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宿の食堂で

「魔族ってさ」

「うん?」

 ボクはフィラと、宿屋の1階の食堂にいた。店内はにぎわってるけれど、すみっこのいい席なのは、フィラが長期滞在の上客だからだ。おごってくれるらしい。ほんとはもう眠くてしょうがないんだけど、泊めてくれるっていうし、つきあってあげなくちゃね。

 というか、この機会にいろいろこの世界について情報を集めなきゃ。

 なんかのスープと、なんかの肉となんかの野菜を炒めた謎料理。かちかちで味のないパンをスープにひたして食べながら、話した。ワインはかなり甘い。

「悪い人たちなんじゃないの?」

「なんでそうなるのさ。まあ中にはそういうのもいるけど、悪い奴がいるのは人間も同じでしょ」


 まあそうですね。今日だけでも、悪い人もいい人もいた。

「あたしは人間の精を吸うけど、悪いことじゃなくない? みんな喜んでるけどな、男も女も。まあ正体は隠してるけど」

「でも人間と魔族は仲悪いんじゃないの」

 3人の男たちは、魔族をひどく恐れてたみたいだったもんね。


「人間のほうが、勝手に悪いイメージ持ってるのよ。あなただって魔族のことなんにも知らないじゃない。知らないから怖がってるだけ。それにサキュバスなんて、人間の精が栄養よ。ある意味人間に依存してる。結構たくさん人間の街に住んでるよ。あたしみたいに、人間に化けてね。少なくとも、あたしは人間にそんな悪いイメージないよ? 知ってるから」

「そうなんだ…」

「魔族も、多くは人間と同じく『七人の女神たち』を信奉してる。ちょっと違う種類ってだけなんだけどね。まあちょっとってわりに、年齢の違いとかはあるけれど。魔族としてはまだ若いあたしだけど、この街のほとんどの人たちよりは年齢上だし」

「え、ボクよりちょっと下だと思ってたんだけど、何歳なのさ…」

「言うとショック受けるだろうから、言わない」

 気にはなるけれど、女性に年齢をきいちゃダメだよね。女性じゃなくて両性具有だけど…


「魔族だって、子どものころは普通に学校行って、成人して一人前になるために旅をしてるわけ。他の魔族のことはあんまし知らないけど、似たような感じじゃないかな」

「魔族にも学校ってあるんだ」

「そりゃあね、野獣じゃないんだから」

「見てみたいなぁ、魔族の学校」

「そうね、いつか行ってみるといいわ…サキュバイは数が少なくて、うちのサキュバス学校ではひとりしかいなかったからね…孤立はしちゃうよね…」


 多分、いろいろあったんだろうな。詳しく聞かない方がいいかもしれない。なにか嫌なことを思い出したのか、フィラの目のハイライトが急速に消えていく。ぶつぶつとつぶやいてる。

「…ほんとあいつら、いつか目にもの見せてやる…」

「ちょっと、闇落ちしないで」

「闇落ちは生まれつきよ、悪魔だけに」

「いやいや、トラウマになってるじゃないの」

「そりゃトラウマくらいあるわ、夢魔サキュバスなだけに」



「でもね、大きくなってくると、むしろ自分は特別なんだ、凡人のお前らとは違うんだって気持ちになってきて」


 そこらへんの心境は、ボクにもわかる。

 普通の人と違うことを、負い目から自信へ変えていくのは、多分生きていくために絶対必要なスキルだ。たとえ深く心のうちに秘めた自負であっても、それは自分を育てる栄養素になるし、それができなきゃ劣等感でつぶれちゃう。

 ボクも、フィラとまったく同じだ。人間と魔族という違いはあっても、ボクらは共通するものをいっぱい持ってる。


「ねえフィラ、ボク、きみのこと結構好きかも」

「え、なに、じゃあエッチしちゃう?」

「そういうことでなく」

「なんでそこまで拒絶するかなあ、身体の関係を。心のほうは、そこまで頑なじゃないみたいなのに」

「…」

「身体と精神で、ひとまとめよ。どっちが上なんてないんだから」

「それはそうかもしれないけど」

「そういえばカオル、あなた、ちょっとちぐはぐなのよね、心が。精神の乱れが妙に激しい気がする」

「そういうのわかるの」

「あたしはサキュバイ、人にある程度の方向性をもった夢を見させることができるんだから、そのくらい感じ取れるわ。なにか原因がある気がする。それが何かはわからないけど」



「あともうひとつ知りたいんだけど、さっき言ってた『七人の女神たち』なんだけど」

「それがどうしたの?」

「実はボクの生まれたところではあんまり知られてなくてさ、どういうのかちょっと教えてほしいんだけど」


 フィラは、ボクを黙ってじっと見た。ボクの中身をすべて見通そうとするかのような金色の光彩をもった目。とてつもなく異質で、力をもった目だ。ボクは思わず顔をそむけた。

 しばらくしてフィラはひとつため息をついて、言った


「…まあいいわ、今は深く追求しないでおく。あなたもいろいろ事情があるのは、見え見えだし。でも、『七人の女神たち』を知らないというのは、他の人には言わないでいたほうがいいわよ」

「…」

「この世界の最も中心となる概念が、『七人の女神たち』。この概念をもとに、すべての思想や技術、魔法が発展してるといってもいいくらい。ふたりの混沌の女神と、ふたりが産んだ5人の秩序の女神のことよ。単純な二元論を当てはめることはできないけど、闇と光、黒と白、無理数と有理数、女と男、抽象と具象といった感じ」

「宗教じゃないの?」

「その『宗教』というのがどういうものなのか、あたしはわからないわね。人間の新しい考え方みたいなものなの?」


 ボクが思うに、多分、それは宗教という枠を、とっくに飛び越えたレベルの基本的なものなんじゃないかな。むしろ、法則に近いものなのかもしれない。この世界には、ボクのいた世界の「宗教」という概念にうまく当てはまるものがないんだ。

 少なくとも、簡単な翻訳では表現しきれないものなのだろう。

 でも、こういう話となると、今のボクの知識では無理。まだ触らないほうがいいのかもしれない。



「ねえフィラ、確かにボクは隠してることはある。でも、多分いつかフィラには全部話すと思う。ボクとフィラは、なんか似てる。フィラが学校でひとりきりだったのと同じようなものだよ。きっと、いつか話すタイミングはあると思う。その時まで、待ってほしいな」

「学校でひとりきり…」


 しまったぁ! また彼女のトラウマを刺激してしまった。


「わかったわ。あたし、あんたを信じる」



 フィラはこう言うと、ワインを一気にあけて、満足そうに息を大きく吐いた。


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