おっさん勇者、放浪する。助けて。
木の枝や土を踏む音が耳に届く。
見上げると木々が風に揺れ心地よい音を奏でやがっている。
皮肉にも温かな木漏れ日が上からやけに優しく降り注いでいた。
追放された俺は行く当てもなく森を歩いていた。
心なしか足からはとぼとぼと聞こえてくる気がする。
「追放か…これからどうすれば…」
とりあえずこういうときは状況を整理しよう。
おばあちゃんもそう言ってた気がする。
俺は元の世界では冬峰という、
日本に住むごく一般的なおっさんだった。
その世界で、ある日俺は死んだ。と思ったら、今いる異世界に呼ばれていた。
こっちでの名前はギーズ。
そして呼ばれたと思ったら追放された。
ここは異世界の王国付近の森。地図も情報もなし。
おっさんはぼっち。あれ? 詰みじゃないか?
待て待て、まだ慌てるような状況じゃない。
食料なし。水なし。金なし。
ま、待て、まだあわわわわわ…
そうだ、俺にはこの黒いオーラがあるじゃないか!
これを翼のようにすれば飛べるんじゃないか?
俺は黒い靄のようになっている周りのオーラに触れてみた。
触れている感覚はなく空気を掴んでるのと変わらない。
粘土みたいに手では形を変えられないようだ。
他に方法は…そうか、イメージすることだ!
想像しろ、鳥のような翼、翼、翼。
俺は頭の中で翼を強く念じてみた。
オーラは…おお、動くぞ!
全身を纏っていた黒いオーラは俺の背部に移動し、
翼のような形状を保ちながら蠢いている。
よし、これで近くの町までひとっ飛びだ!
アイ、キャン、フラアアイ!
飛ばない。この後どれだけ
飛ぶイメージを繰り返しても飛べなかった。
楽しいことをイメージしてもダメだった。
もう大人になっちゃったから
飛べないのか。悲しい。
森の中で試行錯誤している間に、
ふとあることに気づいた。
鳥やほかの生き物の鳴き声がしない。
いや、それどころか気配すらしない。
もしかして、このオーラのせい?
人だけじゃなく動物にも避けられちゃうの?
おっさん辛い。
こんな異世界に来てもひとりぼっちか。
こっちの世界にはLINEもなければ、居酒屋もない。
あったところで、このオーラじゃ誰とも飲みに行けないけど。
あぁ、向こうの世界でも行く相手いなかったわ、
ははは。はぁ。
そういえば冬峰の時も――
ーー俺は何をやっても中途半端ですぐ投げ出していた。
仕事もプライベートも全て、少しの失敗から、
いや、そもそも始める前から諦めていた。
そんな俺だが人の役に立ちたいと願った。
それがいつしか自分が生きるための
言い訳になっていた。
役立たずの自分が迷惑をかけない唯一の方法は
誰かのためになることだと
無理矢理にでも思い込んでいたのだ。
結果としてそれが自分自身を苦しめているとも知らずに。
終始無理をしていた俺は心身ともに疲弊していた。
そんな状況でまともな仕事なんてできるわけがない。
仕事でミスが立て続けに起き、あげくには体を壊した。
ストレスのせいか体臭はひどくなり、周囲の顔は歪み、声は遠のいていった。
皮肉にも、迷惑をかけまいと生きてきたつもりが、
生きているだけで迷惑をかける存在になってしまっていた。
もうこの世から消えてしまおう。
俺がいない方がこの世はうまく回る。
俺がいないことで少しは
この世のストレスがなくなるんじゃないか。
ああ。ああ。
ーーそこから先はあまり覚えていない。
忘れたくても忘れられない記憶が目の前のどす黒い靄と重なった。
そうか。このオーラは今まで溜め込んできた負の感情。
自分にも他人にも与え続けた嫌悪感とかストレスの塊なのか?
そうだよな、臭いだけなら目が焼けるなんて
ならないもんな!
むしろなってたら悲しすぎるから!
そう思うことにしよう。いやきっとそうだ。
ってことは…これ完全に呪いじゃない?
人が近づかないし、近づけないし、おっさんおちこんじゃうし。
人どころか動物にも効果があるんじゃ…。
現に今森のど真ん中なのに鳥どころか虫もいない。はい詰み。
王手飛車角金銀桂香取りです。
全身に剣が突き立てられてます。
どうしようもないな。これ。
小説を閲覧いただきありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
不定期にはなりますが
少しずつ更新していこうと思います。