フィラ
ギルドの外に出たら、街はもうすっかり真っ赤に染まり、夕暮れの涼しい微風に包まれていた。
しまった、魔法のお店に行ってみたかったけど、それより早く寝る場所を探さなくちゃ。
それに、いろいろ立て続けに起きたせいで気が張って忘れていたけど、死にそうなくらいに疲れ果ててるのに今さら気づいた。倒れそう…そういえばちゃんとしたご飯も食べてないけど、疲れすぎてお腹へってないや。
宿が数軒あるんだよね…やっぱり、やさしいおばさんの家で泊めてもらったほうがよかったかな。でも、さっきはいなかったけど、多分ご主人だっているだろうし、ちょっと気まずいよね。
とりあえず、さっきおばさんに教えてもらった一番安いという宿に行ってみたのだけれど、もう一杯ですってあえなく断られちゃった。
街のなかは見る間に闇が落ちてくる。早くしないと。どうしよう。
とりあえず別の宿に行ってみるかと、人通りのない裏通りをとぼとぼ歩いてた。
「ちょっと待ってくれない」
後ろから声をかけられた。なんか軽い調子の若い女性の声。
振り返ると、軽装の上にローブをひっかけた女の子。ぱっと見、ボクよりちょっと下、16、17といった感じ? 肩のあたりまで伸ばしている赤い髪は、まるで燃え上がる炎。切れ長の目は、いたずら好きのねこみたい。
あ、この子、ギルドにいなかったっけ。
「はい?」
疲れてて、返事をするのもおっくう。
ボク、ひどい顔をしてるんだろう、その子はくすっと笑って言った。ちらりと小さなキバが顔をのぞかせる。
「なんかボロボロじゃない。大丈夫? さっきギルドで騒いでた子よね。悪いんだけどさ、ちょっとお話ししましょうよ」
「疲れてるんで」
もう無理。ひとこと言うと、すぐ歩き出した。なんとなく、関わっちゃいけない感じがする。きっと、ろくでもないタイプだ。
「ちょっと待ちなさいよっ」
気づくと、いつの間にかボクの前に移動して、手を腰に当てて立ちはだかってる。元気だなあ。こっちは早く寝たいのに。
「なんなんですか、用なら早くして、まだ泊まるとこ決まってないのに」
ついぞんざいな口調になっちゃう。
「ふんっ、失礼な子。まあいいわ、あなたさあ、一体なに?」
「なにってどういう」
「何者なの。あんた、男でしょ」
「!」
え、バレてる? 警戒感で一瞬疲れもふっとんだ。街では今まで誰にも気づかれなかったのに、どうして?
「男なのに、なんでそんな恰好してるの? なんかのおまじない?」
「おまじな…ええ、そうなの! 小さい時身体が弱くて、女の子の恰好すると健康になるって、死んだおじいちゃんの遺言で。えへへ」
「あんた嘘めちゃくちゃ下手よね」
「…」
「ギルドでも思ったけどさ、あんたアホでしょ」
「ひどい!」
「でも女の子のふりする嘘だけは、すごい」
ボクに向かって、上から下まで、嘗め回すような視線を投げかける。
「というか、あんた人間じゃないでしょ? なんかちょっと匂いが違うのよね、他の人と。でも、こんな種族、聞いたことない」
「人間じゃなかったら、なんだっていうの」
「魔族とか」
「ねえ、どうしてボクが男だって思ったの」
「匂いでわかるわ」
「そんなことわかる人間なんているわけないじゃない」
「だって人間じゃないもの」
え、なんかあっさり認めた?
「じゃあなんなのさ」
彼女は、ちょっと周囲を見回して誰もいないのを確認すると、ふふんと鼻を鳴らして言った
「あたしは魔族。サキュバスの一族のフィラ、男女すべての人々の恋人、フィラよ」
「…」
「さああたしのことは教えたわ。あなた…えと名前なんていうの?」
「カオル」
「カオル、あなたもこれでもう隠す必要ないでしょ」
「いや、だから本当に人間なんだけど…」
「しつこいね」
「それより、サキュバスって、あれだよね、エッチな悪魔!」
正直、ボクは興奮していた。だって、サキュバスだよ! ろくでもないクマなんていらないけど、淫魔とかいるのか、この世界!
「んーなんかちょっと引っかかるけど、まあ、そうね。大体あってる」
「夢を見せて男を誘惑するって本当?」
「本当よ。でも、あたしくらいになると、別に夢なんて見せなくても、普通に声をかけるだけで大抵の男は、簡単にひっかかるわね。女はもうちょっと確率さがるけど」
「へええ、すごい!」
「そう? ま、たいしたことないかな」
「男版はインキュバスっていうんだよね?」
「そうね。でもね、あたしはあくまでサキュバスの一族ってだけで、正確にはサキュバスじゃないの。あたしはサキュバイ、サキュバスの上位種よ!」
「でも思ったより地味なかっこなんだね」
「化けてるに決まってるじゃない!」
さっと左手を上げたかと思うと、ぽんっ!と煙があがって、彼女の姿が一瞬で変化した。頭に1回くるっと回ったヤギっぽいかわいい角が生えている。小さなフリルスカートのついたビキニ状の服装で、かなり露出が多い。ボクにはとても無理なかっこ。エッチな恰好って、絶対できないだけにとっても憧れるんだよね。水着とか。
スレンダーで服に負けない身体のラインは、つい見とれちゃうスタイルの良さ。
「わっ、かわいい! それっぽい!」
ボクがきらきらした目ではしゃぐと、フィラは自慢げにスキップしてみせた。
「どう、どう? いけてる?」
「いけてる! かわいいなあ。でもサキュバイなんて、聞いたことないや」
「数がとっても少ないからね、サキュバイは両性具有、男女どっちだって相手できるのよ! どっちかだけなんて連中、お話しにならないわ!」
「どっちもOK最高だね!」
「でしょでしょ、あたし最強」
「両性具有いいなあ、ほんとなの!?」
「ほら!」
短いスカートを自分でばっとめくった。局部が大きくふくらんだ、ぎりぎりパンティーが露わになった。
「ちょ」
……
びっくりして口に手を当て、真っ赤になったボクは、そっと目をそらした。なんてものを見せてんだ。共感性羞恥というやつかな…まあボクも女性用はくとああなるし…
フィラはそっとスカートをもとに戻して、ほっぺたを赤くしてうつむいた。
「…ちょっと興奮しすぎたわね…」
「今のはちょっと…」
「で、あんたは実際、なんなの」
また手を上げて冒険者の姿に戻ったフィラは、気を取り直して聞いてくる。
「ほんとに人間だよ。ただ、女の子の恰好するのが好きなだけの」
「…なんとなく、他人には思えないんだけど」
「うん、実は、ボクも」
「ねえ、こんなところじゃなんだし、あたしの部屋に来ない? あんた今日泊まるとこまだ見つけてないんでしょ、夕食は?」
「どっちもまだなんです…でも」
「?」
「部屋に泊めて、まさかボクになんかする気じゃないでしょうね?」
「そうね、正直めっちゃ食いたい! あたしゲテもの大好きなの!」
「…」
「だって、あたし、吸精がお仕事だし。あたしなら、同時に責めてあげられるけど?」
「お願いだから、やめて」