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不吉な始まり

『君たちの中に霊術師になれる者は一人もいない』


 唐突すぎる北島の発言に、教室のざわめきはどんどん大きくなっていく。


「えっ急になに?」


「意味不なんだけど」


「うざっ。勝手に決めつけんなよ」


 先程までとは打って変わり、教室のあちこちから不満の声が上がる。

 しかし、北島は気にせずに話を続けた。


「君たちにある程度の力があることは知っている。だがそれだけでは全く以って足りない。特に君たちの今の実力じゃ霊術師の足元にも遠く及ばない」


 一瞬、維人は北島からの視線を感じた。


「それと、適合率てきごううりつはあまり鵜呑みにするな。私の経験上、そういうやつほどすぐに挫折して辞めていく」


 さらに教室内のざわめきが大きくなる。

 維人の心臓はドクンと大きく脈打つ。


 ――一体どういう・・・。


 一人の男子が恐る恐る挙手する。


「何だ?」

「あの、適合率ってかなり重要なんじゃ?」

「では聞くが、君は一人でも霊術師の適合率を知っているか?」

「それは・・・知りません」


 霊力を使った術式、通称『霊術』。

 霊術を自由自在に使う、適合者にとって憧れの存在である『霊術師』。

 そして、どれくらい霊力と適合した肉体であるかの指標である『適合率』。

 霊術師と適合率には強い相関関係があると、現代の霊力社会では言われている。

 しかし霊術師に適合率の開示義務はなく、プロフィールにもほとんど記載はない。

 稀にインタビューで明かす者もいるが、あくまで口頭のため真偽は不明で、確かめるすべもこれといってない。


「たまに、「霊術師には適合率何%以上でないとなれない」、なんていう話を耳にするが、あんなのは大嘘だ。霊術師試験にもそんな規約は一切ない」


 前方にいる女子が手を挙げて発言する。


「じゃあ聞きたいんですけど、新入生の中で霊術師になれそうな人はいるんですか?」


 教室中の視線が北島に集まる。


「そうだな・・・入学式で見た限りでは三人。可能性がありそうなのは二人くらいいたな」

「たったそれだけ・・・」

「当然だ。霊術師が()()()()()()()()()()()()()()か、君たちも知っているだろう?」

「で、でも! わたしたちは霊術師になるためにこの学校に来たんです!」

「だから?」

「だから・・・その・・・勝手に決めつけないでください!」


 周囲から「そうだそうだ!」という同意の声がいくつか上がる。


「私がこれまで一体何人の学生を見てきたと思っている? 君のようなタイプの学生も何度も目にした。そして、そのほとんどが厳しい現実に直面して霊術師を諦めて地元に帰っていった」

「・・・」

「ここで霊術師を目指す以上、淡い期待や希望は全部捨てろ。意気込みだけでなれるほど、霊術師は甘くないぞ」


 クラスメイトたちは黙り込み、教室に重苦しい空気が漂う。

 抱いていた期待や希望を完全に砕かれた。そんな表情をしている。


「入学早々言うことではないかもしれんが、これが現実だ。ただ、君たちがそれでも霊術師を目指すと言うなら、私から一つ助言をしよう」


 再び、北島に視線が集まる。


「ゼロを一に、一を一〇〇に、不可能が可能になるまで、死ぬ気で努力しろ。それが霊術師になるための唯一の方法だ」


 助言と言うにはあまりに厳しい内容に、教室の空気がさらにどよんと重くなる。

 誰もが俯いてしまう中、維人だけは顔を上げて北島を見続けた。

 意志が込められた強い眼差しを。


「もちろん、教師としてできる限りのサポートはする。相談でも質問でも、何かあれば遠慮なく話してくれて構わない」


 北島はちらっと腕時計を見る。


「少し長話が過ぎたようだ。明日以降の予定について簡潔に話していく。まず明日だが、午前中に自己紹介と委員決め、午後から全クラス合同のオリエンテーションを行う。服装や持ち物については――」


 口早に翌日以降の予定について淡々と述べていく。

 沈んだ表情の者が未だ多くいる中、そのまま静かにHRは終わった――。



 放課後。昇降口。


「お前帰りは? 駅? 寮?」

「俺は駅。九谷津は?」

「俺も。じゃあ駅まで一緒だな」


 維人と九谷津はお互いの帰り道について話していた。

 クラスメイトたちの雰囲気が暗い中、案外気にしていない様子の九谷津。


「てかよ、青風でいいぜ? 俺も維人って呼んでるし」

「あ〜、うん。もう少し仲良くなったら呼ぶよ」

「え、なんで? もう俺たち友達だろ?」

「今日知り合ったばっかじゃん。親しき仲にも礼儀あり、だよ」

「真面目かよ!」

「俺はそういうの大切にしたいの」

「へいへい。わかったよ。お前のタイミングに任せるわ」

「そうしてもらえると助かる」

「ところでよ、今日凛子先生が言ってたあれって」

「凛子? 誰?」


 聞き覚えのない名前に維人は思わず聞き返した。


「もう忘れたのかよ。担任の名前」


 維人の脳裏に一人の女性が浮かび上がる。


「北島先生のことか」

「他に誰がいんだよ?」

「教師を下の名前で呼ばないだろ。普通」

「若くて美人なんだから名前で呼ぶだろ。普通」

「どんな基準だよ・・・」

「ちゃんと先生付けてんだし、別によくね?」

「・・・俺の前ではいいけど、本人には言わない方がいいと思う」

「なんで?」


 なぜか維人の脳裏に九谷津が北島にボコボコにされている映像が浮かぶ。


「説明はできないけど、呼んだら大変なことになると思う・・・たぶん」


 半殺しにされた九谷津の姿は、想像だとしても見ていられない程に悲惨だった。


「なんだよそれ。てか俺が話したいのは凛子先生のことじゃなくて! 凛子先生が言ってた霊術師になれそうなやつって新入生代表の立花じゃ――」

「おい。お前が噂の《《無能野郎》》か?」


 九谷津の話を遮るように、謎の声が維人たちめがけて突然飛んで来る。

 維人が前を向くと、校門付近にたむろっているガラの悪い男子の集団が視界に入った。

 明らかに維人たちを見下している偉そうな態度の不良男子と、その後ろにいる数人の男子。後ろの男子たちはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。


「あいつは・・・」


 全く見覚えのない維人とは違い、九谷津はその男子を知っている様相だった。


「知り合い?」

「知り合いもなにもあいつは――」

「おい! なに無能の分際で無視してんだ!!」


 また九谷津の言葉を遮るように、目つきの悪い男子は険しい顔で怒声を上げる。

 周囲にいる学生たちの視線が維人たちに集まり始める。


「てめえだろ? ()()()()()()のカスってのは」

「・・・まあ」


 今日向けられた視線とは全く違う、完全に差別するような目つき。

 維人の体にぐっと力が入る。


「しかもお前、あの()()なんだってな?」

「・・・なんで名前を」

「知ってるさ! 霊術師の品位を落として失墜した元十華族様だろぉ?」


 維人の家系について知っていた男子はさらに馬鹿にした口調で続ける。


「やっぱろくでもねえクソ家系にはクソ以下の無能しか生まれねえんだなあ!!!」


 維人や維人の家族を罵り、取り巻きの男子たちと大声であざけり笑う。

 周囲の学生たちも維人を見ながらひそひそと話し出す。


「おい! おまえらいい加減に――」

「訂正しろ」


 維人は九谷津の言葉を遮って、低く、静かに、しかし鋭く言い放つ。

 維人の表情を見て、九谷津は思わず息を呑んだ。


「・・・あ?」

「今言ったこと、訂正しろ」

「お、おい。維人」


 九谷津の制止は残念ながら維人には届かない。

 維人はただ真っ直ぐ、鋭い目つきで男子を見つめる。

 知り合って間もないとはいえ、今までと全く雰囲気の違う維人の姿に、九谷津は気圧される。


「てめえ、誰に向かって指図してんのかわかってんのか?」

「俺はお前を知らないし、誰だろうと関係ない。家族への侮辱は訂正して取り消せ」


 ピキッと男子のこめかみに血管が青く浮き上がる。


「そうか・・・。よーくわかった」


 周囲の空気がピリつき、男子の纏う雰囲気が一変する。

 それを見て重心を少し低くする維人。


「ぶっ殺してやる!!!」


 刹那、男子の両腕に()()()()がオーラのように纏っていく。

 ドクン、と維人の心臓が跳ね上がり、両脚に力を込める。

 二人の間にある緊張の糸が極限まで張り詰める。


 次の瞬間、緊張の糸が弾け飛んだのを合図に、両者は動き出した――。

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