⑥佐藤じゃなくても甘くはない
道民以外にはわかりにくい地名が出てきます。
がまんしてけれ。
「と、言うわけで、大下先生は駄目でした・・・・。」
俺はみんなに報告した。
「まじか・・・行けると思っていたんだけどなぁ~。」
貴はため息をつつきながら残念がった。
「では、別な先生ですが・・・・」
「おう、けいはもう目星をつけてきたんだな!」
「いやぜーんぜん。思いつきません!」
いやそれ、力強く言うとこじゃないから。
「いいかしら。」
う、九十九先輩だ。嫌な予感しかない・・・。
「やはり御厨先生にお願いしたら。登くんがいえば、二つ返事で承諾すると思うわ。」
やっぱりか・・・・。
「お願い。登」
「頼むよ。」
けいと貴、2人から頼まれてしまったら、断れるわけがない。
「・・・・わかった。頼んでみるよ。」
「じゃあ、部長として私も行くわ。」
「いや。僕一人で行かせてほしいんですが・・・・。」
「あら、そう・・・」
いやにあっさり引きさがったなぁ・・・。
まあ、俺の昔を知っている人と一緒に御厨先生のとこに行きたくはない。何か嫌な予感しかしないからな。
「では、行く前に私と打ち合わせてからにしましょう。」
「え?」
「部長じゃない人間が頼みに行くんですから。代理として。申請と齟齬がないようにしておきたいわ。活動の説明必要でしょう?」
いや、でも大下先生の時はそんなこと言わなかったんじゃないですか?、と言おうとしたら、食い気味に
「ね、そうしてちょうだい」とちょっと強い口調で言ってきた。
有無を言わせないつもりらしい。
「あ、はいわかりました。では放課後。」
「そうね。必ず来てね・・・。」ほほえみながら先輩はこちらを見つめてきた。
そうして昼休みは終了した。
放課後になり、俺はパソコン準備室にやってきた。ドアを開けた。九十九先輩とるみだけがいた。
「貴たちは?」
「買い物に行ってもらったの。部になるにはいろいろ必要なものがあるから。」
机に目線を落としたまま、九十九先輩は続けた。
「るみさんには、手伝ってもらいたいことがあって、残ってもらったわ。」
言うとこちらに微笑を浮かべた顔を向けた。
るみはうつむいたままじっとしている。ちらちら先輩を見ている。なぜ自分が残されたか不審に思っているんだろう。なんとなく張り詰めたPC準備室。
「じゃあ、うち合わせを・・・・。」耐えられなかった俺は俺は切り出した。
先輩は窓の方に顔を向き変え、ぽつりとでもとても自然に
「まあ、まー、そんなとこで突っ立てねーで、その椅子さねまってけれ。」
「んだかー。したっけ失礼するべ。」
パッと顔をあげたるみはを丸くして小さな声でつぶやいた。
「この、ほんずなし!(頭が足りない、ばか、の意味)」
でももう遅い。俺は椅子にしっかりねまった。
ねまれ・・・・座ってくつろいでください、という意味だ。「のぼ、そっただとこいねーで、ここさねまってれ。ほれ、かし、け(お菓子くえ)」幼いころ、祖母や祖父にいつもいわれていた。だからか自然に座ってしまった。
口角を少しあげて、ニヤッとした九十九先輩がこちらにゆっくり振り向いた。
「やっぱり。あなたもHk市あたりの出身ね。るみさん、あなたも。」
「どうしてわかりました・・・。」
「懐かしいお国言葉が昼休み廊下から聞こえたので。見たら、あなたたち2人だったわ。」
「み、見てたんですか・・・・」
るみはこわごわときいた。
「ええ、ちょうどお手洗いからもどってくるときに。」
「・・・・」るみは下を向いて黙り込んだ。
「・・・・いや、先輩もそうなんですね。Hk市なんですね。」
「いえ、ちがうわ。」勝ち誇ったように笑みを浮かべる先輩。
「じゃ、7E町?HOKUt市?、あ、わかった・・・ES町だ。」
「残念だけど私は正真正銘札幌生まれ。一応ね。でも、うちの家族は私以外みんなHk市生まれよ。」
鉄面皮のような笑顔のまま、先輩は告げた。
「祖父母や曾祖父母の家がHk市にあるの。だから、Hk弁もわかるのよ。」
「・・・く、似非Hk市民かあ・・・。」
羨ましい。苗字だけでなく、道都札幌に本籍があるのか・・・。婿養子行きたい。九十九先輩なら最高だ。
「また、はんかくせーこと考えてるべ。おめー。」るみがHkモードになっていた。
「な、なんもだ。なんもはんかくせーこと考えてねぇ。」おれはにやけてただろう顔に気をつけた。
「どうだか~」るみ、おめ、ほんとHkモードになると鋭いね。
俺はまじめなな顔で九十九先輩に向きなおすと
「で、俺たちがHk市出身と確かめて何がしたかったんですか?」
「それさえわかればよかったの。大丈夫。なまってることは言わないわ。」
九十九先輩はにこっと微笑んだ。
「じゃあ、早く頼んできてね。登くん。」
「え、はい、わかりました。」椅子から立ち上がると、おれは職員室へ向かった。
「うん、大丈夫!まかして。」
あまり豊かじゃない胸を貼ってその女教師は、自分の胸をたたいた。たたいてもピクとも揺れないところが涙を誘う・・・・。
「あ、ありがとうございます。」
きゅっと口もとをしめ、にっこりする御厨先生。
「佐藤、いや、登さん。もっと私を頼ってくれていいのよ。私はいつでも君の力になりたいと思っているのよ。」
穏やかにでも力強く御厨先生は言ってくれた。
でも、それはダメだ。おれはもう先生に迷惑をかけたくない。これは俺なりのけじめだ。そして意地だ。
PC準備室に帰ると佐藤が勢ぞろいしていた。
「どうだった?」
Sugar Babesのリーダーは開口一番きいてきた。
「うん、引き受けてもらったよ。」
おれが答えると、
『やったー』5人の佐藤は歓喜の声をあげた。
「ふふ、私の言った通りでしょう。の・ぼ・る・くん?」
いたずらっぽく笑って九十九先輩は言う。
「・・・・ぅん?なんか、あったのか登?九十九先輩と?」
祐一は顔色を変えて俺に叫ぶ。
「ほう、興味深い。何があったか教えてくれよ、登」貴もにやついて言う。
「部内での色恋沙汰は困るよ」仏頂面で不満そうな亮。
「え、なになに、なにがあったの?」わがリーダーはこの手の話が大好物らしい。
「いや、なんも・・いや何もない・・よ。」おれは必死に動揺を隠すように言った。
前髪から見え隠れする目をこちらに向けて、るみは声を出さずに口を動かした。
「ほ・ん・ず・な・し」
九十九先輩は俺たちの6人の様子を微笑みながらながめていた。
佐藤じゃなくても、甘くはない。
Hk市、またいきてなぁ~。