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8/12

嵐の前の美しい三日月

 維人が蒲瀬との模擬戦に勝利してから数日後。

 未だ模擬戦の無敗かつ連勝記録を更新し続けている維人の噂は、校内に広まりつつあった。

 ある者は「ズルしてるんじゃ?」と言い、ある者は「クラスのレベルが低いから勝ててるだけだろ」と言う。

 依然として、維人に対する評価は低いまま。

 どれだけ活躍しようとも、適合率一%のような霊力もまともに扱えないヤツは評価に値しない。それが現代の霊力社会における風潮だった。

 だがしかし、それを覆せるかもしれない機会が維人に巡ってくる――。


 昼休み。校内某所。


「合同演習?」


 いつものベンチでアギーの手作り弁当を食べていた維人は、隣りに座る九谷津の言葉に首を傾げる。


「そう! 明日の演習は他のクラスと合同でやるんだってよ!」


 購買のあんぱんと牛乳を手に持ちながら、九谷津は生き生きと話す。


「あれ? 今日弁当は?」


 いつも弁当を食べている九谷津が、珍しく弁当以外を食べている。

 その光景に、維人は思わず尋ねた。


「ああ。早弁しちまってさ。でも昼休みになったらなったで腹減ったから、さっき買ってきた」

「そういうこと」

「って、そんな話はどうでもいいんだよ!」


 話の脱線をすぐに戻す。


「合同演習の話!!」

「ごめんごめん」

「ったく」

「合同演習ってなにするんだろ?」


 入学して約一ヶ月。実戦形式の演習授業は週に二回行われている。

 最初の授業で北島から「まずは基本の戦闘技術を身につけてもらう」と言われていたため、維人たちはこれまで一対一の模擬戦しかやっていない。

 北島曰く、チームでの戦闘訓練も演習内容にあるらしいが、それは「最低限の戦闘技術を身につけてから」とのこと。

 しかし、クラス合同演習ともなれば、せっかくだから違う内容の演習を行うのではないか?

 そう維人は思った。


「んや、いつもの模擬戦らしい」

「なんで知ってんの?」

「凛子先生に聞いた」

「・・・」

「ん? どした?」

「いや、なんでも」


 以前、九谷津に凛子先生呼びはやめた方がいいと忠告した維人。

 実際に本人の前でその呼び名を口にした九谷津は、案の定模擬戦のデモンストレーションで相手役を名指しされて必要以上にボコボコにされていた。

 それでもなお名前呼びを続けているのであるから、九谷津のメンタルは鋼鉄並みに頑丈なのかもしれない。


 ――俺も見習わないとな。


 維人は素直に感心した。


「楽しみだなぁ。なあ!」

「・・・え?」

「だから! 合同演習!」

「まあ、そうだね」

「おまえ・・・さては聞いてなかったな?」

「? 合同演習の模擬戦が楽しみってことでしょ?」

「やっぱ聞いてなかったじゃねえか! 俺が楽しみなのは別クラスの女子!!」

「・・・女子?」

「そう! 別クラスの可愛い女子と知り合える機会なんてそうねえじゃん?」


 入学直後のオリエンテーション以来、クラス間交流というのはほとんど行われていない。


 ――確かに、そう考えれば。


 別のクラスにはもの凄い強者がいるかもしれない。想像して、維人はワクワクしてきた。


「結構楽しみかも」

「お! おまえにも意外とそういうとこあんだな!」


 矢庭やにわに肩を組む九谷津。

 お互い全然違う目的ということには気づかないまま、話は進んでいく。


「で? どのクラスとやるの?」


 無邪気な子どものようにキラキラした目を九谷津に向ける維人。


「さあ?」

「北島先生に聞いたんじゃないの?」

「聞いたんだけどよ。それだけは教えてくんなかったんだよな」

「そうなんだ・・・」


 残念、と思った維人だったが、


 ――どのクラスとか言われても誰がいるか知らないな。


 自分の交友関係が狭いことを思い出した。


「俺的にはあの子がいるクラスがいいなあ〜」


 思いにふける九谷津は遠くを見つめる。


「あの子って?」


 維人はどんなすごい強者なのかを想像して九谷津に尋ねる。


「たまに廊下で見かける子なんだけど。なんて名前だったかなぁ・・・」


 う〜ん、と九谷津は額を叩いて脳内検索するが、なかなかヒットしない。


「くそっ! 俺としたことが! あんな可愛い子の名前ド忘れするなんて・・・」


 そう言ったきり、九谷津はどうにか思い出そうと黙ってしまう。

 結局、九谷津の口から()()()の名前が出ることはなく、そのまま昼休みが終了した。


 * * *


 霊術秩父高校。一年七組の教室。


「ええ、このように。平安時代などの古来の霊術と近代の霊術では、考え方が全く異なるものであるとわかる。霊力が最初に観測されたと言われる二〇二〇年頃から、今日こんにちまでの歴史についてが本授業の内容であることを今一度思い出すように」


 立派な顎髭あごひげを撫でながら、初老の男性教師は近代霊術史の授業を進めていく。


「さて、では次のページ。次は、()()()()()霊術師である南田なんだ家と和須わす家の成り立ちと数々の功績の歴史を――」


 維人の視界に表示されているモニター内のデジタル教科書のページが捲られる。

 教師と学生たちの視覚情報共有。

 教室に設置れた機器が教師と学生の霊力を繋げることで可能としている、霊力社会の最先端技術。

 霊術師の卵が集う霊術高校には、このような最先端技術がいくつも導入されている。

 かかる費用については、全て国家予算から支出。

 まさに霊術高校に通う者たちだけが享受できる特権。

 だからこそ、学生たちは一般科目の授業だけでなく、霊力を使った実験や戦闘訓練など、数多くの専門科目の授業を受けられる。

 全ては優秀な霊術師を養成・育成し、日本の()()()を守るため――。


 * * *


 その日の夜。維人は自宅でアギーの作った夕飯を食べながら、今日の学校について話をしていた。


「ふむ。それはおそらく、本番を想定してのことですな」


 話を聞き終えたアギーは、合同演習の目的を推測する。


「どういうこと?」

「要は臨機応変に対応できる力を鍛えたいのです! 実際の戦場ではどんな敵と戦うことになるかわかりませんからな」

「確かに」

「それにしても、その北島という教師は何とも武士の心得があるように見受けられますな!」

「そう? よくわかんないけど」


 アギーの言葉の意図がよくわからず、テキトーに話を流す。

 武士の心得なんかより、維人には他に聞きたいことがあった。


「アギーってさ、霊術高校の学生データって入ってたりする?」


 その言葉に、アギーは誇らしげに胸を張って答える。


「当然! 拙者のCPUには霊術高校に通う全学生のデータが入っていますぞ!」

「えっ。秩父以外のも?」

「モチのロンですぞ!」

「すご!」

「ふっふーん。もっと褒めてくれて構いませんぞ!」

「いや、ほんとすごいよ。びっくりした」


 よっぽど嬉しかったのか、アギーは体を思い切り反らしてもはや反対側を向いてしまっている。


「それで、維人殿はどんな情報を知りたいのですかな?」


 上機嫌に維人のリクエストを聞く。


「実は他のクラスの強い人とか全く知らないんだよね」

「ふむ。では拙者が秩父校の一年生の実力者を三名ほどリストアップしましょうか?」

「えっ! ぜひお願いします!!」


 維人は深々と頭を下げてお願いする。

 それを見たアギーは胸を叩いて、


「お任せあれ!」


 と自信満々に言い放つ。


「では少々お待ちを」


 そう言うと、AIロボ化してデータ処理を始めるアギー。


『――リストが完成しました』


 すぐに、いつものAI音声が完了の合図を告げた。


「できましたぞ!」

「ずいぶん早いね。まだ一分も経ってないのに」

「拙者の演算能力を舐めないでいただきたいですな!!」


 ――こういうとこはちゃんと高性能なんだよなぁ。


 改めて、アギーが一般的なお世話AIロボではないことを維人は実感した。


「まず一人目は、一組の立花颯真たちばなそうま殿。あの立花家のご子息で、実力はおそらく校内ナンバーツーといったところですな。首席入学で新入生代表スピーチも務めたので、維人殿もご存知ではないですか?」

「・・・うん」


 ――どんな顔だったっけ・・・。


 周囲からの嘲笑でそれどころではなかった維人は、立花という男子をぼんやりとしか憶えていなかった。


「二人目は、二組の吉良義広殿。維人殿の因縁の相手ですな!」

「あっちが勝手に因縁つけてきたんだよ・・・」

「素行は悪いですが、実力はかなりのもの。問題さえ起こさなければ術校祭(じゅつこうさい)のメンバーにも選ばれるでしょうな」


 アギーの話に維人は妙に納得した。

 初めて会った時に感じた吉良の霊力。


 ――あれは普通じゃなかった。


 もしまた戦うことになったらどうなるかわからない。それくらい、吉良から漏れ出る霊力は凄まじかった。


「最後は、三組の細川茅洸ほそかわちひろ殿。データはあまりないですが、これまでの模擬戦は全勝。おそらく相当な実力者と思われます」


 実力者三人の名前を聞いて、維人はますます明日の合同演習が楽しみになる。


 ――できれば吉良は避けたいけど・・・。


 入学式の日の記憶がフラッシュバックする。


「もしこの三人の誰かと同等以上の戦いができれば、()()()に向けて最高のアピールになります! ぜひ明日の合同演習は頑張ってくだされ!!」


 アギーの鼓舞を受けて、維人の気持ちにもより熱が入る。


「そうとなれば、万全を期すためにも今日はもう寝床につきましょう! もしご所望であれば拙者が子守唄を歌って差し上げますぞ!!」


 維人の腕を取って寝室に向かおうとするアギー。


「いやいや。まだ夕方の六時だから。さすがに早すぎるって」

「おっと。まだそんな時間でしたか! あ、そういえばお風呂を沸かしていたのをすっかり忘れていました!」


 そう言って、アギーは脱衣所の方から何かを持ってくる。


 「この前掃除中にこんな入浴剤を発見しましたので、今日はこれを使って湯船にゆっくり浸かってくだされ!」


 『秘湯の湯』と書かれた、如何にも高級そうな入浴剤。

 おそらく家族の誰かが置いていったであろうものを勝手に湯船にブチ込むアギー。


 ――母さんと姉さんには黙っておこう・・・。


 ゆっくりと湯船に浸かり、いつもと同じルーティーンをこなして翌日に備えた維人。

 ふとカーテンの隙間から見えた三日月の美しさは、眠る前の維人の心を穏やかにさせた――。


 * * *


 霊術秩父高校。職員室。

 デスクに座る北島は、デバイスの画面をじっと睨みつけていた。表示されているのは、明日の合同演習について。何度見返しても変わらない、『二組と七組の合同演習授業』の文字に、北島は短く溜め息を吐く。


「・・・はあ」


 画面を閉じ、背もたれに身体を預ける。

 ふと、北島の脳裏に数日前の校長との会話が過ぎる――。


『今度の合同演習、一年生は二組と七組にしようか』

『・・・理由を聞いても?』

『もちろん、あの二人を会わせるためだよ』

『さすがに時期尚早では。また騒ぎを起こすかもしれませんよ?』

『その時は君の霊術を使ってすぐに止めてくれればいい』

『なぜそうまでして彼らを?』

『あの日の謎を解き明かすには、彼らをもう一度会わせるのが手っ取り早いじゃない』

『それはそうかもしれませんが・・・』

『それに、秦維人君には()()()()実力を示してもらわないと』

『吉良がそれに適任だと?』

『何となくそう思うんだよね。二人にはどこか似た雰囲気があるというか』

『・・・』

『ともかく、お願いね』


 校長の何を企んでいるかわからない表情や声音が、今も脳裏にこべりついて離れない。

 反対しきれず頷いた自分を思い出し、北島は眉間を指で押さえた。


「何も起きなければいいんだが・・・」


 一人だけの職員室で、独り言を呟く。ただ不安を吐き出すように。

 窓の外から見える三日月の美しさは、彼女の胸中のざめつきを鎮めてはくれなかった――。

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