再戦②
吉良の手から放たれる無数の刃。腕を振る度、まるで飛ぶ斬撃のように刃が維人に向かっていく。
「ふぅ・・・!」
全神経を刃に集中させる。軌道を観察、予測、そして回避。
最小限の動きで、次々と飛んでくる刃を躱していく。
維人の常人ならざる動きに、周囲から驚愕の声があがる。
「マ、マジかよ・・・あんなのできるか? 普通」
「絶対無理・・・」
「てか、向かってきてね? 刃。こっちに」
維人が躱した刃が後方の学生たちに襲いかかる。
「おいっ! やべーって!! 逃げろっ!!!」
「キャァァーー!!!」
悲鳴があがり、懸命に刃から逃げる。
「!!」
周囲の逃げ惑う声が、維人の意識をそちらに向けさせる。
「おいっ! 周りに被害が!!」
「そんなの躱せねえ雑魚が悪いだけだ! 野次馬してんだから自分の命くらい自分で守れっつー話だろ!!」
「それは・・・!!」
「そんなに嫌なら反撃してみろよ!!」
吉良はさらに刃の数を増やして怒涛の連撃を繰り出す。
「オラオラッ!! もっと行くぞ!!!」
「!? くそっ!!」
必死に刃を躱し続ける。
だがあまりの刃の多さに、維人の反応が徐々に間に合わなくなる。
――くそっ・・・躱しきれないっ・・・!!
周囲のことを考える余裕さえもなくなる。
「えっ・・・」
その刹那、眼前に吉良が現れる。
無数の刃に紛れ、奇襲を仕掛けてきた。
維人は完全に虚を突かれ、反応が遅れる。
「だから言っただろ? 俺とお前には――」
吉良の右腕が青い燐光を放ち、白銀の刃へと変化する。
「絶対的な差があるってよ!!」
振り下ろされた刃は維人の体を無情に斬り裂き、周囲に血が飛び散る――。
「ゆ、維人っ!!!」
「・・・っ!!!」
響き渡る、九谷津の絶叫。衣笠は恐怖と驚きで言葉を失い、手で口を押さえる。
「・・・うっ」
腹部を押さえながら、維人はその場に片膝をつく。じわっ、と押さえている手が赤く染まる。
「チッ! 上手く避けやがったか」
躱せないと判断した維人は、軌道の終点、刃の振り切った地点を予測して動いた。
おかげで致命傷は避けられ、できる限りの最小ダメージで済んだ。腹部の傷もそこまで深くはない。
しかし――。
「じゃあこの距離も躱せるか?」
依然として絶体絶命の状況は変わらない。
吉良の腕に霊力が纏っていく。
「お、おい。これ以上はさすがにマズイんじゃ・・・」
「誰か止めろよ! あいつマジで死ぬぞっ!」
「わ、わたし、先生呼んでくるっ!」
既に勝負はついたと、周囲が止めに入ろうとする。
しかし、全員他人頼みで動かず、ただ固唾を呑んで行方を見守っているだけ。
――お、俺は・・・俺は・・・っ!
九谷津でさえ、恐怖で手足が震えて動けない。
人が死ぬかもしれないという状況。誰一人として、助けに向かう勇気を持てる者はいなかった。
「じゃあな無能野郎。テメェの負けだっ!!」
再び迫りくる刃。躱そうにも、集中が乱れて上手く体を動かせない。
「ぐっ! また・・・っ」
維人の体の何かが反応し、右腕を吉良に向けようとする。
入学式の日にも経験した、内側から焼けるような熱さと痛み。ただ、以前よりも熱く、痛みもかなりひどい。
何かが暴発する。維人の直感がそう叫んだ。
――アギー。
脳裏に今朝のアギーとのグータッチの映像が浮かぶ。
『維人殿。拙者は維人殿が誰よりも努力し、誰よりも強い意志を持っていることを知っております。だからどうか自分自身を信じてくだされ』
嘘偽りのない、真っ直ぐな眼差しを向けるアギーの姿。
すると、ふと脳裏にまた別の映像が。
『おまえがカウンター主体の戦闘スタイルを好む気持ちはわかる。が、いつまでもそれが通用するわけじゃない。対応してくる相手は必ず現れる。その時のために、おまえが嫌いな型の鍛錬もやらせてるんだ。いいか、維人。そもそもうちの流派の真髄はカウンターじゃなくてだな――』
一度話し出すと止まらない、父親の長ったらしい流派についての説明。いつも熱く語る父親の姿はどこか楽しげで、嬉しそう。そんなことをこんな状況で思い出した。
維人は思わず笑みを溢す。
――大丈夫。俺はまだやれる。
脳裏に過った記憶たちが、維人に冷静さを取り戻させた。
目を瞑り、深い集中状態への入口に立つ。
焼けるようだった右腕の熱さと痛みが徐々に引いていく。
「紙縁」
小さな呟き。
体に触れる寸前まで迫っていた刃を、今まで以上の速度と滑らかさで躱す。
「・・・はっ?」
あまりに綺麗な紙一重の躱しに、吉良は一瞬何が起こったか理解できなかった。
「躱したよ」
「ッ!! テメェ!!!」
維人の挑発に激昂し、両腕を勢いよく振り上げる。
「ぶっ殺す!!!」
僅かな集中の乱れ。それによる大きな振り上げ。
これまで見せなかった隙を維人は引き出した。
「心眼流・・・」
「バカがっ! それはもう通じねえっつってんだろ!!」
戦闘中とは思えない程の冷静な表情。維人は深い集中状態に足を踏み入れていた。
――なんだ? 急に雰囲気が・・・。
突然、まるで別人のような雰囲気を放つ維人に、吉良の心がざわめく。
「――月読み」
「!?」
刹那、維人の掌底が眼前に現れる。
虚を突かれた吉良は全く反応できず、
「がはっ!」
掌底がみぞおちにめり込む。
激しい痛みと横隔膜の一時停止による呼吸困難。吉良は堪らず後退り、膝を地面につける。
「・・・かはっ。なんだ・・・今のはっ!」
無理やり呼吸をし、数秒前まで見下ろしていた維人を見上げる。
形勢逆転。まさに言葉通りの構図。
説明する義理はないとでも言うように、維人はただ吉良を無言で見つめる。
「クソがっ。ナメやがって・・・!」
「今降参すれば、気絶せずに済むよ」
「なっ!? テメェ・・・」
痛みを堪えて立ち上がり、維人を眼光鋭く睨みつける。
「この無能があぁぁぁ!!!」
怒りの咆哮をあげ、一瞬で間合いを詰めて維人に斬りかかる。
霊力への高いポテンシャルを持つ吉良だからこそできる、爆発的な身体強化。
カウンターを繰り出せない程の高速移動による攻撃に、維人は対応できず苦しめられていた。先程までは――。
「月読み」
「!? がっ・・・!」
またも、維人の掌底が吉良を捉える。
完璧に胸部に打ち当て、バキッという肋骨の折れる音が吉良の体内で響く。
「ぐっ・・・ぁ・・・」
肺への強い衝撃による苦痛で顔が歪み、声にならない呻きを上げる。
立ってるのがやっとの状態で、これまでの威勢は消え失せ、維人を睨みつけるだけしかできない。
当の維人は涼しい顔を向けるだけで、追撃する素振りすら見せない余裕っぷり。まるで「もう勝負はついてるよ」とでも言わんばかり。
「ざけんな・・・まだ勝負は・・・」
気力を振り絞り、体に力を入れる。だが想像以上のダメージにより、これまでのように上手く霊力を練り上げられない。
それを見た維人は、ゆっくりと一歩を踏み出す素振りをする。
「!?」
維人が攻撃に踏み出した。そう錯覚して、すぐに身構える。
「心眼流・虚歩」
しかし、実際はその場から一歩も動いていない維人。
虚を突かれ、一瞬気が緩んだ吉良は体勢を崩す。そして、その隙を維人は見逃さなかった。
「!? なんで――」
「心眼流・無拍子」
突然、懐まで音もなく現れた維人。吉良はガードする間もなく、また腹部に掌底を打ち込まれる。
体をくの字に曲げ、苦痛に耐える吉良。さらに、維人は追い打ちをかける。
「クソッ・・・! ぐっ! がはっ!」
反撃で殴りかかろうとするも、冷静にいなされて連続で掌底を食らう。一方的に攻められ続け、吉良の体は限界の悲鳴を上げる。
しかし、維人は手を休めない。ぐっと膝を曲げて重心を低くし、溜めを作る。
「俺、は・・・俺は吉良、家の・・・」
「もう終わりにしよう」
「ざけんな・・・まだ・・・!!」
力を溜めた掌底が、吉良の顎を下から打ち砕いた。
「がっ・・・ぁ」
白目を剥き、意識が飛びかける。
――クソがっ・・・俺はこんなところで・・・。
意識を失う最中、ある記憶がフラッシュバックし、『このままでは終われない』という強い思いが湧き出る。その人一倍に強い思いが吉良の霊力に反応した。
「!?」
ドクンッ、と心臓が一際強く鳴り、吉良の意識が戻る。
「クソがあぁぁぁ!!!!!」
ほとんど意識を失いかけたところからの復活。だが受けたダメージはそのままで、完全に気力のみで立ち続けている。まさに魂が肉体を凌駕した状態。
吉良は残りの霊力を振り絞り、全てを懸けた霊術を発動する。この戦いに勝つことだけを考えた、捨て身の術式を。
「この地を血で赤く染めろ・・・千刃血叢!!!!!!」
まるで霊力の暴走のように、吉良から空気が震える程の膨大な霊力が放出し、体中から一斉に刃が突き出す。
突き出た大量の刃は凄まじい速度で伸びていき、周囲の学生たちまでをも襲う。
耳をつんざく叫声が四方八方から鳴り響く。
「キャアァァァァァ!!!!!」
「早く逃げろっ!!!」
「おい邪魔だっ!! どけっ!!!」
混沌と化す訓練場。逃げ惑う者たちは我先にと入口に群がる。
大群の圧に押されて逃げ遅れた者は、刃に襲われ、周囲に血が飛び散った。それでも、吉良の霊術は止まる気配がない。
「吉良! 止めろっ!! このままじゃ」
――誰かが死ぬっ・・・!!
しかし必死の訴えも、狂気の彼方にいる吉良の耳には届かない。
「俺は負けねえ!! テメェを殺すまではなあ!!!」
維人に向かって猛スピードで伸びていく刃。
「くそっ!!」
危険を顧みず、地面を強く蹴り上げて吉良に向かって駆け出す。
「おいっ! 行くなっ!! 維人っ!!!」
「秦君っ!!」
九谷津と衣笠の絶叫が耳に届く。それでも、維人は歩みを止めずに突き進む。
「くっ! ・・・吉良っ!!」
迫り来る刃を躱し、身幅の部分に掌底を当てて折る。
多少の切り傷も厭わず、自分の体を犠牲にし、ただひたすらに折って躱し続けて吉良のもとへ最短で向かっていく。
――この距離なら・・・!
片足で踏切、走り幅跳びの要領で水平にジャンプ。刃が手足を切り裂き、肉が露わになろうとも構わず、一心不乱に飛び続けて奥義の間合いに入る。その距離およそ三メートル。
――頼む、発動してくれっ!!
成功確率二割以下の、一か八かの奥義。
しかし、吉良を止める術はもうこれしかなかった。
「心眼流奥義・天断!!!」
維人の拳に黒みがかった紫のオーラが纏う。オーラは徐々に淡い光を放ち、禍々しさをも感じさせる。
「吉良あぁぁあぁ!!!!!」
「秦あぁぁぁあぁ!!!!!」
振り抜いた拳は迫る刃を次々と消し飛ばしていき、その距離はどんどん縮まっていく。
そして、渾身の一撃がついに吉良を捉え――。
「霊封術式・魄戒!!」
「「!?」」
突如、維人は体から力が抜け、拳に纏っていたオーラも弾かれて霧散する。
吉良も同じく、訓練場全体を突き刺す勢いだった刃は跡形もなく消え去り、吉良自身から霊力すら感じられない。
完全に霊力が消失した。
「お前たち!! 何をしている!!!」
全身を貫くような怒声が訓練場に轟く。
一瞬にして静寂が訪れ、全員が声の方を向いている。
入口に群がる学生を押し退け、北島が姿を現す。
「先生・・・」
「・・・」
肩で息をして気力が尽きかけた傷だらけの維人と、とうに限界を超えて声もなく突っ立っているだけの吉良。
両者を一瞥し、北島は鼓膜を震わせる程の大声を張り上げる。
「本日の合同演習はここまでとする!!」
激しい戦闘の跡が残る中、北島の宣言によって二組と七組の初めての合同演習は中止という形で幕を閉じた。
その後、負傷した者は救護班により保健室へ運ばれ、無事の者は教室で待つよう指示を受ける。
そして、騒ぎを起こした秦維人と吉良義広は、後日、処分が下されることとなった――。
次でとりあえず一区切りとなります。