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絶望の雷神

 校舎に漂う、不穏な空気。



 ――確実に当たった・・・はずだが・・・。



 謎の違和感が北島の胸中に芽生える。


 雷撃による火傷や全力の一撃を放った影響で右腕のダメージは限界を超え、はっきりとはわからないが、何か別の感覚が右腕を襲っているような気がしてならない。


 ビリビリと()()()()()ような感覚に。



 ――ただの痙攣か・・・?



 ただ、違和感はそれだけではなかった。


 完璧に当たった一撃だったにもかかわらず、なぜか手応えをあまり感じない。


 絶対に防がれていないはずが、()()()されたような感覚があった――。



「・・・ふぅ」


「!?」



 右腕に意識を向けていた北島の鼓膜を、突然何かが揺らした。



「どうにか間に合ったな」


「葦田・・・っ!」


「今日が良い天気で助かった」



 窓の外の雷雨を、微笑みながら静かに見つめる。



「だが、まさかここまで追い込まれるとは。さすがに冷や汗をかいたぞ」


「霊淀りの効果はまだ切れてないはず・・・どうやってあの攻撃を防いだっ!」



 スーツの汚れを払っていた葦田は余裕綽々(しゃくしゃく)で嘲り笑う。



()()()()()()()()()わけにはいかないな」



 バカにされているのはわかっている。しかし、自分の心を支配したのは怒りとは別の感情。


 北島は何も言えず、言葉を失う。表情に陰りが見え始める。



「そんな顔をするな。まだまだ絶望はこれからだぞ」



 葦田の琥珀色の瞳が怪しく揺れる。



「せっかくだ。俺の()()を少し見せてやろう」



 その言葉を放った瞬間、空気の流れが変わる。


 これまでとは全く異なる、災害の前触れのような、異様な静けさ。


 北島の体が恐怖で震えだす。


 これから起こる絶望が頭を過る。



「まずはこの面倒な縛りからだな」



 霊淀りの効果でまだ上手く霊力を使えないはずが、葦田は莫大な霊力を身に纏いだした。


 そして、何事もなかったかのように、平然と北島の霊力による効果をかき消す。


 この時、北島は再び確信した。今まで考えまいと避けていた、最悪の確信を。



 ――こんなことができるのは・・・。



 脳裏に浮かぶ、ある日の記憶。


 北島が人生で初めて恐怖を抱いた、とある人物の姿が鮮明に思い出される。


 天地がひっくり返ろうとも絶対に勝てないと悟った、圧倒的な異才。


 気張っていた精神がボロボロに崩れ、これまで体に蓄積されたダメージが一気に襲う。



「くっ・・・!」



 体中に激痛が走り、堪らず片膝を地面に着ける。



「お前・・・まさか・・・」


「ようやく気づいたか?」



 シャツのボタンを外し、捲りながら楽しげに答える。



「やはりこうやって気づかれるのが一番気持ちいいな。これ以上ないくらい最高の優越感に浸れる」



 さらに霊力を体内から放出する。


 それに呼応したのか、右腕の刺青に禍々しいオーラが纏う。



 ――そんなバカな・・・こいつが、()()と同じ存在だというのか・・・っ!!



 信じたくはない。


 できることなら嘘であってほしいと、そう願わずにはいられなかった。


 北島の顔に絶望の色が塗られていく。



「お前が今どのような想像をしているか、手に取るようにわかるぞ」


「嘘だ。ありえない・・・」



 ――だって()()()()はこの世に僅かしかいない特別な・・・。



「残念だが、俺は神から選ばれて授かったんだ」



 それは地球上に生存している適合者の総数約二十億人のうち三十人といない、類稀なる才能を持った逸材。


 その力は核融合爆弾数発に匹敵する程とも言われ、徒党を組めば世界すら容易に滅亡できる、この世で最も危険な存在。


 国に一人いるだけで国家間のバランスが崩壊しかねない、そんな神のような力を持つ強者の中の強者。


 世間の人々が畏敬の念を込めて呼称している、その名は――。



覚醒者めざめしもの



 北島がポツリと零す。


 人類の最高到達点とも呼ばれる、神の化身たちの名称を。



「俺も少し前までは気づいていなかった。自分が有象無象どもとは違う、特別な存在であることをな」


「・・・」


「まだ疑っているのか?」



 大きく息を吸い込み、腹部に力を入れる。



「まあいい。これを見れば嫌でも信じるだろう」



 北島を地獄の底へと叩き落とすべく、葦田は自身が持つ()()()を解き放つ。



霊門れいもんかい



 その言葉を合図に、彼の体内に流れる霊力の動きが変わる。


 ゆったりとした流れから、激流のような溢れ出んばかりの勢い。


 さらに、北島の目では()()()()()から、霊力がどんどん沸き出てくる。



「これが、あの方の導きによって目覚めた、俺の力だ」



 体から放出される、莫大な霊力。その霊力が葦田の体を覆い、直視できない程の眩い光を放つ。


 目を閉じて光を遮りながらも、北島の体はしっかりと感じていた。


 全身の震えが止まらない、身の毛もよだつような恐ろしい力を。



「――雷装らいそう武甕槌タケミカヅチ



 空間が歪み、一瞬にして立っている場所が地獄の園に変わる。


 葦田は雷神のような姿へと変身を遂げ、生物の概念を超越した存在感を放つ。


 体躯は神々しい光を放ち、その周囲を雷が覆っている。時折バチバチッと青白い絢爛けんらんな雷が放電し、周囲の大気を震わす。


 背後には円状に並ぶ八つの太鼓が禍々しく光りながら宙に浮かんでいる。


 絶望すら生ぬるい、言葉では形容し難い葦田の存在はまさに神そのものだった。



「この力を見せたのはあの方を除いてお前が初めてだ。あの世で大いに誇るがいい」



 どんな小細工をしようと、目の前の相手には傷一つ付けられない。


 それこそ軍事兵器や最上級霊術でも使わない限り。


 完全なる敗北を、訪れる死を、北島は悟った。


 もし唯一対抗できるとすれば、おそらくそれは・・・。



 ――同じ覚醒者である『八色の師』の者たちくらいか。



 それ以外は絶対に敵わない。そもそも相手にすらならないだろう。


 圧倒的強者である葦田との実力差は歴然。


 それは本人が一番よくわかっている。



 ――だが、それでも・・・。



 絶体絶命のような状況で、しかし北島は真っ直ぐに葦田を見据える。


 目の奥にある光はまだ消えていない。


 恐怖や痛みで今にも挫けそうな心と体に鞭を打ち、残る力を振り絞って立ち上がる。



「たとえ、お前が覚醒者だろうと、私が諦めていい理由にはならん・・・校長から託された物を、この学校を、命に代えても絶対に守り抜くっ! それが、霊術師である私の務めだ!!」



 激痛に耐えながら、精一杯の声を張り上げる。


 押したら簡単に倒れそうなくらいボロボロの状態だろうと、北島は強い信念と不屈の魂で葦田に立ち向かう。


 それはまるで命を賭して人々のために戦う戦士さながら。



「この状況で大した精神だ。やはり勝負はこうでないとつまらん」



 揺るぎない北島の覚悟に、葦田も全力で応える。



「俺の敵と認めて、最上の一撃を放とう」



 楽しげな笑みを浮かべ、一気に霊力を高めていく。



「さあ、凌いでみろ。お前の底力を見せてくれ」


「ッ!!」



 校舎全体が地鳴りのように震えて怯えだす。



『何があっても、絶対に命だけは捨てちゃいけないよ』



 今朝、校長から告げられた言葉がふと思い出される。


 勝てないと思ったら逃げたって構わない。一つしかない自分の命を最優先に考えなさい。


 そんな意図が込められた校長の言葉に、北島は心の中で謝罪した。



 ――すみません、校長。どうしても私はこの男から逃げたくありません。



 たとえこの場で命が尽きることになったとしても。



「行くぞ」



 葦田の右手が北島へと差し向けられる。


 膨大な霊力が掌に集束し、限界まで凝縮されていく。


 校舎に訪れる、不気味な静寂。


 霊力もほとんど残っておらず、為す術のない北島は恐怖で足がすくむ。


 今すぐにでも逃げ出したい気持ちが芽生えようと、もう一歩も動くことすらできない。


 恐怖と痛みが身体を雁字搦めに縛る。


 絶体絶命の窮地。


 そして、葦田の静かな声音が廊下に響く。



「――極霊術ごくれいじゅつ大雷土おおいかづち



 背後にある太鼓の一つがドンッと叩かれ、掌から凝縮していた霊力が爆発するかの如く一気に放たれる。



「ぐっ・・・!」



 北島は瞬時に察した。これまでとは桁違いな威力の霊術であることを。


 廊下を埋め尽くす程の巨大な雷土がしんと張り詰めていた空気を破壊しながら、超絶的なスピードで迫る。



 ――くそっ! 避けられない・・・っ!!



 耳をつんざく轟音が校舎に鳴り響く。


 北島の瞳に映る、死の雷光。


 もう葦田の姿は見えず、睨むことすら叶わない。


 そんな状況を絶望の雷神と化した葦田道真は微笑みながら眺めていた。


 神が無力な人間を見下すかのように――。

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