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不撓不屈

 維人を乗せた暴走タクシーが山道を爆走している頃――。



「ハァハァ・・・ッ!」



 北島は葦田の猛攻を何とか凌いでいた。


 身に纏う戦闘服は所々()()()()、素肌が見えている。



 ――なんて威力だ・・・。



 そう簡単には破れたりしない、高い耐久性を誇る戦闘服でも耐えられない程の高威力。


 それは北島の想像を遥かに超えていた。


 肩で息をしながら、葦田を睨むように見据える。



「まさか俺の霊術を防ぎ続けるとはな。さすが霊術師といったところか」



 汚れ一つ付いていないグレーのスーツ。葦田はポケットに左手を突っ込んだまま、北島に感心を示す。



「最初の攻撃もそうだが・・・まるで俺の動きが視えているかのようだな」



 獲物を狙う獣のように、琥珀色の瞳が北島を射抜く。



「ハァ・・・ハァ・・・視えてたらどうだと言うんだ」


「よければどんな霊術なのか教えてくれないか? 俺の知的好奇心を擽る、その霊術を」



 薄っすらと笑みを浮かべながら、余裕綽々とした態度で北島に問う。


 明らかに敵を見るような目ではない。


 お前では相手にならないとでも言いたげな、他人を完全に見下した目つき。



 ――どこまでもふざけた奴だ・・・!



 これまでの攻撃は、初手の不意打ち含めて溜めていた霊力でどうにか凌いだ。


 それは葦田の体内に流れる霊力の僅かな動きを見極めて攻撃に備えていたからできたことだが、そんなことをわざわざ本人に言う義理はない。



「自分の手の内を敵に教えるわけないだろ」



 体温が上昇して発汗が止まらない中、あくまで冷静沈着に返す。


 今すぐにでも葦田をぶっ飛ばしたいが、攻撃を防ぐのに霊力を使い続けてもうあまり残っていない。


 ここで怒りに任せて突進しても、状況はただ悪化するだけ。


 それでは意味がない。


 北島は自分が今何をすべきか、感情に囚われず、冷静に考える。



 ――どうにか隙を見つけられれば・・・。



 もし葦田が自分の霊術を知らないのであれば、チャンスは必ずある。


 額から流れる汗を腕で拭う。



「・・・まあ、そうか」


「!!」



 無感情な声が豪雨と雷鳴轟く校舎に響き渡る。


 刹那、信じられない速さで葦田の右手に霊力が集まりだす。緻密な霊力コントロールなど一切せず、無造作に只々霊力を集束させる。



「では()として、さっさと目的のものを奪おう」



 次の瞬間、収束された霊力が青白い光を放つ。光の熱は周囲の空気を急激に膨張させていき、火花を散らす。



「――雷轟らいごうつい



 放たれた稲妻が轟音を鳴らしながら空気を裂いて迫る。


 北島は全身の感覚を研ぎ澄ませ、脳の処理速度を限界まで高めていく。



「――かいっ!!」



 紙一重で稲妻を躱しながら、霊力を込めた右手を当てる。


 直後、稲妻が勢いをなくして霧散する。



「ハァハァ・・・」



 相手の霊力による術式(霊術)を自身の霊力を当てて解く。北島家が代々受け継ぐ、『術式解除』霊術。



 ――ようやく慣れてきた。



 序盤はまだ葦田の動きに慣れず、何度か掠ってダメージを受けてしまったが、徐々に攻撃パターンがわかってきた。


 痛みと疲労がかなり蓄積されているが、問題はない。


 反撃の兆しを逃さないよう、葦田の一挙一動を追う。



「またか・・・やはり厄介な霊術だな」


「言っただろ。ここでお前を拘束すると!」


「・・・仕方ない」



 葦田は徐に目を閉じる。



「!?」



 北島は感じた。というより、視えた。


 葦田の体内に流れる霊力が爆発的に増大したのを。



 ――何だあの異常な霊力は・・・!?



 常人では考えられないような霊力量が葦田の中で暴れ回り、その一部は制御が効かずに溢れ出ている。


 溢れ出た霊力は周囲の空気を押し退け、恐怖の圧と化して体を震わせた。



「少し出力を上げよう」



 言葉を発すると同時、一気に霊力を右手に集束させていく。


 唸りを上げる青白い光。


 光はけたたましい放電音を鳴らして、雷へと形を変える。



「雷轟・鎚」



 再び放たれる稲妻。


 しかし、先程までのとは違う。


 大きさも空気を裂く速さも、これまでとは段違い。


 とても同じ霊術とは思えない凄まじい威力の稲妻。



「ッ!?」



 北島の右腕に走る、焼けるような激痛。


 見切って躱した筈が、迸る稲妻はそれをさらに上回り、解を発動する間もなかった。



「化け物が・・・っ!」



 戦闘服が焼け焦げ、火傷を負った右腕を抑えて葦田を睨む。


 痛々しい赤くなった肌がそのダメージを物語っている。



「そんな褒めるな」



 余裕の笑みを浮かべて、



「もっと甚振りたくなるだろ」



 言いながら攻撃動作に入る。



「次は()()で行くぞ」



 遊びはここまでと言うように、一気に北島を仕留めにかかる。


 放電を開始する右手。



「ちっ!!」



 これ以上、あの雷撃を食らうわけにはいかない。


 仮に解で防いだとしても、相当な霊力を持っていかれる。



 ――もう少し見極めたかったが、やむを得ん!



 ここで仕掛けなければ、負けはほぼ確実。


 北島は覚悟を決めて突進する。



「血迷ったか」



 無謀のような行動に、葦田は興醒めした。


 残念そうな表情をしながら、容赦なく稲妻を放つ。



「――強化!」



 迫り来る稲妻に合わせて、北島は勢いよく床を蹴り上げて横方向に飛ぶ。


 霊力によって強化された脚力は凄まじく、瞬く間に廊下の壁に到達。


 北島の横を稲妻が轟音を上げながら通り過ぎる。



「ほう。では次はどうする?」



 右手を北島に向ける。


 刹那に放たれる稲妻。しかし、北島は一切動じず、じっくりと構える。


 稲妻が当たる瞬間、北島は勢いよく壁を蹴って向かいの壁に一瞬で移動した。



「なるほど。そう来たか。だが・・・」



 北島の作戦を理解した葦田はすぐさま次の稲妻を放つ。



「これはどう避ける?」



 北島が先程と同様に向かいの壁に移動するのを予測して、その方向へ続けざまに稲妻を放つ。



「どれだけ速く動こうと、移動するポイントがわかれば無意・・・!?」



 視線の先に北島の姿はない。


 誰もいない場所へ稲妻が一直線に向かっていく。



「やはりな! お前ならそうすると思っていた!」



 読み通り、葦田は一手先へ雷撃を仕掛けた。


 その油断と慢心を利用して、北島は壁を蹴って一直線に葦田のもとへ飛び込む。


 背後に鳴り響く、稲妻がガラスを割れて飛び散る激しい音。



「この時を待っていた!!」


「!!」



 突如、眼前に現れる北島の姿。



「雷轟・て――」



 一瞬思考が停止した葦田は慌てて霊術を放とうと構える。


 だが、生まれた一瞬の隙を、北島が逃しはしない。



「もう遅い!!」



 葦田よりも早く、北島は飛び込む直前に準備していた霊術をぶつける。



「霊封・魄戒!!」



 葦田の背後に浮かび上がっていた青白い光が虚空へ消え去る。


 さらに、霊力で防御しようとしていた葦田は異変に気づく。



「霊力が・・・」



 体内の霊力が空っぽになったような感覚。


 防御霊術を発動しようとしていた葦田は為す術なく、無防備な体勢になる。



「私の勝ちだっ!!」



 北島の怒りと霊力を纏った渾身の一撃が、ついに葦田を捉える。



「ぐっ・・・!」



 みぞおちに炸裂した強烈なストレート。


 霊力を封じられた葦田は数メートル後方へ吹き飛ばされる。



「私を、霊術師をナメるな!!」



 北島が見事成功させた、狭い廊下の地形を生かして接近する作戦。


 的を絞らせないよう高速で移動し続けなければならないこの作戦は、誰もができるわけものではなかった。


 相手の動きを見極め、稲妻が到達する時間も計算した上で一瞬の間に移動するのは、実際かなりのテクニックを必要とする。


 おそらく霊術師の中でもトップ層の者たちにしか成し得ない、卓越した霊力の出力とコントロール。


 才能だけではなく、相当な実戦経験を積んだからこそ実現できた作戦だった。


 たとえ相手が希少な雷系統霊術を使う猛者だとしても、圧倒的な技量を持つ北島凛子の前では関係ない。



 ――ようやくあいつを・・・私の手で殴り飛ばせたっ!



 殴った方の拳を強く握りしめる。


 完全に形勢は逆転。


 不撓不屈の精神がついに状況を打破した瞬間だった。



「お前の目的は果たさせないっ! 覚悟しろ! 葦田道真!!」



 北島の雄叫びが廊下に響き渡る。


 俯いていた葦田は北島の宣言に不気味な笑みを浮かべた。


 稲光が二人の顔を照らす。


 曇天に覆われた空は変わらず豪雨と雷を降らし続けている。



 激しい攻防を繰り広げていた校舎に訪れる静寂。


 緊迫した二人の戦いは第二ラウンドへ突入する――。

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