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破られる平穏

 暗闇に体が沈む。


 底が見えない程の深い闇。


 どれだけ足掻いても光のもとには戻れない。



 ――まだ、俺は・・・。



 嫌な想像が脳裏を過ぎる。


 もう体の感覚はほとんどない。


 目の前がぼんやりとし始め、気を抜けば意識が途絶えそうになる。


 暗闇の底へ沈みゆくことへの抵抗を諦めかけた――。


 その時、誰かの声が耳に届く。


 薄れゆく意識の中で、声は語りかけてくる。



「おまえが次の器か」



 確かに、はっきりと、そう云った。


 意味がわからないまま、暗闇に落ち続ける。


 そのまま、少年の意識は途切れた――。



 * * *



 二〇六二年四月二七日。


 校長と北島が騒動についての話をしている頃。


 維人は自宅の玄関前で緊張の面持ちで佇んでいた。



 ――なんて言おう・・・。



 きっかけは吉良からだったとしても、結果的に他の生徒に被害を出す程の騒動を起こしてしまった。


 北島から告げられた()()()()について、アギーにどう説明したものかと、かれこれ十分は考えている。



「よし! 正直に言おう!」



 あれこれ考えても起きたことは覆ったりしない。


 覚悟を決めて、玄関の扉に手をかける。



「ただい――」


「維人殿ぉーー!!」


「まぶっ!?」



 突然、視界が灰色に染まり、そのまま何かの物体が顔に引っ付いた。



 ――く、苦しいっ・・・!!



 息もできない程にがっしりしがみつかれ、維人の呼吸が止まる。


 無理やりに引き剥がすと、灰色の物体は顔面を涙や鼻水でびちゃびちゃに濡らしていた。



「・・・ぷはっ。いきなりなんだよ! アギー!!」


「維人殿・・・よくぞご無事でっ!」



 垂れる鼻水をズズッとすすって、またすぐに鼻水を垂らす。


 目は涙で充血し、瞼も腫れている。


 かなり前からこの状態で待っていたらしい。



「ぐすっ・・・うぅ」



 どこからかティッシュを取り出し、鼻をかんだら、またどこかへテイッシュを戻す。


 前にアギーが話していた、搭載機能の一つ、収納霊術。


 自身の霊力によって作り出した()()()に物をしまえるとても便利な霊術。


 少し特殊な霊力操作が必要なため、誰でも簡単に使える術式ではない。


 適合率一%の維人にはいまいち理解できない術式理論だが、それをAIロボットが使えるということの凄さは何となく感じていた。



「本当に、ほんっとうに心配しましたぞっ!!」


「アギー・・・」



 なぜアギーがこんなに泣いているのかはわからないが、その姿に維人は微笑した。


 自分には帰りを待っていてくれる家族がいる。そのことが、維人の心に温もりを与えてくれた。



「心配かけてごめん。アギーのおかげで無事に帰って来れたよ」


「維人殿・・・」


「ありがとう。あと、ただいま」


「ぐっうぅ・・・」



 また涙腺が崩壊し、今度は喜びと安堵でわんわんと号泣するアギーだった――。




 その日の夜。


 維人は大好物の『秦家特製豆腐ハンバーグ』に舌鼓を打ちながら、アギーと何気ない会話を交わしていた。



「まさか維人殿が月読みや無拍子を使うとは」


「俺もあんなに完璧なカウンター対策されてるとは思わなかった。たった一回見ただけなのに」


「それだけの素質を持っているということですな。吉良殿は」


「うん。本当に強かった」



 最後の捨て身の霊術含め、これまで戦った誰よりも強く、そして何より凄まじい執念。


 適合者として、非凡な才能はもちろんだが、一番印象的だったのは誰よりも強くありたいというその想いだった。


 ただ、想いが強すぎたが故に無関係の人まで巻き込み、傷を負わせてしまった。たとえ軽傷であったとしても、決して許される行為ではない。


 維人もまた、自分の行動がその行為を招いてしまったと、深く反省していた。



『秦のおかげで全員軽傷で済んだ。そのことは感謝している。だが、おまえたちの軽率な行動がこの事態を引き起こしたという事実は変わらない。おまえが目指しているのは何だ? 人々を守る霊術師じゃないのか? ・・・自分が目指しているものが何なのか、今一度よく考えろ』



 保健室で北島から言われた言葉を改めて思い出す。


 どのように対処すれば吉良との戦闘を避けられたのか、その答えは未だ見つからない。


 しかし、被害が出た以上、今回の事態を「仕方がなかった」で片付けてはならない。


 最小限の戦闘で、極力被害を出さずに事態を収拾させる。それが、霊術師に求められる重要な能力。ただ強いだけでは誰も救えない。


 維人自身はまだ気づいていないが、そういったことを改めて考えさせるために、北島は自宅謹慎を命じた。ある種、優しさの裏返しとも言える。



「そういえば、なんで俺が怪我したって知ってたの? 連絡とか一切してなかったのに」



 口いっぱいに頬張っていた豆腐ハンバーグを胃に収めてから、そういえばと疑問を口にする。


 あまりに急なことで気づかなかったが、帰宅前から泣いていたということは事前に情報を知っていないと辻褄が合わない。それこそ監視でもしていない限りは。



 ――さすがにそれはないか。



 維人は頭を振って余計な想像を排除する。


 目の前にいるアギーがそんなことをするわけない。というより、普通のAIロボットにそんな芸当をできるわけがない。



「そ、それは、その・・・ええっと・・・」



 わかりやすく慌てふためくアギー。


 しどろもどろに狼狽える姿に、



 ――まさか本当に・・・?



 と監視疑惑が再燃する。



「あ! じ、実はですな、維人殿が帰って来る前、北島なる教師から連絡がありまして・・・」


「北島先生から?」


「そ、そうでござるっ! 維人殿がとある男子生徒との戦闘で大怪我を負ったというのを聞きましてですな!」


「・・・」



 口をモグモグさせながら、じっとアギーを見つめる維人。その眼差しに込められた気持ちはアギーにはわからない。


 空気は一変し、リビングに緊張が漂う。


 ゴクリ、とアギーは生唾を飲み込む。噴き出る汗が体毛を湿らせていく。



「・・・なんだ。そういうことか」



 特に疑うこともなく、維人は食事を再開する。



 ――あ、危なかったぁ。



 緊張から解き放たれ、前足で汗を拭う。


 維人は炊飯器に向かい、空の茶椀にご飯を大盛でよそってまた席につく。


 幸せそうな表情を浮かべて食べる姿に、アギーは安堵の息を漏らした。



「――次のニュースです。今日未明、北陸州の石川地区で適合者の男女数名による霊力暴動事件が起こり、その場に居合わせた一般市民と駆けつけた警察官が重軽傷を負い、うち二名が亡くなりました。その後、男たちは霊術師の機動隊により取り押さえられたとのことです。また、被害に遭った一般市民の多くは非適合者であり、()()()()()に疑問の声があがっています」



 突如流れたニュースに維人の視線が釘づけになる。



「最近、こういう事件が増えましたな」


「そうだね」


「嘆かわしや・・・日本が安全の国というのも、遠い昔のことになってしまわれましたなぁ」



 一〇〇年前までは『世界で一番安全な国』と言われていた日本も、今では見る影もないくらい治安が悪化した。


 それでも、世界で頻発しているテロ事件に比べれば、まだ日本は安全な方。


 それもひとえに、世界でもトップクラスの実力を誇る霊術師が数多あまたいるおかげ。


 特に霊術師たちの頂点に立つ八つの家系、通称『八色やくさ』の絶大な影響力によって日本という国は均衡を保てている。


 反発の意思すら削いでしまう圧倒的な実力とカリスマ性。


 巷では、『人間界で神に最も近い者たち』とも呼ばれている。



「八色の師の影響力でこういう事件を起こさせないとかできないのかな」


「あの方々も人間ですから。いくら影響力があれど、さすがに日本の事件全部を未然に防ぐだけの力はないでしょう」


「神に近い存在なのに?」


「それは世間が勝手にそう呼んでるだけで、彼らが自らをそう名乗っているわけでは・・・あ!」



 何かを思い出したのか、アギーはモニターに映る新型デバイスのコマーシャルを見て大声を出す。



「どうしたの?」


「維人殿、今日学校で不審な点はありませんでしたか?」


「? 特になかったけど」


「そうですか・・・ではあの()()は一体」



 ぶつぶつとテーブルを見つめて何かを喋りだす。


 よく聞き取れなかったが、怪訝そうな表情から良いことではないのは確かだった。


 維人がいることも忘れ、腕組みして考え込む。


 このまま放置しておいてもよかったが、さすがに気になった維人は窺うようにアギーに尋ねる。



「アギー? 大丈夫? すごい険しい表情してるけど」


「ああ。これは失礼いたしました。ちょっと気になることがありまして」


「どんなこと?」


「実は今日、学校のシステムに不審なバグがありまして」


「システム? バグ? ・・・なんの話?」


「あっ! いや・・・そう! ノイズ! 今日学校から連絡があった際にノイズで声が聞き取りづらかったものでっ」


「へぇ〜。でも、電波障害なんてなかったけどなぁ」



 箸を咥えて思い出すように宙を見つめる維人。今日一日の出来事を思い出してみても、電波が悪かったような記憶はない。特にこれといって変わった様子もなく、いつも通りの学校だったように思える。



「アギーの勘違いじゃない?」


「そ、そうかもしれませぬっ! 拙者の方に何か不具合があったのやもしれませんな・・・あ、あはは!」


「大丈夫? メンテナンス連れて行こうか?」


「では一度行ってみましょうかな! ところで維人殿、ハンバーグのおかわりはいかがですかな?」



 アギーはこれ以上余計なことを言わないよう、別の話題を振って維人の気を逸らす。



「えっ! まだあるの!? 食べたいっ!!」



 しっかり気を逸らされ、ご機嫌で台所の方に向かう。



 ――維人殿が鈍感で助かりましたぞ・・・。



 心臓部がドキドキ高鳴るのを感じながら、電波操作でモニターのチャンネルを変える。


 維人も好きな人気のバラエティ番組をかけて、その日を無事に過ごすアギーだった――。



 * * *



 翌日の早朝。


 まだ雨は降っていないものの、これから徐々に雨足が強まるとの予報がされている。


 そんな中、北島は出勤時間よりも前に学校に行き、校長室に向かっていた。



「失礼します」



 室内に入ると、曇天を薄目で見つめ、両手を後ろに組んで立つ校長の姿が視界に映った。



「北島くん。朝早くにごめんね」



 明かりも点けず、異様な緊張が漂う薄暗い室内。


 しかし、校長はいつもの柔和な笑みを向け、いつもの優しい口調で話しかける。



「これからすぐに術校祭会議に向かわないとなんだけど、実はどうしても伝えておきたいことがあってね」



 校長は引き出しから鍵のようなものを取り出し、北島に手渡す。



「これは?」



 柄の部分に何かの紋章が描かれた、錆びれた鍵。


 一体どこの鍵なのか、全く見当もつかない。



「保管室にある金庫の鍵だよ。一つ、北島くんにお願いがあってさ」



 いつにない真剣な眼差しで北島の瞳を見つめる。



「もしも学校に何かあったら、金庫の()()を持って逃げてほしいんだ」



 北島の疑問はより深まる。


 保管室にはいくつもの重要な文献やそれにまつわる物があるが、金庫があるなど一度も聞いたことがなかった。



「このようなものをなぜ私に?」


「君が一番信用できるからだよ」


「・・・どういう意味ですか?」


「一応、話しておいた方がいいかな。実は・・・」



 北島は校長が懸念している不安について、大まかに聞いた。


 そして、ここ最近妙な胸騒ぎがするということも。



「まあ、ただの取り越し苦労だろうけど、一応ね。今日の夕方には学校に戻ってくるから、その時に鍵を返しに来てもらっていいかな?」


「・・・わかりました」


「大丈夫。僕の予想は大抵外れるから。この前の競馬も、見事に全部外して奥さんにこっぴどく叱られてさ」


「そんな話を誇らしげに話されても・・・」


 

 困り顔の北島に、校長は軽く笑って明るく伝える。



「とにかく、今日一日ちょっと気にかけてくれるだけでいいから」



 窓の外に目をやり、ポツリと呟く。



「大丈夫。何も起きないよ・・・」



 まるで自分自身にそう言い聞かせるように。


 外では、厚い灰色の雲からポツリポツリと雨が降り出す。


 雨足は徐々に強くなっていき、遠くでは雷も鳴り始めていた――。



 * * *



 午前十時十分。


 維人は自宅の裏側に建っている年季の入った武道場で精神統一の鍛錬を行っていた。


 昨日の吉良との戦闘を思い出し、今の自分に足りない部分を冷静に振り返る。


 吉良がカウンター対策をしてきたことに対する動揺。刃を躱す瞬間の無駄な動作。奥義を使おうとした時に覚えた、力が溢れ出る感覚。


 あの戦闘で感じた全てを無駄にしないよう、一つずつ丁寧に思い出す。



 ――常に奥義を使えるように、もっと技を磨かないと。



 意識をより深い海底へ潜るように沈めていく――。


 武道場の屋根を打つ雨音が遠くなり、周囲から音が消える。


 体内を川のように流れる血液を感じ、筋繊維一本一本の状態までも感じ取る。まさに心と体が一つになったような感覚。


 集中が研ぎ澄まされ、無の境地への扉が開きかけた――その時。



「維人殿っ!!!」



 背後にある引き戸が勢いよく開かれ、鼓膜が痛くなる程の戸当たり音とアギーの甲高い大声が武道場に響く。


 突然の大音量で耳鳴りがしているのもお構いなしに、アギーは維人の手を取って武道場から引っ張り出そうとする。



「〜〜!!」



 耳鳴りで声が聞き取りづらく、アギーが何を言っているのかよくわからないが、とにかく大変なことが起こっているのは理解できた。



「早く! 早く来てくだされ!!」


「ちょっ。アギーどうしたの。そんな慌てて」


「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないです!! 早く来てくださいっ!!!」



 いつもの侍口調は消え、最初に家に来た時と同じ口調。


 維人は只事ではないのを察して、急いでアギーの後を追う。



「・・・なんだよ・・・これ」



 リビングのモニターに映る、『緊急ニュース』の文字。


 そして、そこには()()()()()()の様子も映し出されていた。


 スタジオの女性アナウンサーは動揺しながらも努めて冷静な表情で状況を説明している。



「改めてお伝えします。先程、霊術大学附属秩父高等学校で()()()()()が起こりました。高校内部との連絡は取れず、未だ詳しい状況は不明のままです。繰り返します。先程、霊術大学附属――」



 繰り返される爆発という言葉と、建物から立ち上る黒煙の映像。


 アナウンサーからの情報が頭に入らない。


 映像の状況が飲み込めない。


 一体何が起きているのか理解ができない。


 維人の思考は停止して、ただモニターを見つめて立ち尽くす人形になっている。


 そこに、追い打ちをかけるような映像が維人の目に飛び込む。



「ただいま入りました情報によりますと、校内のシステムは全てダウンしているとのことで、現在原因を探って――」



 突如、映像から()()が鳴り響く。



「キャアァァ!!!」



 女性アナウンサーは驚きのあまり悲鳴をあげて取り乱す。


 突然発生した、第二の爆発。


 校舎の一部が爆発により吹き飛ぶ映像を維人の目はしっかり捉えていた。



「なにが起きて・・・・・・」



 昨日までの平穏が音を立てて崩れ落ちる。


 外の大雨と雷はさらに激しさを増していた。




 二〇六二年。四月二八日。午前十時〇〇分。


 霊術大学附属秩父高等学校にてテロ事件が発生。


 これは霊術高校が創立されて以来、初となる襲撃事件だった――。

今日から新章スタートです。

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