の九谷津に尋ねる。


「そういうんじゃねえよ。ただ単に、別クラスのヤツには負けたくねえってだけ」

「なるほど」

「まあ他にも理由はあるけどな」

「? それはどういう――」


 意味なのか聞こうとしたところで、北島が再び話し出す。


「どちらのクラスも初めての合同演習だから一応説明するが、今日行われる全ての模擬戦で勝ち越したクラスに一勝、負け越したクラスには一敗がつく。これを一年かけて全クラスと行うが、最終順位で一位になったクラスの全員には、二年次の術校祭選考会で十ポイントが与えられる」


 訓練場に「おお!」というどよめきが起こる。


「すでに他のクラスも合同演習を行ったが、結果は一組と三組に一勝。四組と五組に一敗がついてる」


 一組と三組という言葉を聞いて、維人の脳裏に立花と細川の名前が浮かぶ。


「四月の合同演習はこれが最後だ。お互い、貪欲に勝利を目指してほしい」


 北島の鼓舞で学生たちの熱がさらに高まる。目の色を変え、「絶対に自分が勝つ」という強い信念の熱が。 


「では、これよりグループ分けを行う。それぞれのクラスの前に箱があると思うが、その中にある紙を一人一枚引いてくれ」


 ぞろぞろと箱の前に集まる学生たち。各々が箱の中の紙を手に取り、書かれている数字を確認する。


「この模擬戦は各クラス十名ずつ、計二十名で三つのグループに分かれてもらう。紙にある数字はグループ番号だ」


 北島の指示でグループ毎に集まる学生たち。

 維人はグループ三になり、九谷津もまた同じグループだった。

 二組の学生を見渡す維人。


「・・・よかった」


 グループに吉良の姿は見当たらず、ほっと安堵する。


 ――普通に戦ってくれるならやりたいんだけどな・・・。


 吉良の維人に対する感情は明らかに()()を含んでいた。

 おそらくまた戦っても、()()()()()()()戦い方はしてくれない。そう維人は思った。


「・・・なあ、維人」


 いつになく真剣、というより気取った顔で正面を見据えている九谷津。


「どうやら俺にも運が巡ってきたらしい」


 目を閉じ、天を仰いでゆっくりと息を吸い込む。


霊神れいしん様。ありがとうございますっ!」

「さっきからなんの話?」


 九谷津の奇行を見ていた維人は堪らずツッコむ。

 しかし、九谷津は維人のツッコミを意に介さず、気取った顔で続ける。


「俺は今日、()()のハートを射抜く! そして付き合う!! 絶っっっっっ対に!!!」

「だからなんの話!!」


 完全に自分の世界に入ってしまった九谷津の耳に、維人の声は何も届かない。


「ほら見ろよ。彼女、俺のこと完全に意識してやがる。俺も罪な男だぜ」

「・・・」


 もう呆れて言葉も出ない。維人の表情はまさにそんな感じだった。小さく「もういい」と呟き、九谷津から少し距離を取る。

 維人が前向くと、一人の女子が九谷津、とは断言できないが、その方向を確かに見ていることに気づく。


 ――まさか本当に九谷津のことを?


 そんな考えが脳裏に浮かぶ。


「いいか! 何度も言うが訓練服に頼った戦い方をするなよ! 霊力を通しにくい()()()()だからある程度の攻撃は防いでくれるが、過信すると痛い目に遭うぞ!」


 北島はそのままルール説明もする。


「ルールはいつも通り。三分一本勝負。基本的には降参や気絶など戦闘不能になるまで戦ってもらう。霊術の使用も可能だが、高い殺傷能力のある術式や限度を超えた霊術での攻撃は禁止だ。禁止行為が発覚した場合はその場で失格。また、相手に重傷を負わせたり、死亡させた場合は停学や退学となり、本授業は落単となる。くれぐれも()()()()()()()行為はしないように」


 説明を言い終え、北島は開始の合図を放つ。


「では、模擬戦を始める! 各グループの一組目は位置につけ!」


 グループそれぞれの一組目が指定の位置につき、互いに眼光鋭く睨み合う。

 そして、北島の声が訓練場に轟く。


「始めっ!!!」


 勢いよく飛び出す両者。激しくぶつかり合う、本気の勝負が繰り広げられる。

 ついに、二組と七組の一勝を懸けた模擬戦が始まった――。


 * * *


 順調に模擬戦は行われ、全体のおよそ三分の二が終了した時点。


「くそっ! あと少しだったのに・・・!!」

「よっしゃあぁぁ!!」


 悔しそうに地面を叩く学生と勝利に喜ぶ学生。

 訓練場の三ヶ所で起こるその光景を北島は一人静かに眺めていた。


「やはり二組の方が上か」


 ポツリと呟く。

 正確にはわからないが、これまでの戦績は明らかに二組の方が優勢だった。北島の予想していた通りの実力差。

 七組のほとんどの学生が全敗か負け越している状況の中、それでも二組に勝ち越している数少ない者たちもいた。


「――勝者、蒲瀬!!」

「ああ・・・気持ちいい! やっぱり僕はこうでなくちゃ!!」

「キャアァァーー!! 蒲瀬くーん!!!」


 一人は先日維人のせいで無様な敗北を晒した蒲瀬。天を仰ぎ、勝利の余韻と女子たちの黄色い声援に浸る。

 そして、肝心の維人はというと、七組で唯一全勝をあげていた――。


 * * *


 同時刻。校内某所。


「――順調か?」


 耳に付けているイヤホン型デバイスから聞こえる、低く冷たい声。


「じゅ、順調です。問題なく、明日()()に移せます」

「システムのハッキングは?」

「完了しています。ボタン一つで校内の全システムがシャットダウンするようプログラムも組んであります。予備電源に関しても抜かりありません」


 男は周囲に聞かれないよう、声を潜めて相手に返す。


「作戦開始は予定通り十時だ。開始の一時間前と三十分前には、必ず状況連絡しろ」

「か、畏まりました」

「もし、怖気づいて情報をバラすようなことがあれば・・・わかっているな?」


 声だけでも伝わってくる凄まじい殺気に、男の膝が恐怖で震える。


「け、決してそのようなことはっ。 私は、()()()()に全てを捧げると誓いを立てています! 裏切ることなど万に一つもございません!」


 今にも腰を抜かして崩れ落ちそうになるのを必死に堪えて、連絡相手に忠義を示す。


「懸命な判断だ」

「明日の作戦は必ず遂行いたします。そ、それで、あの・・・」

「何だ?」

「その、作戦が成功した暁には、私を()()へ推薦してもらえないでしょうか・・・?」


 バクバクと鼓動が早まる。男の頬に一筋の汗が流れ落ちる。


「・・・いいだろう。成功したら()()()にお伝えしておく」

「あ、ありがとうございます!!」

「明日の連絡は作戦リーダーと取ってもらう。この通信も今後は繋がらなくなる」

「か、畏まりました! 明日は宜しくお願いいたします!!」


 男の言葉に返事はなく、そのまま通信が切れる。


「こ、これで私も、か、幹部に・・・!!」


 両手をぎゅっと握りしめ、歓喜に震えながら天を仰ぐ。

 男の手には、怪しい光を放つ機器が握られていた――。

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