内通者
北島に死の雷土が迫る少し前。
中央棟二階にある大講堂には、監禁された生徒や教師たちの姿があった。
講堂の一階中央部分に密集する形で座らせられ、その周りを銃器を持ったテロリストたちが囲っている。
当然、等間隔に設置された座席を使わせてもらえる筈はなく、座席と前の座席の背もたれの間にある狭い空間に両膝を抱える形で窮屈そうに座っている。
一部の者以外は絶望の色を顔に浮かべ、いつ終わるかわからない恐怖に怯え続けているような状況に、まともな思考など誰もできていない。
いつか誰かが助けに来てくれるという、ほぼゼロに近い希望に縋りつくことでどうにか正気を保っている。
そんな状況の最中、固く閉ざされた重厚な扉の向こう側、大講堂の外では二人の男の陰が怪しく蠢いていた――。
「お前が例の内通者か?」
テログループのリーダーを名乗る男は鋭い眼光を目の前の男に向ける。
ガッシリとした体躯に、瞳の奥に深い闇を宿したような冷たい眼差し。
黒い覆面を被っているためはっきりと顔は見えないが、男はどこか葦田に似た雰囲気を放っている。
「は、はいっ! そうです!」
静寂と名乗るテログループを校内へ手引きした内通者の男は緊張の面持ちで問いかけに答える。
「念の為、コードネームと本名を聞かせてもらおうか」
「あっ、そ、そうでした! コードネームはイーグルで、名は片山裕大と申します!」
事前に連絡されていた通り、自身のコードネームと本名を噛まないように気をつけながら丁寧に述べる。
男は眼球に装着した『コンタクト型デバイス』を起動して、昨日送られてきたメッセージを見返す。
男にのみ見えるデバイスのディスプレイに片山の情報が表示され、返答の言葉と照合する。
「・・・本人みたいだな」
残念そうな声音を零して、再び片山に視線を向ける。
片山は一瞬、チラッとだけ見えた。
男の右手が背中に背負っている刀の柄に伸びかけていたのを。
――もし言い間違えたら斬り殺そうとしていたのか・・・!?
恐怖が体を襲った。
全身から冷や汗が噴き出し、身震いが止まらない。
目の前の男が放つ威圧感から、迷いなく斬るつもりだったのが伝わってくる。
裏を返せば、男はそれだけ用心しているということ。
「それで、お前の代わりに死んでくれるヤツはどこだ?」
油断や慢心を一切していない、鋭い目つきと低い声音で尋ねる。
「は、はいっ! あちらの部屋にいます」
片山が指差す先は大講堂の階に幾つかある控え室のうちの一つ。
男は無言でその部屋と歩き出す。
片山も慌てて後を追う。
「あの、本当に大丈夫でしょうか?」
「何がだ?」
「指示された通り背格好が近い男を用意しましたけど・・・」
「身バレが心配か?」
「正直言うと・・・」
「安心しろ。すでに手筈は整っている」
「・・・わかりました」
「それにしても、よく身代わりを用意できたな。何か弱みでも握ったのか?」
「い、いえ。頑張って信頼できる友人という間柄になりました」
「わざわざ仲良くなったのか?」
「その方が上手く騙せると思ったので」
「とんだ詐欺師だな」
男が覆面の下でニヤリと口角を上げて笑った気がした。
「い、いやぁ。それほどでも」
「別に褒めてねえよ」
「え・・・」
事件後、自身が内通者であると疑われずに学校から姿を消す。そのために身代わりに適した者を一人用意しろ。
そう指示を受けていた片山は同じ事務職員にいる一人の男に目をつけ、長い歳月をかけて関係を築いた。金に困っていた時には金銭を貸し、婚活で悩んでいた時には女を紹介するなど、あらゆる相談に乗り、少しずつ懐に入り込んだ。気づけば全幅の信頼を寄せてくれるまでの関係性に至り、完璧な身代わりを用意できた。
最初から騙すつもりだったとはいえ、長い時間を共にした人間をいざ騙す際にはそれなりの感情を抱いた。同時に、この男が死んだ後、本当に自分が死んだことになるのかという疑問も。
「ここか?」
男は『控え室』と書かれた扉の前で立ち止まり、片山に尋ねる。
「は、はい。そこにいます」
「・・・お前が開けろ」
「え?」
「念の為だ。さっさと開けろ」
殺気を放つ男の命令に従わないなど到底できず、急いで扉の前へ移動する。
「――ゔぅん! ゔぅーん!!」
片山が控え室の扉を開けると、そこには手足を縛られた四十代前半の男が必死に体を捻ってもがいていた。
テープで口を塞がれていないのに、男はくぐもった呻き声しか出せずにいる。
「おい」
凍てつくような声が後頭部を突き刺す。
「なぜ眠らせていない? 無声薬と一緒に睡眠薬も送ったはずだろ?」
片山の背筋に冷たいものが走る。
「も、もちろん飲ませました! ただ、効き目が弱かったみたいで・・・」
「俺たちのせいだと言いたいのか?」
「い、いえっ! 滅相もございません!!」
男が背負っている刀に目がいき、頭を下げて必死に謝罪する。
片山は生殺与奪の権利を男に握られていることを感じ取った。
その気になれば自分は一瞬で殺される、と。
――くそっ! 何でこの私がこんな扱いを・・・っ!
顔が青ざめるような恐怖の中に激しい憤りが混じる。
しかし、今ここで怒りを露わにするのは悪手でしかない。
片山はとにかく心を落ち着かせてこの場における最善手を考え、選択する。
「ま、まあ。結局は殺すのですから、意識の有無はそこまで気にしなくても・・・」
「・・・そういうことじゃねえんだよ」
「!?」
ボソッと殺意の混じった低い呟きに、片山は背筋が凍る。
「もも、申し訳ありません!!」
「チッ。こんな使えなさそうなヤツを何であの人は・・・」
片山にも聞こえるほどの舌打ちを鳴らし、ブツブツと不満の言葉を吐き出す。
明らかに年下の男に見下され、片山の怒りがどんどん込み上げてくる。
「あ、あの〜。私はこの後どうすればいいでしょうか?」
怒りを抑え込んで顔面に笑顔を貼り付け、できる限りの低姿勢で話しかける。
「気持ち悪い笑顔を向けるな。吐き気がする」
――我慢だ。我慢だぞ。片山裕大・・・!
心の中で深呼吸し、成し遂げると己に誓った目標を今一度思い出す。
自分を虐げてきた連中に復讐を果たす。そのために、あらゆることを犠牲にしてここまでやってきた。こんなところで全てを無駄にするわけにはいかない。
「し、失礼しました。以後、気をつけます」
冷めた視線を向けていた男は大きな溜め息を吐き、切り替えて今後の計画を話し始める。
「こいつは俺の仲間に殺らせる。他のヤツらと一緒にな」
「ほ、他のヤツら、ですか?」
「なんだ聞いてないのか?」
「ハッキングと進捗報告しか指示されていなかったので・・・」
潜入から今日に至るまで、片山から自由にコンタクトを取ることは許されなかった。より正確に言えば、連絡用のアドレスが毎回違うため、取りたくてもできなかった。
不定期で送られてくるメッセージに簡潔に返信、またはメッセージに記載されている特殊な通信番号にかけて質問に端的に返答するだけの日々。それ以外の話は一切聞いていない。
一度、興味本位で任務の詳細な目的について尋ねたが、すぐさま「次また余計な質問をしたら、お前とお前の家族全員を八つ裂きにして東京湾に捨てるぞ」と脅された。
だから、何も知らない。知らなくていいんだと自分に言い聞かせていた。
「この襲撃の目的は、差別や格差を容認している腐った霊力社会に俺たちの存在を知らしめることだ。そのために、反抗の意思が強そうなヤツを何人か見せしめとして殺す」
「!?」
「これはテロだ。誰かが死なないと意味ないだろ?」
さも当然のように、目の前の男は吐き捨てる。今までどれだけの人を殺めてきたのか、瞳の奥に宿る乾いた殺意に思わず身震いした。
片山は、この時はっきりと理解した。
このテロは想像しているよりも遥かに残虐で、自分はそんな組織の一員になろうとしているということを。
投稿期間がかなり空いてしまいすみません。
完成しているプロット部分までは書き上げる予定なので、気長に待ってもらえると嬉しいです。
今後も不定期ではありますが何卒よろしくお願いします。




