断固たる覚悟①
時は少し遡り、第二の爆発が起こった頃――。
維人はモニターの前で茫然自失になっていた。
現実が受け入れられず、言葉も発さずに黒煙が立ち上る校舎の映像を只々見つめるだけ。
そんな維人の後ろ姿に、アギーは心配で堪らず声をかける。
「とりあえず、こちらに座りませぬか?」
自身が座っているリビングのソファーへ維人を誘う。
しかし、維人はモニターの前から一歩も動かない。
無言のまま、とにかくモニターを見続ける。
こんな維人を見たのは初めてで、どうすればいいのかと困り果てる。
気休め程度の言葉では変わらないだろうし、かといってこの状態を放置するわけにもいかない。
そもそも、維人は今どんな気持ちで、何を考えているのか。
アギーにはそれすら推察できなかった。
「――只今最新の情報が入りました!」
二人の沈黙を破る、女性アナウンサーの声。
モニターに映る女性アナは素早く情報に目を通し、張りのある声で一言一句淀みなく情報を伝えていく。
「周辺の目撃情報から、武装した謎の集団が学校へ入っていったとのことです。人数は不明ですが、手には銃器のようなものを持ち、ガスマスクのようなもので顔を覆っていたとの証言もあります。まだ犯行声明などはありませんが、埼玉地区警察は何らかの組織による襲撃テロと見ており、早急に警察庁へ応援を要請するとのことです。またこれが霊力によるテロ行為の場合、霊管協は華龍を出動させるとの意向を明らかにしました。引き続き情報が入り次第お伝えいたします――」
アギーの顔に焦りの色が浮かぶ。
――まさかここまでの事態になるとは・・・。
それはアギーだけでなく、ニュースを見た誰しもが思ったことだった。
近年、日本の犯罪情勢は急激な増加傾向にあり、治安が悪くなったと言われている。
主な事件は適合者からの差別による非適合者の暴動と、適合者間での格差による暴動だが、特に適合者による事件は霊力が絡むため、被害の規模がかなり大きい。実際に人が亡くなっているケースも多々ある。
二〇三〇年頃から生まれた『霊力社会の発展による実力主義や差別主義の風潮』が原因の一つではあるが、それは歴史を振り返ればよくあること。
四〇〇年前に起きた産業革命。
二〇〇年前に起きた情報革命。
そして、二十二世紀初頭に起こった霊力革命。
時代の転換点において、差別や格差はより広がってしまうもの。
歴史は何度も繰り返される。
しかし、今回のケースは別だった。
――やはり記録はありませんな。
アギーは検索機能で二十二世紀以降に起きた日本でのテロ事件について調べた。
確かに日本の治安は昔と比べて悪化したが、国内のテロ事件に関しては一度もない。
犯行声明で思想を掲げて行動を起こそうとすれば、警察の霊力対策課や霊術師の精鋭部隊・華龍によって即座に制圧される。これは怪しい動きがあった時点で情報が入るようなプログラムを各地に設置しているためであり、その効果は絶大。
その場で突発的に起こる事件や、諍いによる争いまでは防げないが、テロのような『人々に甚大な被害をもたらす』事件は全て未然に防いでいる。
だからこそ、人々は思っていた。
『日本という国でテロが起きることはないだろう』と。
――あの不審なアクセス履歴をきちんと報告していれば・・・っ!
上に報告せず、何かの不具合だろうと見過ごしたことを深く後悔する。
「・・・アギー」
自責の念に駆られ、俯き落ち込んでいたアギーに声がかかる。
そこには、断固たる覚悟を決めた顔をした維人の姿があった――。
* * *
一方その頃、霊術大学東京キャンパスの大会議室では、夏に行われる一大イベント『霊術高校大祭』の会議が行われていた――。
東日本にある六つの霊術高校から集まった各面々が、コの字型テーブルの周りに並べられた椅子に腰かけている。
「校長。今すぐに学校へ戻りましょう」
何度も北島へアプローチをかけては断られている坂東は、いつもの軟派な雰囲気とは違う真面目な顔つきで校長の永田に懇願していた。
「そうしたいのは山々なんだけどさ」
チラッと前方へ視線を送る。坂東もそれに倣う。
各校の校長と教師たちから向けられる、突き刺さるような鋭い目つき。
目を合わせないようすぐに逸らして、再び小声で坂東に話す。
「この状況で帰れると思う?」
「先程の映像ご覧になられましたよね? 一刻も早く学校へ向かうべきです! もし本当にテロだったら・・・!」
坂東は思わず大きな声をあげる。
『テロ』という言葉に、周囲が一瞬ざわつく。
「まだテロと決まったわけじゃないから。一旦落ち着いて。生徒たちも見てるしさ」
すぐ隣りに座る秩父校の生徒会メンバー。
誰もが不安げな表情で永田と坂東の顔を交互に見ている。
学内トップレベルの強さを誇る者たちとはいえ、全員まだ高校生。未曾有の危機に困惑してしまうのは当然の反応だった。
「・・・失礼しました。取り乱してつい無礼な態度を」
「いやいや。きみの言ってることは何も間違ってないよ」
そんな二人のやり取りを見ていた札幌校の校長が痺れを切らして問い詰める。
「それで、学校と連絡はついたのか? 生徒の安全は? 敵の人数の把握は? ええ? どうなんだ!」
秩父校の面々に対して、問題点を捲し立てる。
それに同意するような声が各校からもあがる。
「皆さん、ちょっと落ち着いてください。今情報を集めているところなので」
「もう爆発から十分以上経っているんだぞ! 何も連絡がないわけないだろう!!」
怒声で圧をかけ、状況の深刻さを伝える。
「ついさっき第二の爆発も起きた! これ以上事態が悪化すれば、そっちの問題だけでは済まなくなることくらいわかっているだろうな!!」
尤もな意見だった。
霊術高校始まって以来、最大の事件であり、場合によっては『霊術界の地盤を崩しかねないような大問題』に発展してしまう。
それは同時に『霊力社会への反発をより強めてしまう』ことにもなる。
「!! たった今情報が!」
突然、デバイスで情報を集めていた一人の教師が大声を張りあげた。
「何の情報だ!」
「・・・再び、敷地内にて爆発あり・・・だ、第三の爆発です!」
「場所は!?」
永田は身を乗り出して鬼気迫る表情で尋ねる。
「も、申し訳ありません。まだそこまでの情報は・・・」
「そうか・・・」
「ただ、映像を見る限りでは第一の爆発と同じか、近い場所だと思われます」
「ということは・・・」
「資材庫付近の可能性が高いですね」
永田の思考を代弁するかのように、坂東が答える。
――最初の爆発とほぼ同じ場所で第三の爆発が・・・。
永田の脳裏に嫌な想像が浮かぶ。
このような状況になれば、もう未来の不安を考えてる暇はない。
とにかく目先の心配、特に生徒たちの安全を何よりも優先すべきだ。
「今はまず校舎内の状況がどうなっているかです」
トン、とテーブルを一回叩く。
冷静に、淡々と、その場を落ち着かせるような声音で話す。
永田の言葉に、各校の者たちの怒りが一瞬で静まる。
――やはり何度見ても術式の発動に無駄がない・・・美しい。
一瞬で周囲の感情を自身の望む感情に変える永田の霊術に、坂東は改めて尊敬の念を抱いた。
他人の精神干渉する霊術、所謂『精神干渉霊術』において、永田は国内屈指の使い手。
使う術式は違えど、同じく他人に干渉する霊術を得意とする北島も、心の中では永田を尊敬している。
「セキュリティシステムはどうなっている?」
永田はゆっくりとかぶりを振る。
「確認したところ、敷地内の電波は遮断され、システムも完全にダウンしているみたいです」
「そんなことが・・・これでは毎年最新鋭のシステムを導入している意味がないではないか!」
「おそらく、相手側に相当な手練がいるのでしょう。それも電子に干渉できる霊術を高位に扱えるような」
「あの鉄壁のセキュリティシステムを破れるような邪術師がいるとは思えないが・・・」
「まだ可能性の段階ですが、校内に内通者がいたのだと思います」
周囲が再びざわつき、感情の温度が急激に高まっていく。
「校長っ! いいんですか?」
内密にしておいた情報を簡単に話してしまう永田に、坂東は思わず動揺の色を見せる。
「どうせ事件後にはバレることだよ」
「そうかもしれませんが・・・」
なりふり構っていられないため、知っている情報は全て開示する。
永田の表情からは、それくらいの覚悟が窺えた。
「まだ不明なので詳細は伏せますが、ここ最近不審なアクセス履歴が何度かありました」
「なぜ気づいた時に対応しなかった?」
「確認する暇もないスピードで履歴が完全に消えてしまうのと、毎回違う国のIPアドレスを複雑に経由して入ってくるので尻尾をなかなか掴めず・・・」
「怪しい人物もいなかったのか?」
「それも全く・・・申し訳ない」
「となると、本当に邪術師の可能性が出てきたな」
「どうしたものか・・・」
完全に手詰まりの状態。
全員が声を発さなくなり、いよいよ沈黙が始まろうかというところで、名古屋校の校長が思い出したように声をあげる。
「そういえば、十華族はどうした? 関東は確か・・・」
「関東地域の管轄は一色家です」
後ろに立つ教師の補足の言葉に、秩父校の者たちがピクリと反応する。
「おお、そうだ! ということは・・・」
全員の視線が秩父校の席に座る一人の女子に集中する。
「君は一色家のご息女だったよね?」
「・・・はい」
目鼻立ちがはっきりした端正な顔立ちに、耳元で揺れるショートボブが凛とした雰囲気を醸し出している美しい女子が覇気のない声で答える。
「もうすでに誰か現場へ向かっているかな?」
「いえ、向かっていません・・・」
「・・・向かっていない? どういうことだね?」
ピリッと周囲に緊張が漂う。
それ以上険悪な雰囲気にならないよう永田がコントールしてくれているおかげで、一色は届いたメッセージの内容を冷静に話せる。
「実は、最初の爆発が起こる少し前、大宮・浦和間で突然均社連の大規模デモが起きたらしく、まだしばらくは現場から離れられないと・・・」
「均社連だと!? なぜこのようなタイミングで・・・!」
均等社会連合、通称・均社連。
主に非適合者で構成された反霊力社会派の集団で、基本的には非適合者への差別をなくし、適合者と平等に扱う社会の実現を主義主張として掲げている。
特に団体の中心メンバーはかなりの過激派でも知られ、至る所で激しいデモ活動を行い、警察や霊術師と衝突することもしばしば。最近は適合者も支持し始め、政府や霊管協の悩みのタネでもあった。
「学校への到着は、早くても一時間半後になると」
「そんなにかかるのか・・・」
万事休す。まさにそんな状況だった。
――北島くん・・・。
永田は生徒の安否はもちろんだが、北島の安否と、託した金庫についても気がかりだった。
とにかく誰でもいいから現場の状況を教えてくれと、その場にいる全員が切に願う。
そしてその想いは、図らずも一人の少年に届くのだった――。
* * *
同時刻――。
維人は父親からもらった漆黒の戦闘服に身を包み、玄関に向かっていた。
しかし、アギーはそれを必死に止めんと玄関前で通せんぼする。
「維人殿! 考え直してくだされ! 今自分がどのような状況にあるかをお忘れか!!」
《《自宅謹慎》》の四文字が維人の脳裏に浮かぶ。
しかし、維人の意志は揺らがない。歩みを止めずに前進する。
「アギー。退いて」
「絶対に退きませぬ!」
いつも和気あいあいと仲良しな二人の間に、一触即発の雰囲気が漂う。
「さっきの爆発見たでしょ? もうこれ以上は黙っていられない」
第三の爆発があった後、維人は急ぎ準備を始めた。
普段からは考えられないような威圧感を放つ維人に、アギーは押されてしまう。
どうにか圧にを耐えて、維人と対峙する。
「もし勝手な行動を起こせば、自宅謹慎では済まなくなります! これまで積み上げてきたものを台無しにするおつもりですか!!」
「・・・」
「すぐに霊術師や警察の方々が応援に駆けつけてくれて、無事に事件は解決されます。だから、我々はここで大人しく見守りましょう」
「・・・それっていつ来るの?」
「え・・・?」
「いつまで待てばいいの? 一分後? 十分後? 一時間後?」
「それはわかりませぬが・・・」
「もし一時間経って誰も来なかったら? もし一時間後に全員殺されたら?」
「それは・・・」
それは完全な維人の憶測。根拠も何も無いただの想像。
しかし、それはアギーも同じ。
何も言い返せず、苦し紛れの言葉しか出てこない。
「だ、だとしても! 維人殿一人で何ができるのですか! せいぜい敵を数人倒すのが関の山です!!」
「そうだとしても、それは助けに行かない理由にはならないよ」
「て、敵は何十人もいるかもしれないんですぞ!? 無謀と勇敢を履き違えてはなりませぬ!!」
「・・・そうかもしれない。でも――」
維人は表情一つ変えず、ただ真っ直ぐに前を見据える。
「それでも俺は助けに行く。行かなきゃいけないんだ」
今すぐに動けるのは自分だけ。
だからこそ、助けに向かわなければいけない。
自分のできることを全力で遂行する。
たとえ無謀だと言われようと関係ない。
維人は断固たる覚悟をアギーにぶつける。
決して揺るぐことのない、断固たる覚悟を――。
情報量が多いかもですが、「なんかたくさん出てきたな」くらいに思っていただいて大丈夫です。




