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襲撃①

 爆発の二時間前――。


 午前八時。


 少年・九谷津青風くやづせいかは沈んだ顔で通学路の並木道を歩いていた。


 降り始めた雨が傘に当たり、音を立てる。



 ――あいつ、大丈夫かな・・・。



 いつもの陽気さは影を潜め、目の下には薄っすらとクマを作っている。



「どうして俺はあの時・・・」



 雨音をひどく煩わしく思いながら、寝不足の頭で考えても仕方ない思考を反芻してしまう。


 目の前で繰り広げられる維人と吉良の激闘に何もできず、ただ立ち尽くすのみ。


 最後に吉良から放たれた刃に対しても逃げることに精一杯で、周りで傷つき倒れる生徒を誰一人として助けることすらできない始末。


 自分の無力さにひどく嫌気が差した。



 ――入学試験だって、俺は・・・。



 脳裏に蘇る、入学試験での()()()()()


 実力的にも、素質的にも、到底受かるはずのない自分が、雲の上の存在だった霊術高校に通えているのはその出来事があったおかげ。正確には()()のおかげだった。


 だから、入学式の日に一人でいた維人に声をかけた。あの時のお礼を伝えようと。


 ただ、いきなりは気恥ずかしくて言えず、友人として仲良くなったタイミングで言おうと考えた。


 維人が『適合率一%の無能』と蔑まれているのも噂で聞いていたから、()()の自分が慰めて励ませばすぐに仲を深められるだろうと、そう思っていた。


 昨日までは。



 ――あいつは俺なんかより遥か上にいた。見えないくらいめちゃくちゃ高いところに。



 吉良との戦いを見て、抱いていた予感は確信に変わった。特に最後の鬼気迫る感じは、恐怖すら抱いた。


 霊力をまともに使えない人間があそこまで強くなるために、一体どれだけの血の滲むような努力をしてきたのか。



「想像するだけで吐きそうだわ・・・」



 おそらく、そんな想像よりも何倍、何十倍と維人は努力を重ね、積み上げてきた。それこそ地獄のような努力を何年間も。


 だからこそ、九谷津は悩んでいた。


 浅はかな考えで実力を推しはかり、勝手に同族と思い込んで近づいた恥ずかしい自分が、維人に何を言えるというだろうか?


 そもそも、どんな顔で話しかければいいのか?


 何一つわからない。


 強いて、できることといえば、



「・・・やっぱまずは謝ることからだよな」



 それしか思いつかない。


 自分の情けなさや、それによる恥ずかしさや苛立ちはプライドの問題。維人とは一切関係ない。


 まずは誠意を持って謝罪し、その後で昨日のことや入学試験のことへの感謝を述べる。


 もしそれで維人に嫌われたとしても仕方がない。友人として、きちんと受け入れよう。



 ――やべぇ。緊張してきた。



 校門をくぐり、少しずつ教室が近づくにつれて、心臓はうるさくなる。


 余計な想像が過り、「やっぱりまた今度でも・・・」と覚悟が揺らぐのを必死に抑えながら、とにかく歩みを進めていく。


 不意に後ろから声をかけられる。ただ、不安と緊張状態の九谷津の耳には届いていない。


 声の主は早足で九谷津に追いつき、顔を覗き込むようにして声をかけ続ける。



「・・・君? ・・・やづ君・・・九谷津君!」



 突然、目の前にまばゆい輝きを放つ美しい顔が視界に入り、九谷津の意識が現実に戻る。



「ッ!! な・・・あ・・・い、衣笠さん!?」



 思わず仰け反って後退あとずさる。



「よかった・・・。もしかして無視されてるのかなって不安になっちゃった」



 そう言って儚げな笑顔を向ける衣笠詩織いがさしおり


 あまりの美しさに、九谷津の脳がショートしかける。


 衣笠の笑顔は人を殺しかねない。それくらいの危険性があった。



「す、すすす、すみませんっ!! あと、ありがとうございます!!」


「? ありがとう?」


「あ、いや、なんでもないです! 気にしないでください!!」


「ふふっ。九谷津君ってちょっと変わったところあるよね」



 先程とは違う、優しい笑顔。



 ――くっ・・・なんて破壊力だっ!!



 気を抜けば顔がニヤけて爆ぜてしまう。



「そ、そうですか?」


「だって昨日は普通に話してたのに、今日は敬語だし」


「それは・・・」



 昨日はそんなことを気にする余裕はなかった。反射でただ答えていただけ。



 ――てかどんな会話してたっけ?



 それすら記憶にない。


 緊張で言葉が喉に引っかかる。



「そういえば、秦君は一緒じゃないの?」



 一瞬、話すのを躊躇う。


 ()()()()を伝えたら、責任を感じさせてしまうかもしれない。



 ――でも、どうせすぐにバレるよな・・・。



 身内のスキャンダルが大好物な高校生が噂を広めないわけがない。


 どうせ知るのであれば、噂よりも直接伝えた方がいいだろう。


 九谷津は覚悟を決めて維人たちのことを伝えた――。



「そう、だったんだ・・・」



 維人と吉良が自宅謹慎を受けて学校に来れないことを聞いて、衣笠は案の定ショックを受けて落ち込んだ。



「あの、これは維人からの伝言なんですけど」



 落ち込み俯く衣笠に、維人が昨日メッセージで送ってきたことを伝える。



「決して衣笠さんのせいじゃないので、責任を感じたりしないでください、だそうです」


「・・・」


「正直、俺もそう思います。前から吉良には因縁つけられてたから・・・。たぶんどうしたって避けられなかった気がします」



 それでも、衣笠は俯いたままの状態を崩さない。


 静寂の中、聞こえるのは降りしきる雨の音だけ。



 ――どうしよう・・・めっちゃ気まずい。



 状況を打開するために、寝不足の頭をフル回転させて考える。



「そ、そうだ! もしよかったら、一緒に維人のとこ行きます?」


「え?」



 ようやく顔を上げてくれた。


 まだ少し不安げな表情で九谷津を見つめる。



「メッセージでは元気だって言ってたけど、絶対そんなわけないじゃないですか。だから今日の放課後、あいつの家に行こうと思ってたんですよ」



 昨日の夜、いくら聞いても維人は「大丈夫」の一点張りで怪我の具合を全然教えてくれなかった。


 心配かけまいとする維人の気持ちは理解できるが、遠目から見てもわかるくらい出血していた体が大丈夫な訳がない。たとえ治癒霊術を施したとしても、傷が癒えるのに一週間以上はかかる。それくらいの大怪我だった。


 本当に無事なのかを確認するため、かなり渋られたが無理やり家の住所を聞き出して、今度見舞いに行くと伝えた。



「・・・いいのかな? 私が行っても」



 窺うように上目遣いで見てくる。



 ――可愛い・・・じゃなくて!



 頭を振って邪念を吹き飛ばす。



「絶対喜びますよ。あいつ、一人暮らしなんで今頃寂しがってると思います」


「そうなの?」


「たぶん!」



 日々一人で寂しい思いをしているというような話は聞いたことがないが、目の前の彼女を元気づけるために勝手にそういうことにした。



「だから衣笠さんさえよければ行きましょう!」


「・・・うん。私も行きたい!」



 踏ん切りがついたのか、今までの暗い雰囲気は払拭されて元気な声が返ってくる。


 その様子に、九谷津も胸を撫で下ろす。



「九谷津君」



 ニコッと今日一番の笑顔を九谷津に向ける。



「ありがとう!」



 ・・・もう死んでもいいかもしれない。


 そう思うくらい、心が幸せで満たされる。


 昇天しそうな九谷津を他所に、衣笠は放課後の予定を決めていく。



「じゃあ学校終わったら教室まで迎えに行けばいい?」


「そ、そんな、僕が迎えに行きますよ! 衣笠さんは教室で待っていてください!!」


「本当? じゃあ待ってるね」


「はい! 終わり次第ダッシュで行きますので!!」


「ゆ、ゆっくりでいいからね?」


「はい! もちろんです!!」



 『別クラスの女子を迎えに行く』という、まるで恋人のような行為。


 九谷津のテンションが一気に爆上がりする。



「じゃあまた放課後にっ!」


「う、うん。よろしくね」



 校舎に入り、それぞれのクラスに向かう。


 大きく手を振る九谷津に対し、衣笠は控えめに手を振り返す。



 ――よっしゃ! デート、ではないけど、あの衣笠さんと一緒に帰れるなんて!



 大怪我を負っている維人に悪いと思いつつも、おかげで人生最高潮の気分になれた。


 高揚する気持ちが抑えられず、スキップしながら教室へ向かう。


 そうして、最高の放課後を迎える――はずだった。



 * * *



 現在、午前十時五分――。


 教室は不安と緊張に包まれていた。



「なんなんだよ・・・」



 授業中に起きた、突然の爆発。


 あまりの轟音に、響き渡る悲鳴の声。


 取り乱すクラスメイトたちを教師は必死に落ち着かせた。



「なあ、大丈夫だよな・・・?」



 ようやく教室が落ち着き初めた頃、前の席の男子が振り向いて尋ねてくる。



 ――そんなの俺が聞きてえよ。



 誰しも一体何が起こっていて、現在どういう状況なのか、さっぱりわからないのだから。


 爆発の後、すぐに状況を確認する旨の放送が流れ、校内にいる者はその場で待機するよう指示があった。


 そのため、今の自分たちにできることはただ情報を待つのみ。それだけだった。



「・・・放課後潰れたりしねえよな」



 爆発よりも、そのことの方が何倍も気がかりだった。


 せっかくの衣笠との放課後をこんなことで台無しにされたくはない。


 九谷津は祈る思いで情報を待ち続けた――。




 午前十時十分。


 ようやく放送用のマイクを叩く音が校内に流れた。



 ――これでなにもなければ・・・。



 いつもの学校生活に戻れる。平穏で平凡で、ただの平和な日常に。



「・・・」



 流れ続ける無音。


 誰の声も放送用マイクから聞こえてこない。



「なんでなにも言わないの?」



「どうなってんだよ」



「早く情報教えろよ」



 周囲からは、不安による苛立ちの声が沸き起こる。


 待つこと数秒、ついにマイクから声が流れた。



「諸君、たった今この学校は我々によって完全に制圧された」



 突然、見知らぬ声がそう告げる。



「だ、誰の声だ? てか制圧って・・・」



 周囲に混乱と不安が渦巻く中、またもマイクから声が流れる。



「まず、この言葉が嘘でないことを証明しよう」



 そして、その()()はすぐに形となって現れた。



『バゴオォォォォォォン!!!!!!!』



 第二の爆発。


 先程よりも凄まじい轟音が鳴り響き、大きく揺れる校舎。



「「「キャアァァァァ!!!!!」」」



 教室に起こる絶叫。至る所で泣き喚く声が聞こえる。



「これでわかってもらえただろうか?」



 誰もが最悪の事態を想像した。



「これより、君たちを我々『静寂しじま』の()()として拘束する。死にたくなければ、速やかに指示に従え」



 言い終わると同時に、教室に勢いよく押し入ってくる武装集団。


 銃口を向けられ、「直ちに教室の後方に移動しないと殺す」と大声で脅される。


 混沌と化す教室。


 日常は崩壊し、地獄の産声が上がった――。

維人の登場はもう少し後になります。

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