表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/11

無能の理由

 入学から数週間。

 季節は晩春へと移ろい、まもなく梅雨が訪れる頃。

 大型連休を数日後に控えた、四月下旬。

 相変わらず周囲から避けられ、九谷津だけしか友人がいない維人だが、徐々に学校生活に慣れつつあった。

 ()()を除いては――。



 霊術秩父高校。第一体育館。


「各自そこまで!」


 体育館中に響き渡る、ガタイのいい男性教師の声。

 室内にいる全員の手が一斉に止まる。


「それではこれから採点を行う。採点が終わった者から、道具を片付けて教室に戻るように」


 体育館内のあらゆる場所にある、一メートルくらいの大きな積み木。

 積み木はバランスを保ちながら天井近くまで積み上げられている。

 各々の積み木が高々と積み上げられている中、ただ一ヶ所の積み木だけは異様な低さだった。


「・・・秦、これは?」

「これは・・・本気でやったんですけど・・・すみません」


 維人の腰付近の高さまで積まれた積み木。

 幼児が積み上げたのであれば褒めてもらえただろうが、残念ながらこの授業では褒めてもらえない。


「そうか・・・」


 教師は手に持つデバイスに何かを書き込む。


 ――()()再テストか・・・。


 ガックリと肩を落とす維人。

 霊力を使って対象物を操る、基礎的な霊力操作の授業。

 その中でも簡単な積み木を積み上げる課題だが、維人にとってはそれさえ難しい。


「なにあれ? 子どもの積み木遊びじゃん」


「あれはさすがにショボすぎだろっ」


「おい笑うなって! 無能君が可哀想だろ?」


 いつものように起こる嘲笑。

 維人は気にせずに後片付けを行う。

 積み木は霊力との反応によって自由自在に伸縮する特殊素材で作られている。

 そのため、維人が積み木に手をかざして微量の霊力を流と、積み木は徐々に小さくなっていく。

 維人は手の平サイズまで積み木を小さくすると、専用の袋にしまってそのままトボトボと体育館を出ていく――。


 * * *


 霊力秩父高校。霊力実験室。


「それでは、実際に皆さんにもやってもらいましょう」


 白髪交じりの女性教師はそう言って机の上に置かれた球体型の装置を指差す。

 水晶のような透明な球体で、大きさはボウリングの玉より少し小さいくらい。


「班ごとに行うので、まずは一班からこちらに」


 まばらに立ち上がる一班の者たち。

 教師が装置に触れると、ピッという起動音と共に球体は数センチばかり宙に浮き上がる。続けて土台の液晶画面が光り、数字の(ぜろ)が表示される。


「さあ、まずは()()()に体から漏れ出てしまう霊力を体内に留めてください」


 教師の合図で一班の全員が体内へ意識を集中させる。


「体内の霊力を感じ取って、それをお腹に押し留める感覚です」


 眉根にシワを寄せ、各々少しずつ険しい表情になる。


「さらにそこから霊力を練り上げて、自分の()()()近くまで霊力を高めていきます。ただ、あまり無理はしすぎないように」


 額に大粒の汗をかき、ハァハァと息切れをする者まで現れ、かなりの過酷さが伝わってくる。

 まさにこの状況が、霊力を限界まで練り上げる行為が如何に大変なのかを物語っていた。


「準備ができた人から一人ずつこの球体の上に両手を乗せてください」


 早速、一人の男子が球体の上に手を乗せる。


「私が合図するので、集中を切らさないよう気をつけながら体内の霊力を一気に手の平から放出してください。いきますよ。三、ニ、一・・・はい!!」


 教師の合図と同時に男子は両手に力を込める。霊力が注がれた球体は淡く発光し、液晶画面の数字がどんどん上昇していく。


「・・・はい。もういいですよ」


 男子は球体から手を離し、ハァハァと息を切らしながら額の汗を拭う。

 液晶画面には一三八ひゃくさんじゅうはちという数字が並んでいた。


「自分の数値を忘れないように。では次の人!」


 そこからは流れ作業だった。

 球体へ霊力を流し、表示された数値を確認して自席へ戻る。その繰り返し。

 一班が終わると、次に二班が呼ばれて同様にやっていく。

 維人はぎゅっと手に力を入れ、不安な表情で装置を見つめていた――。


「次の人!」


 ついに維人の番が回ってくる。

 バクバクと心臓の鼓動が早くなるのを感じながら球体の上に手を乗せ、体内の霊力への集中をさらに高める。

 そして、教師の合図を聞き、一気に霊力を放出。

 限界近くまで高めた霊力を余すことなく球体へ注ぎ込む。


 ――頼む!!


 維人の全力。その結果は・・・。


「では数値を・・・え? ええ!?」


 驚きのあまり、思わず教師は叫んでしまう。

 それくらい、前代未聞の数値を維人は叩き出してしまったらしい。


「・・・」

「いくらなんでもこれは・・・」

「先生、どうしたんですか?」

「いや、ええっと・・・」


 明らかに気まずそうにしている教師。

 維人の顔をチラチラと見て、言うか言うまいか悩んでいる。

 ただ、当の本人は数値を見て固まっていた。


「どれどれ・・・」

「あ! ちょっと君!」


 痺れを切らした一人のクラスメイトが数値を覗きに駆け寄ってきた。


「うぇ!! マジ!?」

「なになに?」

「早く教えろよ!」

「こいつの数値・・・」


 わざとらしく一拍置いて溜めを作る。


()()だって!!」


 維人の数値が実験室中に響き渡る。

 そして、実験室に起こる大きな笑い。


「十七!? ヤバすぎだろっ!!」


「逆にどうやったら出せんだよ?」


「無能っぷり超発揮しててウケるっ!」


 教師はクラスメイトたちを戒める。


「止めなさい! 他人ひとの数値で笑わない!!」


 しかし、絶え間なく起こり続ける笑い声。


「・・・」


 十七の数字を呆然と眺めて立ち尽くす維人。

 結局、授業が終わるまで維人への嘲笑は止まらなかった。


「秦君。別日にもう一度来てもらえる?」

「・・・はい」


 例年、ほとんどの学生が()()()以上の数値を出し、どれだけ低くても五〇は下回らない。

 その中での維人の十七という数値は明らかに常軌を逸していたため、教師は再計測を申し出た。

 しかし、後日行った再計測でも、維人の数値はほとんど変わらなかった――。


 * * *


 日々様々な授業が行われる中、維人は霊力を扱う授業全般で苦戦していた。

 特に霊力をコントロールする授業においては、全て落第点の成績。そもそもコントロールする程の霊力がないのだから、点数を取れなくて当然だった。

 教師たちも呆れて匙を投げかける、絶体絶命の状況。

 そんな維人の唯一の希望の光であり、誰より得意な授業。

 それは()()()()の演習授業だった――。



 霊術秩父高校。第一訓練場。


「次で最後だな。両者、指定の位置につけ!」


 授業の担当かつクラス担任の北島凛子が二人の学生へ促す。


「頼むぞ!」 


「もうおまえしかいないんだ!」


「いい加減あいつの()()()()止めてくれ!」


 クラス中の男子が一人の男子、蒲瀬堅かませけんへ希望を託す。


「まあ任せとけって。すぐにあいつの泣き顔拝ませてやっから」


 爽やかイケメンな顔立ちに、自信に満ち溢れた堂々とした態度。そんな、ザ・クラスの人気者といった蒲瀬は位置について前髪をさらりとかきあげる。


「キャアァァーー!! 蒲瀬くぅーん!!!」


 女子からの黄色い声援までも受けて完全に正義のヒーロー扱い。


「維人。あいつはかなり強いぞ。油断するなよ」

「うん。わかった」


 悪役と化した維人は唯一の味方である九谷津の助言に短く返し、静かに位置へ向かう。


「俺に勝ったヤツだからな! この俺に!!」

「だからわかったって!!」


 しつこい九谷津に維人は思わず語気が強くなる。その姿はまさに悪役。


 ――ダメだ。一旦落ち着こう。


 維人は深呼吸で心を落ち着ける。

 そして、目の前の対戦相手を鋭く見つめた。


「おい無能」

「俺は無能って名前じゃない」

「・・・まあいい。おい秦。おまえのまぐれも今日までだ。なぜなら」


 蒲瀬は一歩前に出る。


「この僕が相手だからな!」


 ビシッと親指を立てて自身を指差す。

 完全にキマった、とドヤ顔まで披露する。


「うん。わかった!」

「・・・」


 一つも動じていない維人の軽い反応に、蒲瀬はで二の句が継げなくなる。


「いい勝負にしよう!」


 続けて維人は握手を求める。

 蒲瀬の怒りと羞恥が頂点にまで達する。


「・・・君は僕の全力をもって叩き潰す!」


 維人が自分に舐めた態度を取っていると感じた蒲瀬は握手を無視して位置に戻る。


「二人とも、準備はいいか?」


 一連のやり取りを静観していた北島が両者に声をかける。


「はい!」

「いつでも」


 両者からの返答。


「それではこれより、一対一の模擬戦闘訓練を行う。両者、構え!」


 維人と蒲瀬はそれぞれ構えを取る。


「――始め!!」


 両者の連勝記録更新をかけた模擬戦が今始まった。

 勢いよく飛び出す両者。


「いけえー!! やっちまえー!!!」


「蒲瀬君頑張ってぇーー!!!」


「負けんなよ! 維人!!」


 激戦必死の勝負。誰もがその展開を予想した。

 がしかし、その勝敗はあっけなくついてしまう。


「――勝者、秦維人!!」


 北島の凛とした声が響き渡る。

 開始からわずか数秒後、訓練場は水を打ったように静まり返り、誰もが目の前の光景を信じられなかった。


「・・・か・・・ぁ」


 クラスの期待を一身に背負っていた蒲瀬は、仰向けに大の字で倒れたまま、ピクリとも動かない。

 鼻血を流して白目を剥くその姿は、爽やかイケメンの『さ』の字もないくらい酷かった。


「なにが・・・起こったんだ・・・?」


 誰かが呆然と呟く。それはクラス全員の気持ちを代弁していた。


「またあいつの勝ちかよっ! なんなんだよマジで!!」


「嘘でしょっ? あの蒲瀬君が負けるなんて・・・」


「霊力使えねえくせになんであんな強えんだよ・・・」


 静寂は徐々に悔しさと悲鳴の入り混じったざわめきに変わっていく。

 維人はただ静かに一礼して、笑顔で待つ九谷津のもとへ向かった。


「やはりあの武術・・・」


 北島は維人の戦闘スタイルを何度か見て確信した。

 半世紀以上前に継承が途絶えて消えたとされた、()()()()であることを――。


 * * *


 同時刻。校内某所。

 とある男が周囲に人がいないことを確認して、誰かに連絡を入れる。


「――進捗は?」

「まもなく手筈が整います。実行は予定通り()()()()に移せるかと」

「わかった。ぬかるなよ」

「は、はいっ」


 鼓膜を揺らす低く冷たい声。

 まるで自分の心臓を直接握られているかと錯覚するくらいの恐怖の圧。

 男の背筋にすぅっと冷たいものが走る。


「それと、一応この通信記録も消しておけ。勘の鋭いヤツがいたら面倒だ」

「畏まりました。詳細については追ってメールでお送りします」


 連絡を終え、大きく息を吐く。

 一分にも満たない短い時間で、男は何年も寿命が縮まった気がした。


「そろそろ戻らないと」


 額から吹き出た冷や汗を拭きながら、何事もなかったかのように廊下を歩いてく。



 霊術秩父高校に忍び寄る不穏な影。

 平穏な日々が音を立てて崩れるその時は刻一刻と近づいていた――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ