突然のバトル
地面を蹴り上げ、ほぼ同時に動き出した両者。
周囲には風切り音が鳴り渡る。
コンマ数秒で互いの距離は縮まり、攻撃動作に入る男子。
維人は止まらずにさらに間合いを詰める。
「バカが! もうとっくに――」
霊力を纏った右腕が刃と化して、維人へ振り下ろされる。
「間合いだゴラァァア!!」
怪しい燐光が迫りくる中、冷静な表情の維人。
「ゆ、維人!!!」
維人の危機的状況に九谷津は思わず叫ぶ。
誰もが大惨事を覚悟した、その刹那。
「なっ!!」
男子の攻撃を紙一重で躱す。維人の頬に短く切り傷が入る。
そして、間髪入れずに躱した勢いを利用したカウンターを放つ。
「チッ! うぜえ小細工してんじゃねえ!!」
崩れた体勢を無理やり戻してカウンターの掌底をガードする男子。
だが想像以上の威力に、堪らずよろけてしまう。
維人はその隙を見て手を止めずに畳みかけた。
「クソがっ! 調子乗んな!!」
体勢を崩しながらもどうにかガードで攻撃を耐え凌いだ男子。
「ッ!? こいつ!!」
隙を見つけて反撃を仕掛けるも、男子はなかなか主導権を握れない。
攻撃をしてもいなされ、すぐさま反撃の拳が飛んでくる。
独特の間合いとリズム、読みにくい攻撃動作。一手一手のキレも凄まじく、加えて動作に無駄がない。洗練された武術。
特に、先程の高威力カウンターを警戒して無闇に踏み込めない。
主導権を握れず、攻撃のリズムも掴めず、男子のイライラがどんどん募っていく。
「すげぇ・・・」
予想外の展開に語彙力を失う九谷津。
野次馬と化した周囲の学生も言葉を発せず呆気に取られている。
それくらいの激しい攻防を二人は繰り広げていた。
――何だ? 何かが引っかかる。
維人は攻防の主導権を握っている優位の立場にも関わらず、心はざわついて落ち着かない。
謎の違和感。維人の直感がそれを抱かせる。
「あぁああ! ウザってえな!!」
刹那、劣勢だった男子の目つきが怪しく変わる。
「ッ!?」
ゾクッ、と背筋が凍る。違和感が明確な恐怖に変わる。
維人はさらにギアを上げ攻撃の手数を増やす。ガードを崩して確実にダメージを与えるために。
しかし、男子から溢れ出る霊力は止まらず、次第に周囲の空気も震え出す。
「俺はあの吉良家だ!! てめえのような無能野郎が抵抗していいわけ――」
突然、維人の体の中の何かが反応し、反射的に攻撃から防御姿勢に切り替える。
「ねえだろがぁああ!!」
「!?」
「咆刃血叢!!!」
刹那、男子の胸辺りから一筋の刃が放たれる。刃は維人の胸を突き刺す勢いで向かっていく。
――防げないっ・・・!!
維人の脳裏に死が過ぎる。
その瞬間、咄嗟に手の平で受け止めようと右腕を突き出した維人。
なぜそのような判断に至ったのか、維人にもよくわからない。
無意識による行動。
「ぐっ!?」
刃が当たる間際、ドクンッと維人の心臓が脈打ち、右腕に焼けるような痛みが走る。
そして、刃が維人の右手を――。
「おい! 何の騒ぎだ!!」
突然、大声が響き渡り、その場にいた全員が声の方を向く。
騒ぎを聞きつけた教師が維人たちのもとへ走ってきていた。
「やべっ行くぞ!」
「ちょっ待てよ!」
「わ、わたしたちも帰ろっ!」
「・・・」
「詩織! なにしてんの! 早く!!」
「あっ、う、うん・・・」
野次馬たちはぞろぞろと散り散りになる。
「き、吉良! さすがに教師はマズイんじゃ」
「・・・!」
「おい! 吉良!」
「チッ! 行くぞ!!」
去り際、吉良と呼ばれた男子は維人に向かって吐き捨てる。
「次こそはぶっ殺す!」
両膝を着いて俯いたまま、反応のない維人。
「維人! 大丈夫か!?」
慌てた様子で駆け寄る九谷津。
「お前っ右腕・・・え?」
右腕を抑えていた維人。
その右腕は・・・。
「なんで。もろに当たったはずじゃ・・・」
傷一つ付いていなかった。
「維人・・・お前」
「おい! 一年! これは何の騒ぎだ!!」
険しい表情の男性教師が維人たちへ問い詰める。
「ち、違うんです! あいつらが急に!!」
「あいつら? 誰のことを言ってるんだ?」
「えっ・・・あれ!?」
すでに吉良たちは退散した後で、周囲には人っ子一人いない。
ヒューという風の音だけが静寂の中で聞こえる。
「ほ、本当なんです! 信じてください!」
教師はチラッと維人を見る。
「無許可での霊力使用が校則違反なのは、わかっているな?」
「そ、それは・・・」
「俺は霊力を使ってません」
維人はゆっくりと立ち上がりながら返答する。
「そんな嘘は通用しないぞ?」
「嘘じゃありません。本当です」
じっと維人を見定めるように見つめる教師。
寸秒の後、教師は目をつむって短く息を吐く。
「・・・わかった。とりあえず、今日はもう帰れ」
維人の話を信じたのか、教師はそれ以上追及しなかった。
念の為と、クラスと名前を聞かれ、その後すぐに解放された維人たち。
「・・・帰るか」
「そうだね」
足早に学校を後にした。
とんだ災難に見舞われた維人たちは、特に会話を交わさないまま駅に到着してしまう。
ホームで高速ライナーを待つ間も無言の状況が続く。
「あの、さ」
先に沈黙を破ったのは維人だった。
「ん?」
「さっきの話、気になったりしないの?」
「さっきの話?」
九谷津は「はて?」といった表情で首を傾げる。
「その・・・俺の適合率のこととか、家族のこととか」
「あー。その話か」
九谷津は反対側のホームをなにとなしに見つめる。その表情はとても穏やかだった。
「別に。維人が話したいなら聞くし、話したくないなら聞かね」
「・・・」
「え、もしかして聞いた方がよかった?」
維人はブンブンと首を横に振る。
「家族のことだけはちょっと・・・ごめん」
「なんで謝んだよ? 他人に言いたくないことなんて誰にでもあるだろ」
「・・・ありがとう」
「それと、もし言いたくなっても安心しろ! これでも口は堅い方だ!」
自慢気にサムズアップする九谷津。
維人は安心からか顔を綻ばせて笑った。
「うん。もう少し仲良くなったら話すよ」
「・・・そこは、はっきり言わなくてよくね?」
「あっ、ご、ごめん! そんなつもりじゃ!」
慌てふためいてとにかく謝罪しまくる維人。
どうやら自然に余計なことを言ってしまったようだ。
「おまえさ、天然って言われたりしない?」
「言われたことないけど・・・なんで?」
「・・・やっぱなんでもねーわ」
維人の表情を見て、九谷津は確信した。
こいつは絶対天然だ、と。
ライナーが到着し、乗り込む二人。
他愛のないくだらない話をして笑い合う。
少し前までの気まずい空気は完全に消え、さらに仲が深まったようにも見える。
九谷津は乗り換えのため飯能駅で維人と別れた。
別れ間際、ホームで手を振る九谷津の姿に、維人は嬉しくなって手を振り返す。
適合率のことや家族のことを聞いても何一つ態度を変えず、気にする素振りすらしない。
関わりたくないと距離を置いたり、しつこく探ってきたりしてもおかしくない中、九谷津は一人の友人として維人を見続けた。
それが維人には堪らなく嬉しく、胸が温かくなる。
――最初に知り合えたのが九谷津でよかった。
一人になった車内。
窓から見える茜色の夕日はいつにも増して美しく、維人の目には輝いて見えた――。
「まもなく終点。所沢中央駅。所沢中央駅です。お忘れ物なさいませんよう、ご注意ください」
車内に自動アナウンスが流れ、終点の所沢中央駅へ到着する。
人の流れに身を任せながら駅を出た維人はそのまま家路を進む。
閑静な住宅街を抜け、周りに田畑が現れ始めると、維人の家は見えてくる。
朝に家を出てからまだ半日も経っていないのに、維人はかなり久しぶりに帰ってきたような気がした。
玄関にデバイスをかざし、カチャンと解錠音が鳴るのを確認してから扉を開ける。
突然、維人の耳に不機嫌そうな声が届く。
「ようやく帰ってこられましたな。維人殿」
「ただいま。アギー」
一匹のネコがちょこんとお座りして維人を出迎えた。
「心配しましたぞ! 拙者の計算では三十分前には帰宅しているはずなのですが?」
「まあ、色々あってさ」
アギーと呼ばれる変わった口調のネコは、当然のように人語で維人に話しかけている。
「まさか! 入学初日に道草を食ったのですか!?」
「違うよ」
「もうそのような非行に走るとは・・・」
「道草は非行じゃないでしょ」
「ともかく! なぜ帰宅が三十分も遅れたのか説明しなされ! 拙者を納得させるような説明を!!」
まるで門限に遅れた子どもを叱る母親のように、アギーは維人を問い詰める。
「そんな怒らなくても・・・」
話を聞きそうにない雰囲気を感じ、維人は今日の出来事を一つ一つ説明していく。
アギーは尻尾を地面に叩きつけて怒りを露にしながら、じっとお座りの姿勢で維人の言い分を聞いた――。