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死者の手。

作者: 網野雅也

最初から破綻した話だったんですが、一応改稿してみました。

あまりに酷かったので。

 前方不注意で目の前に対向車が見えた時には遅かった。

 慌てて避けようと、ハンドルを切った先には電柱があり、車はそれに衝突して大破した。

 運転手の前原武は即死した。

 後部座席にいた私、佐山雫はシートベルトをしていたのもあって即死を免れ、救急隊によって車内から助けられ一命を取り留めた。


 事故後、私は軽症だったらしく、その日の夜、家に帰って来たらしい。

 全くその時の記憶はないんだけど。

 武は……死んでしまったのに、私だけ生き残ってしまった。

 でもなぜか、涙が出てこない。ショック症状ってやつだろうか。

 漠然と胸の内に彼の死の事実はあるんだけれど感情が凝って何も考えられない。

「じゃあ、雫行って来るわね」

「うん……」

 私は居間にあるテレビに視線をおいたまま、母に右手をひらひらと振ってみせる。

 溜息のような声が、後方からもれた後、扉が閉まる音がした。

 はぁ、何をしようかな……

 今日はなんだか、頭がぼーっとしている。

 昨日あんなことがあっての次の日だし、後遺症かな。

 それに、時折、なんだかとてつもない眠気の波が寄せては返しで意識が朦朧としてくる。

 あぁ、眠い……


「おい、起きろよ……」

「え? 武……」

 私が腰を沈めたソファーの隣には死んだはずの武がいる。

 うーん、これはたぶん、いつの間にか寝ていて夢を見ているに違いない。

 武は夢の中で猿のように長い手を回して私の肩をそっと抱く。

 無地の白いTシャツにジーパンというラフな格好をしている。

「元気だせよ」

「そんな事言われても……」

 屈託ない笑顔はどこか悲しげに私に向けられている。

 私は彼の顔をまともに凝視することができない。

「武ちゃん、きてたの? 」

 そんな時丁度、母が帰って来た。

 あれ、二人水入らずの夢の中になんて無粋な母親――などと思い、

「私の夢の中から出て行ってよ~母さん」

 母に憤然と抗議する。

「何言ってんのよ、寝ぼけるんじゃないの」

 母が怪訝そうに顔をしかめて、腕時計をした手を差し出す。

 ちょうど時計の針は12時を挿していた。

「もう昼間よ、寝ぼけてるの? 」

 母はやけに耳に残る声で私に言った。

 おかしい、夢にしては妙にリアリティあるというか。

 目に映る居間の風景は鮮やかで、母の声も妙にはっきりと耳の奥まで響く。

 まさか、起きてる? 私。

 でも、それなら隣にいる武は一体!?

「武ちゃん、幽霊になって雫のこと心配で来てくれたのよ」

「え!? 」

 私は一瞬言葉を失い、隣にいる武の顔を眺め見た。

「そういうこと! 」

「えええ! どういうこと! 」

 武は明るく笑うと、母も一緒に口を押さえて微笑む。

 

「そうか、武死んですぐ、私のところへ来てくれたんだ」

「お前が寂しがってると思ってな! 」

 目の前にいる武は夢の産物ではなく、本当に私の横に存在していた。

 死んで幽霊となってすぐに、私のところへ駆けつけてくれた。

 とはいえ、当たり前のように言ってはいるけれど、普通はないことだ。

 私の家が特殊な家系、つまり私や母が霊媒体質であって初めて実現する。

 しかし、まるで生きてるような量感……

 張りのある肌、笑うと口の端にできるかわいいえくぼ。

 武は生前と変わらず溌剌した様子で私たちの目に映っている。

「武、ごめんね、私だけ生き残って」

「俺こそごめん……巻き込んじまって」

 私の凍結していた感情が溶け出して、色んな思いが収斂せずばらばらに浮んでくる。

 なんて切り出したらいいんだろう。

 分かんないよ……

 私は堪えきれなくなり俯くと、長い髪が周りの視界を完全に遮る。

 言葉より先に涙が溢れ、抑え切れない気持ちを代弁し始める。

「なんで……」

 そう言ったきり、声を上げて二人の前でしゃくりあげた。


 体を曲げて武の膝枕に頭を置き、猫のように丸くなって横たわる。

 幽霊である武の肉感やぬくもりが私の頭に伝わるわけはない。

 けど、なぜか、彼の幽体に接する頬に暖かみを感じていた。

 武の優しさを湛えた瞳が上から包み込むように私を見下ろしているせいだろうか。

 暖かい……このままずっと……

 黙ったまま武はずっと私を眺めていた。

 しばらくして、私の意識は春の日向でうつらうつらとする猫のように眠りに落ちていった。


「行ってきます、武ちゃんよろしくね」

「はい、いってらっしゃい」

 私の意識は大分、覚醒に近い状態にあった。

 夢現にしっかりと母と武のやり取りを聞いている。

 たぶん、母は武の通夜にでも行くんだろう。

 まどろみの中で漠然とそう思った。

「俺よ、後3日したら、あっちにいくからよ」

 私は目が覚めてからしばらくして、武は唐突に私にそう告げた。

 戸惑いは隠せない。

 3日なんて早急すぎる。

 とはいえ、武はもうこの世の人間じゃないんだ。

 どっちみちいつかは、あの世に行かないといけないんだろう。

「あの世って存在するんだ? 」

「もちろん! 」

 行ったことないくせに、武はやけに自信満々で頷く。

 なんで分かるんだろう……

そういえば――オカルト本で読んだことがある。

 死んで幽霊となって、初めて様々な世界の成り立ちや宇宙の真理を理解することができると。

「なんで3日後? 」

「そう……決まってるのさ」

 武が神妙な顔つきで言うと、窓の外に広がる遠くの空を眺めていた。

 彼の視線の向こうには何が見えてるんだろう。

 生きている人間には決して目にできない世界の存在を、武は知ってしまったんだ。

 今隣にいる武はもう私の知っている武じゃないのかもしれない。

 

 それからまた、私は猛烈な眠気に襲われた。

 瞼が自然と重く垂れてくる。眠るまいと持ち上げる。

 しばらくそれを繰り返した。

 武の顔が薄っすら白い視界に浮んでいる。

「雫、またいくのか」

「行くって……」

 寝入る前に最後に聞いた武の言葉、その意味は分からなかった。

 それを最後に意識はまどろみの中へ引き込まれてしまう。

 

 漆黒の闇の深淵で私は、遠い場所から聞こえる喧騒のようなものを耳にした。

 男の人の声……女性の声も聞こえる。

 言葉は聞き取れないけど、なんだか騒がしい。

 微かな音ではあるが、妙に現実感が伴い耳に残る音だ。

 闇に覆われた空間に漂いながら、その遠くの音に耳を欹てている。

 しばらく――かどうかは分からない。

 夢の中の時間なんて曖昧だ。

 だけど、次に聞こえた声に私は一瞬心が動いた。

「雫! 目を覚ましなさい! 雫! 」

 え、お母さん……?



「ふー、変な夢見ちゃったよ」

 いつもと変わらない朝の光がカーテンを透かして居間に淡く満ちている。

 テーブルの前のソファーに母が座っている。

 その隣には武もいる。

「やっと起きたか? 」

「どうしたのみんな、今日はやいわね」

 私が欠伸をしながら言うと、武はいつもと変わらない笑顔を私に振り撒く。

 しかし、隣にいる母の様子が可笑しい。

 顔を伏せたまま、一言も発しない。

「お母さん、どうしたの? 」

 私は心配になり母に尋ねた。

「あ、起きてきたんだ、おはよ……」

 どうやら、やっと今私の存在に気づいたようだ。

 母の目ははれぼったく赤く充血していた。

 ずっと泣いていたんだろうか。

 なにがあったんだろ……

「お母さん何があったの? 」

 不安になって聞いてみる。

 母は視線を下げたまま答えようとしない。


「雫……俺今日あの世に出発することになったよ」

 母が答えずにいると、唐突に武が言った。

「え? 今日? なんで? 急になんで? 」

「お前に言っただろ、3日後あっちへいくって」

「えええ!? 」

 あれから三日も寝ていたんだ。

 私の時間の感覚は酷く曖昧だった。

 眠りについたのが、ついさっきのように感じていた。

 そのため、武の言葉があまりに早急に感じて心で消化できない。 

「――雫、お前に今まで話していなかったが……」

 と、武は前置きするように言うと、下を向いたまま困ったように口を閉ざす。

 しかし、少しして、何か決心したかのように顔をあげると静かに話し始める。

「お前は実はずっと病院にいたんだ。けど、今日の朝病院のベッドで亡くなった」

「え、どういうこと? 」

 意味が分からない。

「ずっとお前の事待っていたんだ……」

「…………」

 何を言っているのか理解できなかった。

 病院? 私を待つ?

 武の舌足らずな説明は、言い知れぬ不安だけを私に生起させた。

 そうしているうちに、母が低い声で泣きはじめる。

 ど、どういうこと!?

 

 1時間くらい二人から話を聞いているうちに、やっと事の次第が飲み込めてきた。

 私は病院に担ぎ込まれてからずっと、病院のベッドで生死の境を彷徨っていたんだ……

 母の話から、ずっと意識なく病院の集中治療室で横になっていたらしい。

 その間、私は生霊として元の体から分離して、自宅に帰ってきていた。

 そんな私を放っておけなくて、武はあの世へ行く日を延ばしてまで私を待っていた。

 果たして、今日の朝、私の命数は尽き息をするのをやめた。

 生き霊である私は、今は武と同じ……

 全てを理解した私は、泣き止まぬ母を見て、

「お母さん……ごめんね、私、本当親不孝者だ」

「雫……」

 私は母の頭にそっと手を添えた。だけど、その手には母の髪の感触は伝わってこない。

 けど、母は涙を流しながら、小さな花をそっと包むようにに私の手を両手で覆った。

 感覚はないけど、母の私を慈しむ気持ちが私の魂に直接伝わってくる。

「雫、行こうか……」

「うん、行こう! 」

 そして、後ろ髪を引かれる思いで母から手を離すと、武が指差す方向に瞬く白光を目を細めて眺める。

 差し出された優しく暖かい武の手を握って、私たちは母に一度手を振ると歩き始めた。

             

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