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片山の覚悟

 片山は一旦冷静に考えた。


 静寂しじまというテログループの目的がこの世界、もっと言えば霊力による歪な実力主義社会に対する反抗であるならば、意思表示のためにも犠牲者は必要。たとえそれが未来ある善良な若者だとしても関係ない。


 これは、この世界を変えるための革命の第一歩なのだから・・・。



「・・・」



 だが、片山は何も言葉を発せなかった。絶句して俯くことしかできなかった。


 頭で理解できても心が追いつかない。


 理屈がどうであれ、これから少年少女が殺されるという事実に何も思わずに理解を示せる方が人としてどうかしている。


 自分の招いた事態がここまで大事になるとは微塵も思っていなかった片山はゴクリと生唾を飲み込んだ。


 それは、自分の置かれている状況や立場、問われている覚悟をようやく理解したということでもあった。



「怖気づいたか?」


「へ・・・?」


「わかりやすく動揺しやがって」


「そ、そんなことは・・・」


「お前がスパイとしてこの学校に潜入したのは聞いている。凄腕のハッカーということもな」



 淡々と話し続ける男は窓の外に目を向ける。



「お前の働きぶりは素直に評価してやる。俺たちが侵入した後のシステムの再起動と、結界霊術の発動を誤差なくやったのも含め、ここまで完璧なハッキングをできるとは正直思わなかった」



 本来は敵襲があった時のための強力な防護結界が校舎と敷地内に現在展開されている。


 将来有望な才能ある生徒たちの身の安全を保証するために、多額の国家予算を投じて作り上げた『霊術高校専用の堅城鉄壁なセキュリティシステム』。


 しかし、それが今は生徒たちを閉じ込める檻と化してしまっている状況。


 外部からスパイが入り込む隙などあるはずがないという平和ボケした関係者各位の驕りと慢心が、今回のテロを引き起こしたと言っても過言ではない。


 裏を返せば、霊術大学や霊術高校という場所はそれくらい安全だと思われていた。かなり厳しく監視している敷地内の防犯システムに加え、生徒を含めた大部分がそれなりの実力者。敵からすれば自ら死地へと向かう、まるで()()()()と呼ばれるような場所・・・のはずだった。



「だが完璧な任務の遂行と、覚悟の話は全く別だ」


「・・・」


「お前に俺たちが求める覚悟はあるか?」


「か、覚悟?」


「霊皇様やあの人が目指している、常人では理解できない完全なる崇高な世界を実現させるための手足となる覚悟だ」


「そ、それは・・・」



 口を噤む片山に、男はあからさまに舌打ちをする。



「ナメた考えで仲間になりたいとかほざきやがって。いくら未成年だろうが、あいつらの一部はあの忌々しい霊術師の卵だ。だからその前に殺す。何か間違っているか?」



 間違ってはいない。むしろ至極真っ当な考えである。


 霊術高校の入学試験を受ける適合者の数は約二十万人。その中で合格に至るのは僅か二百人。千倍という途方もない倍率を勝ち抜かなければ、霊術高校の敷居を跨ぐことは許されない。さらにそこから霊術師になれるのは、一部の選ばれし者だけ。


 普段では滅多にお目にかかれない、非常に稀有な集団が、現在為す術なく囚われている。


 こんな絶好の機会を逃すのは、それこそバカのすることだ。



「ガキだろうが大人だろうが、霊術師に関係するヤツらは容赦なく殺す。それが静寂しじまの、いては教会の方針だ」


「・・・霊皇様の目指す『崇高な世界』のために、ですか?」



 男は視線だけで肯定の意を伝える。



「ただでさえ八色の師と十華族みたいなバケモノどもがいるんだ。他のヤツら、特に若い芽を早いうちに潰そうと考えるのは当然だろ」



 全く反論する余地のない、尤もな意見。


 自分が身を置こうとしている組織は嘘偽りなく本気で世界を変えようとしている。


 そんな気概と覚悟を感じた。


 子どもだから可哀想という感情を抱いていた自分が如何に浅はかだったかを痛感させられる。



「もしここで覚悟を示せないというなら・・・」


「いうなら・・・?」


「ここで殺す」


「!! ・・・そ、それはっ!」



 男の手が背中の刀に伸びる。僅かな抜刀により露わになる、美しい白銀の刃。


 片山の脳裏に最悪の想像が絶えず過る。



「さあ、どうする?」



 高まる緊張感。これから発する一言一句に生死がかかった、まさに究極の二択を迫られている。



 ――私は一体どうすれば・・・。



 まだ整理がつかない脳内を必死に働かせ、言葉を紡ごうと考える。



「私は・・・」



 こんなところで死ぬわけにはいかない、というせいへの強い執着が片山の心に黒い渦を巻き起こし始めた、その時――。



「も、望月もちづきさん!」



 突然、慌てふためいた一人の男が二人のもとへ駆け込んでくる。



「名前で呼んでんじゃねえ! このバカが!」



 目にも止まらぬ速度で怒りの鉄拳が駆け込んできた男の顔面にめり込む。まるでバルーン人形のように宙を舞い、そのまま思いきり壁に叩きつけられる。


 コンマ数秒の出来事。


 あまりに突然のことで、片山は開いた口が塞がらなかった。



「ず、ずいまぜんっ!」



 殴られて吹っ飛ばされた男は鼻を押さえながらよろよろと立ち上がる。


 これまで伏せてきた名をあっさりバラされ、怒り心頭の望月は拳に付着した血を拭いながら舌打ちした。



「ったく。それで、何があった?」


「じ、実は、()()()()()が勝手な騒ぎを起こして大変なことに!」



 焦りながら大講堂の方を指し示す。



「チッ! また勝手なことを!」



 望月は苛立ちを露わにしながら大講堂へ足を進める。



「さっきの自爆したヤツといい、イカれたヤツしかいねえのか! あの無能どもは!」


「あいつら、()()()()()()を持ってるのをいいことに強気に出やがりまして・・・」


「おい!」


「は、はいっ!」



 突然振り返って視線を向けられた片山は思わず声が裏返る。



「お前にチャンスをやる」



 望月は冷徹な目で静かに言い放つ。



「その身代わりを殺せ。そしたら覚悟があると認めてやる」


「!? そ、そんな急に・・・」


「戻ってくるまでに殺せなかったらどうなるか・・・わかるな?」


「は、はい・・・ッ!」



 鬼のような形相の望月に睨まれ、思わず返事をしてしまった。


 望月たちが足早に大講堂へと消えていくのを見届けるしかできなかった片山は、その場で頭を抱える。



「ど、どうしよう・・・ああ、クソッ・・・!!」



 打開策が浮かばないことへの苛立ちが募り、髪を掻き毟る。そんなことをしても何も変わらないとわかっていながら。


 片山はチラッと身代わりとなる男を見やった。



「ゔぅん! んぎぃ! あ゙ぁぁ!!」


「!?」



 突然、絶対に出るはずのない声が男から漏れる。



「バ、バカな・・・まだ薬の効果は残ってるはず・・・」


「あ゙あ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!」


「ひぃ!!」



 火事場の馬鹿力で無声薬の効果は打ち破り、獣のような呻き声をあげる男の姿に恐怖を抱いた。


 片山を殺意の眼光で睨みつけ、血が出るのも構わずに手足の拘束を解こうと暴れだす。



「やばいやばい! どうすれば・・・っ!」



 不意に今朝の記憶が脳裏に過る。


 出勤する前、新秩父駅のコインロッカーからあるモノを取り出した。


 震える手でスーツのジャケットの中に手を入れる。



「こ、これで・・・」



 重く冷たい金属の塊をゆっくりと取り出す。


 鈍く光る黒色が片山の視界を支配する。


 いやに喉が渇き、ほんの僅かの唾を飲み込んで口の中の渇きを少しでも潤す。



「覚悟を・・・示す・・・」



 戦闘用の霊術を一切使えない片山のために用意された武器。


 セーフティーを外して引き金を引くだけの、初心者用のハンドガンが震える手に握られる。



「ハァハァ・・・!」



 息切れしてしまう程の激しい動悸が片山の心情を物語る。



「お゙・・・ま゙え゙・・・」


「ハァハァ! わ、私は・・・!」



 震えて上手くできず、何度目かでようやくセーフティーが外れる。


 ここまできたらもう後には引けない。


 肩で息をしながら、銃口を男に向ける。



「私は・・・私には! 果たすべき使命があるんだ!!」


「や゙め゙・・・ろ゙・・・っ!」



 引き金に手をかける。


 あらゆる情報が遮断され、聞こえるのは激しい心臓の音だけ。



「あ゙あ゙ぁぁぁあ゙あ゙あ゙!!!」



 直後、覚悟の雄叫びと同時に一発の銃声が静寂の廊下に轟いた――。

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