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森を抜けて

 …

 ……

 あれ? ボクはどうしたんだ?

 目の前に樹々の梢と空。またか。またさっきと同じ光景。何度同じことを繰り返せばいいんだろう。

 次の瞬間、ひどい臭いがボクを襲った。

 口を押さえて体をねじり、吐いた。

 息をつく暇もなく、何度も襲う吐き気に、まったく抗えない。

 苦しい。胃液しか出ない。


 吐き気をなんとか抑え、上体を起こして周りを見ると、あまりにひど過ぎる惨状が広がっていた。

 太い棒状のものがいくつも地面に転がってる。手や足だったもの。もっと大きなかたまりもあったけど、ボクは見なかった。いや、目にはしたけど、理解したくなかったので、見なかった。

 また吐いた。


 だめだだめだ、ここにいちゃいけない。気が狂いそう。

 樹々の間からちらちら見える、明るい大きな道のほうに向かって、よろよろと歩く。早く逃げなきゃ。

 何かにつまづいた。下に目を向けてからしまったと思ったけど、「そういう」ものではなかった。さっきの男のひとりが持ってた背負い袋だ。べったりとどす黒い血がついてる。その脇には、弓の男の腰にあった短剣。鞘に入ったまま、転がってる。

 ボクの中の比較的冷静な部分が、持っていけと言う。

 心のほとんどと、体はそれを拒否する。触りたくない。

 血のついてない部分をつまんで袋を拾い上げ、短剣も拾って、ボクはその場から逃げた。


 すぐに広い道に出た。

 あれは何だったんだ。いや、わかるでしょ、あれは、さっきのやつらだ。その成れの果てだ。

 何がどうなったのかわからないけど、ボクがやつらに襲われて、意識を失って、そのあと何かがあって…

 ボク自身の身体は、頬がちょっと痛い以外は、特に何もおかしなところはない。襲われたあともない、と思う。未遂ですんだみたいだ。下着は、どこかになくなっちゃった。さっきの場所のどこかにあるんだろう。でも、またあそこに戻れるわけない。あきらめるしかない…


 いや、深く考えたらダメだ、多分、考えたら、ボクはほんとにダメになる。そういう予感がする。


 わけもわからず、また涙があふれてきた。なんかずっと、泣いてばっか。頭の端っこで、涙っていくらでも出てくるもんなんだなって思った。水分補給しなきゃ。

「もうやだよ」

 声をあげて泣いた。同時に、無性におかしくて、笑いがこみあげてくる。

「あはは、なんで、なんでボクがこんな目にあわなくちゃいけないの、なんで! なんでだよ…」

 声を上げて泣きじゃくるなんて、子どものころ以来じゃないかなあ。どうして人って、ちょっと大きくなると、声をあげて泣くのを必死に堪えるようになっちゃうんだろうね。あははは。


「誰か、助けてよ…家に帰りたいよ…帰してよ…」




 大声で泣いたら、ちょっと気持ちが落ち着いてきた。どんなに錯乱しても、どんなに泣いても、しばらくすると心は元の状態に戻ろうとする。このまま我を忘れてしまえれば、頭がおかしくなっちゃえれば楽なのかもしれないけど、許してもらえない。もう許してほしいなあ。


 おそるおそる、背負い袋の口を開けて、中身を道にぶちまけた。血まみれの袋はすぐに森の中に投げ捨てた。見るのも嫌だったから。


 紙に包まれた、携帯食料? ビスケットのようなものだ。

 何か液体が入った革袋。

 束ねられたロープ3束。

 小さくたたまれた紙。油を浸み込ませた紙のようだ。角には、ひもで縛ったような跡がついてる。多分これは野外で野宿する時の、雨よけだ。

 3つの、小物入れのような袋。

 これは…多分ライターのようなもの。ボタンらしい部分を押したら、カチッと音を立てて、火がついた。燃料のようなものが入っているようには見えない。

 小さな袋に入った、小さな丸い金属。銅らしき色のものが12枚、銀色のものが6枚。多分お金だよね、これ。

 革で装丁された小さな冊子とペン。中を見ると、細かい字で書き込みがいっぱいある。全部、読める。初めて見る文字だけど、ボクには日本語のように見えるし、読める。すごく不思議な感覚。


 多分、このメモは全部きちんと見たほうがいいんだろう。間違いなく、とても重要なヒントだと思う。それはわかる。これから生きていくためには、絶対必要なことだろう。でも、どうしても読めなかった、読みたくなかった。彼らとの関わりはあまりにひどいものだったし、これ以上、わずかでも関わりを持ちたくない。持っちゃいけないと思った。


 彼らの死に、自分がどのくらい関わっているのか、原因がなんなのか、まったくわからない。でも、無関係なわけがない。女神が言ってた「生き延びるための力」となにか関係があるんだろうか。少なくとも、今はまだ考えたくない。

 でも、それでもやっぱり、彼らの死は、ボクに覆いかぶさってくる。


 もしかしたら、この世界では、ボクのいた世界より人の命はすごく軽いのかもしれない。でも、ボクの生まれ育ってきたところではそうじゃない。そんな簡単に割り切れるわけがない。いくら人の弱みにつけこんで襲ってきたクズだからって、あんなことになるなんて、そんなボクに受け止められるわけないじゃない。確かに死んじゃえって思ったけどさ…いや、考えるのはやめよう…


 冊子と飲み物を入れた革袋は、道のわきの草むらの中に隠して置いた。莫迦なことをしてるのはわかってる。でも、無理。

「ごめんなさい」

 小さくつぶやく。

 これは、冊子を捨てたことに対しての言葉。それ以上でも以下でもないんだ。ほんとうだよ。

 他のものは、短剣含めて全部自分のリュックの中に入れた。



 多分、彼らは街からどこかに向かっていたんだ。そう考えるのが一番しっくりくる。口では街に帰る途中なんて言ってたけど、ボクをだますためのうそだったのだろうし。

 彼らは道のそばを流れる川の下流側から歩いてきた。そっちに街があるはず。

 違ってたら、仕方ない、もういいよ、なるようになるしかならないよ。


 下着をはいてない下半身が、こころもとないけど、仕方ない。

 ボクはとぼとぼと歩き出した。


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