断固たる覚悟②
第三の爆発から数分後――。
霊術秩父高校。北棟三階。保管室。
北島は手順通りに保管室内を操作して無事に金庫を発見した。見るからに頑丈かつ重厚感のある手触りで、大きさは片手でも持てるくらいのコンパクトサイズ。
辿り着くまでにロックを幾つも解除したことから、金庫の中身が相当重要なものだと察する。これだけ厳重に隠されれば、今まで知らなかったことにも納得がいった。
丁重に金庫を持ち上げ、鍵と一緒に自身の亜空間に入れる。
これで無事に校長からの任務は完了。
急いで先程起きた第三の爆発現場に向かうため、周囲の気配を探りながら保管室を後にする。
――保管室からはよく見えなかったが、おそらく爆発は資材庫の近く。
現場の確認と爆発の処理に向かった教師たちからの報告は一切ない。
現場に駆けつけてから、まもなく二十分が経とうとしている。
――そろそろ状況報告しに戻って来る時間のはずだが・・・。
しかし、今のところその気配は一つも感じられない。
頬を一筋の冷や汗が伝う。
何事もないことを願いながら、急ぎ北棟の一階を目指す。
階段に差しかかったところで、北島は何者かの気配を察知した。
足を止め、相手の動きを探る。
音は階段の下から聞こえ、少しずつ、確実にこちらへ近づいていた。
――どうする? 隠れてやり過ごすか?
そんな考えが過った瞬間、すぐにその選択は捨てた。
「!?」
思わず、北島はその場から離れる。
――何だ・・・この異常な霊力は・・・っ。
明らかに只者ではない。圧倒的な強者のオーラ。
確実に相手のリーダー格。いや、それ以上かもしれない。
――こちらに向かっているということは・・・。
目的はさっきしまったもので間違いないだろう。
拳を強く握りしめる。じっとりと手の平が汗で湿っていく。
カツンカツンと革靴の音を響かせながら、ゆっくりと一段ずつ階段を上ってくる。
迫り来る膨大な霊力の圧に、緊張で強張る体。
恐怖の糸が体に纏わりつくのを感じながら、大きくなる足音に全神経を注ぐ。
そして、ついに来訪者の姿が目の前に現れる――。
「!? お前は・・・っ!」
クールな表情から一転、北島は顔色を変えてわかりやすく動揺を見せた。
心拍数は一二〇を優に超え、さらにどんどん早くなる。
外は豪雨と雷の荒れた天気で、まさに北島の心情を表していた。
「やはり先手を取られていたか」
琥珀色の瞳に、スーツの隙間から覗く右腕の麒麟の刺青。
風貌からも威圧感を放つ男は、左手をスーツのポケットに突っ込みながら面倒くさそうに呟いた。
――どうしてこいつが・・・っ!
北島の脳裏に蘇る、ある過去の記憶――。
恐怖とは別の強い感情が沸々と湧き上がる。
「とりあえず、あいつを幹部にする話は無しだな」
悠長に独り言を話す男をキッと睨みつけ、昂ぶる気持ちのままに声を荒げて叫んだ。
「今までどこに隠れていた!!」
「・・・俺と以前どこかで会ったか?」
男は冷めた表情で、淡々と言葉を吐く。
まるで北島を敵とも思っていないかのような冷静沈着さ。
そんな男の態度に、北島の熱は益々高まる。
「ふざけるな!! お前を知らない人間がいるはずないだろっ!!」
男は相当な危険人物。それもそこらへんの凶悪犯とは理由が違う。
人々を恐怖のどん底に突き落とすような事件を幾つも起こしただけでなく、その犯行内容の残虐さから【最凶最悪】の異名をつけられた男。
そして、その中には北島の大切な人を巻き込んだ残酷な事件も・・・。
「葦田っ!! ・・・お前だけはっ!!!」
拳をさらに強く握りしめる。爪が手の平に食い込んで血が出るくらい強く。
「・・・」
葦田は何も言わず、黙って北島を見る。仰け反る程の霊力を放ちながら。
しかし、北島も一歩も引かない。
「北島家の正統な権限をもって、お前を拘束するっ!!」
体内で霊力を練り上げ、溜めていく。
――あの事件の無念を、今ここでっ!!
先手必勝と霊術を発動しようとしたその時、突然視界が明るくなる。
「!?」
刹那、一筋の閃光が北島を襲った。
周囲に雷鳴を轟かせながら――。
* * *
一方、遠く離れた場所では、維人とアギーを乗せた無人タクシーが街中を爆走していた――。
「ちょっ! アギー!! もっと安全運転でっ!!!」
アギーと一緒に無人タクシーに乗り、秩父への最短ルートを右に左に揺れながら爆走していた。
「こんなスピード出して本当に大丈夫!? メーター振り切っちゃってるけどっ!?」
「知りませぬ! 維人殿が一秒でも早く着きたいと申したから無理やりリミッター解除したのですぞ!!」
「ここまで速度出るとは思わないじゃん! ってうわ!! アギー前見て、前!!!」
目の前に迫る巨大な影。
維人たちを乗せた無人タクシーは時速二〇〇キロ以上のスピードで大型トラックと衝突しかけていた。
「維人殿! しっかり捕まっててくだされ!!」
アギーは瞬時に手動運転に切り替え、パネル操作で思い切り右に曲がる。
「うわっ!!」
体が大きく右に傾き、アギーにぶつかる。
アギーも右側のドアに体をぶつけ、さらにそこに維人の体で挟まれてしまう。
ドアと維人にプレスされ、体を棒状のように細くさせながらも運転を続ける。
巧みなドライビングテクニックで次々と前を走る車を躱していく。
――やばい・・・気持ち悪くなってきた・・・。
もの凄い勢いで体を左右に揺すられ、維人の三半規管にかなりのダメージが入る。
車酔いで意識が朧げになる最中、少し前の記憶が脳内再生された。
それは自宅玄関で維人がアギーを説得していた時――。
断固たる覚悟をぶつけられたアギーの心はかなり揺れていた。
ここまで覚悟を決めた男の気持ちを無視するのは武士の名折れではないかという思いさえ抱き始める。
もし維人が救世主になれば、一気に風向きは変わる。
――助けに行かせたい。
しかし、それは自身の役割と矛盾している。
そもそも、そんな気持ちを抱くプログラムは組み込まれていない――はず。
悩めるアギーに対して、維人はダメ押しをかける。
「霊術師になるのに一番必要なものがなにか、アギーは知ってる?」
「・・・実力、ですか?」
維人はゆっくりとかぶりを振る。
「昔、父さんに言われたんだ。一番必要なのは純粋に人を助ける気持ちだって」
「純粋に人を助ける・・・」
「最初言われた時はなんだそれって思った。俺も実力が一番だと思ってたから」
アギーは口を挟まず、黙って耳を傾ける。
「でも昨日吉良と戦った後、ふと思ったんだ。どうして自分は止めに行ったのかって」
「・・・」
「あんな死にそうな思いしてまで誰かを助ける必要なんてあったのかなって。大半は俺のことバカにしてる人たちだったし」
いくら気にしないようにしている維人と言えど、周囲からの目にはある程度の思いを抱いている。
アギーもその思いに深く同意した。
見下され、嘲笑されて嬉しい人間がいるはずない。
「それでも、体は勝手に動いてた。必死で吉良を止めに走ってた」
「維人殿・・・」
「たぶんさ。父さんが言いたかったのは、誰が偉いから守るとか、いくら貰ってるから助けるとか、そういうことじゃなくて。困っている人を見つけたらただ手を差し伸べて助ける。危険な目に遭ってる人をただ守って救う。それが霊術師なんだって」
維人なりに考え、辿り着いた霊術師の在り方。
それが正しいのかどうかはわからない。
でも、きっと間違いではない気がする。
そんな気がした。
「俺は霊術師になる。どんなことがあろうと絶対に。だから、そのために、今困っている人たちを助けに行く」
「・・・それは、維人殿をバカにしてた人たちもですか?」
「当然!」
一瞬の迷いもなく、そう返した。
「だって俺は――」
嘘偽りのない、澄んだ瞳で、無邪気にアギーへ告げる。
「誰も見捨てない、みんなの英雄みたいな霊術師になるんだから!!」
その言葉を聞いて、もうアギーに止める術も気持ちも、何もなかった。
ただ維人を信じる。それだけだった。
「だから、アギーと殴り合いしてでも俺は行くよ!」
そう言ってファイトポーズを取る。
――拙者が維人殿と殴り合って勝てるわけないじゃないですか。
口元に微笑みを浮かべて、アギーは小さく独り言ちる。
「なんだよ・・・言っとくけど、俺は本気だからね!」
「わかっております。もう維人殿に何を言っても無駄だなと思って笑ってしまったのですよ」
やれやれと大袈裟に頭を横に振る。
「まったく。維人殿は頑固ですな!」
そう言いながらも、表情はどこか楽しげだった。
「仕方ないだろ。一回決めたことは絶対に曲げたくないんだよ」
「ええ、わかっております。ご家族全員から何度も聞いていたので」
「・・・そっか」
維人は頬を掻きながら恥ずかしそうにそっぽを向く。
さっきまでの緊張ムードはどこかへ消え去り、いつもの穏やかな雰囲気に戻る。
「それで、どう向かうおつもりですか?」
立ち上がっているアギーは両前足を腰に置いて、どうするんだと尋ねてくる。
「それは・・・・・・どうしよう?」
まさかの無計画にアギーはズッコケて倒れてしまう。
「何も考えていなかったのですか!? 」
「助けに行くことしか考えてなくて・・・」
申し訳なさそうに照れ笑いを浮かべる。
――せっかく背中を押して送り出そうとしたのに・・・。
アギーの心にまた迷いが生じる。
「・・・仕方ありませぬな」
幾秒の逡巡の後、心を決めた。
本来は絶対にしてはいけない選択だが、このまま維人一人で助けに向かわせるのはあまりに不安すぎる。
「拙者も覚悟を決めましたぞ!」
「・・・?」
何のことかさっぱりわからず、維人の頭に疑問符が浮かぶ。
後日怒られることを覚悟して、アギーは高らかに宣言する。
「拙者が維人殿を学校へ連れていきます! さあ参りますぞ!!」
呆気に取られる維人の手を引っ張り、玄関を飛び出す。
こうして、維人とアギーのバディが誕生したのだった。
時は戻り、維人たちを乗せた無人タクシーは変わらず猛スピードで道路を走り続けていた――。
吐き気が最高潮に達して限界の維人は、今一度アギーに尋ねる。
「あと、どれくらいで着く?」
「おそらくまだ二十分以上はかかります!」
「それは・・・うっぷ・・・耐えられないかも・・・」
当初、高速ライナーで向かおうとしていた二人だったが、警察はテロの可能性も鑑みて学校周辺を危険地域と定め、住民に避難指示を発令した。その影響で秩父行きの公共交通機関は全線運転ストップ。
そうなると、残る手段は一つだけ。
すぐさま無人タクシーを呼んだアギーは、タクシーが着くなり乗り込んで何やら色々と操作を始めた。
その様子を見て、維人はひどく嫌な予感がしたが、
――なるがままだ!!
と覚悟を決めてタクシーに乗り込む。
結局、維人の嫌な予感は当たり、嘔吐まで秒読みの状態に陥ることとなった。
「もうなんでもいいから、早く着いてくれ・・・」
これ以上は我慢できず、心の底から出た言葉。
しかしこれがいけなかった。
「今なんと申しました?」
聞き直すアギーにもう一度同じ言葉で答える。
「だから、なんでもいいから早く着いてくれって」
「なるほど。承知いたしましたぞ!」
さらにギアを上げ、加速する。
何事かと思ったのも束の間、突然車体が縦に大きく揺れ動く。
そのまま、ガタンッガコンッと縦揺れを続けるタクシー。
気持ち悪さで目を瞑っていた維人は、堪らず目を開けて確認する。
視界に入る道なき道と立ち並ぶ木々たち。
完全に山道を走っていた。
「なんで・・・こんな道を・・・?」
「維人殿がとにかく早く着きたいと申されたので、最も早く着くルートを選びました! 拙者のナビでは、この山道を突っ切れば一気に学校の裏手に出るとのこと! ささ、かなり揺れますのでしっかり捕まってくだされ!!」
「・・・うっぷ」
もうツッコむ気力もない。
維人は脳みそが縦に揺れるのを感じながら、その身を座席に沈める。
――九谷津、みんな、今助けに行くぞ・・・。
無人タクシーは険しい山道を突っ走っていく。
とても頼りないグロッキー状態の英雄を乗せて――。




