夜道は気をつけよう
異世界ものの定型の導入で書いてみたいなと思いました。
でも、今風の感じには書けませんからね。自分だったらこうなりますって感じ。
どうしても細かいところを考えて設定していくと、自然とシリアスに寄ってしまいます。
ちょっと短めの節割りで、さらさらと続けていければいいなあ。
多分1週間に1、2回は更新できるかも。読んでくれる人がいるかどうかは知らんけど。
だめだめで、もぞこい女装男子が異世界に飛ばされて、さんざんひどい目にあうお話です。
ちなみに、作者はかわいいおとこのこをいじめて「ヒヒヒ」などといいつつ楽しみながら書いてるわけではなく、むしろ自分がこんな目にあっちゃったら…ドキドキ、という感じで書いてるんだからね、誤解しないでよねッ!(逆ギレ)
多分、ちょっとエッチなところもあります。
「お先に失礼しまーす!」
「その恰好で帰るの? もう遅いから気をつけてね、寄り道しちゃだめよ」
独身アラフォーだけど人生にあせりはないと断言する店長にあいさつして、ボクは繁華街のお店を出た。ボクらに気をつかってくれる優しい店長だ。店長から見ると、ボクはどうにも頼りなくて心配でたまらないらしい。心外だ。
白いシャツに赤いリボン、ハデじゃないチェック柄の膝上のプリーツスカート。ベージュの上着。白いソックスに、おろしたての茶色のローファー。派手じゃなく清楚な感じのかわいい服。ちょっと色を落としたショートボブの髪は地毛。ウィッグはあんまり好きじゃないからしない。
楽しいなあ。着てるだけで、もう心がうきうきするんだ。
通勤はいつも男の子モードなんだけど、時々、帰りに乙女モードで夜の街を歩き回りたくなる。暗いから、もしも知り合いにでくわしてもごまかせるし、そもそもよく見えないから、ほぼ男だってバレない。
全然見てもらえないってのも、不満なんだけどね。
乙女心は複雑なの。
数年女の子の恰好をする練習をしてきて、そうそうのことじゃもうバレたりしない。お肌のお手入れも毎日してるし、拷問のような苦痛に耐えて、血まみれになりながら脱毛もしてる。ひげはとっくに永久脱毛済み(これも毎回地獄だった)。声だって、練習を繰り返して男っぽくない声が出せるし。
かわいくなることに努力は惜しまない。
もともと背も低く、きゃしゃな体つきなのも幸いして、特にこういう世界のことを全然知らない人には、ボクのパス率はかなり高い。
特に特技なんてないボクの、唯一の自慢できることなんだ。他の人にとっては自慢にもならないだろうけど。
あんまり外にお出かけはしないけどね。たまに買い物に行くくらい。
ボクは大槻カオル、彼女なし、彼氏なし。どっちも欲しいけど、両方同時はまずいよね、多分。
郊外の二流大学に通ってる。学校では普通に男子学生してて、もちろんこのバイトは絶対秘密。お店に来る可能性のある同級生は…多分いない、と思う。
普段から男らしいとは絶対思われてないだろうけど、まさか男の娘のコンセプト・カフェで女装してバイトしてるなんて、みんな思ってないだろう。
隠しごとって楽しいよね? ボクも、この秘密のバイトが楽しくてたまらないんだ。
店長やお店の同僚は優しいし、お金も結構いっぱいもらえる。お客さんも、たまーにヤバげな人はいるものの、みんないい人たちばかりだ。多分、店長がいろいろ気をつけてくれてるおかげもある。
たまにやる、帰宅ついでの夜のお散歩も、ボクの秘密のひとつだ。
人影のほとんどない暗い路地裏を、女の子になったつもりで、歩きまわる。
星のない闇空におおわれた夜の街は、からっぽのモザイク模様。モザイクの中でさまよい迷うボクは、一匹の野良ねこかも。
お気に入りの緑のリュックにくくりつけた、キジトラねこのぬいぐるみキーホルダー。ボクはこのねこなんだ。
三角みみに金色つり目、長いしっぽをぴんと立て、自由気ままに街の裏側をさまよってる。
この前やっと見つけたサイズの、茶色のかわいいローファーが、うれしくてたまらないんだ。
「バカにされたって~しあわせっ♪」
つい笑みがこぼれて、お気に入りの曲を口ずさみながら、スキップしちゃう。
人に見られたらおかしい人と思われるかもしれないけど、そんなのどうでもいいや。
だって楽しいんだもん。
夜の静かな路地は、ボクの大事な遊び場なんだ。
カタッと背後で音がした。
ボクは立ち止まって、振り返った。何もない。
…よね? 電信柱のうしろの影のかたまりは、別になんでもないよね?
じっと目を凝らしてみる。よく見えない。
影がわずかに身震いした。
その瞬間、ボクは背骨にそって電気が走り抜けるのを感じた。
誰かいる?! ボクから隠れてる?
わけのわからない恐怖にいきなり体をわしづかみにされたボクは、それでも必死に自分をおさえて速足で歩き出す。
心臓が音をたててどきどき鼓動する。まわりに響いてないかな、大丈夫かな。
こわいこわい、なんで、せっかく楽しかったのに。
こんなに気持ちいい夜のお散歩だったのに。
こわくて後ろを振り返れない。
涙がにじんできた。
でも、確かに背後で足音がしたと感じた次の瞬間、ボクはもうがまんできなかった。
やみくもに走り出した。
死に物狂いで走った。スカートが足にからみついて、うまく走れない。
このまままっすぐ行けば、ほどなく明るい大通りに出る。
大通りに出てしまえば、もう駅はすぐ目と鼻のさきだ。
後ろで走る足音がはっきり聞こえた。
走りながら、後ろをちらっと見た。
ひとりの若い男の人が追いかけてくる。見たことある。そう、お店で見た。ひとりで来てて、話しかけても全然返してもらえなかった。今思えば、思い詰めたような顔をしてた気がする。
やだ、こわいよ、なんで追いかけてくるの!
なんでなんにも話してくれないの!
やだやだやだ!
まるで声が出なかった。心のなかで叫んだ。
だれか助けて!
自分の激しい息遣いが、妙に大きく聞こえる。涙があふれてきて、まわりがにじんでよく見えない。
暗い路地裏のビル群に、自分と、もうひとつの足音だけが響きわたる。でも、その音は闇のなかに吸い込まれてしまう。どこか、知らない世界に消えてしまって、もう二度と、人の耳に届くことはない。
いやだ、そんなところは嫌い、知りたくもない、怖いことなんて大っ嫌い!
もうすぐだ!
ほら、明るい大通りがすぐそこ、そこに出れば、誰かいる。
きっと、追いかけてくる人も、幻みたいに溶けて消えちゃうはず。
誰か、助けてくれるはず!
やった! 目の前がぱっと明るくなった。
次の瞬間、体全体に激しい衝撃が走り、視界の街や人や空が、ぐるっと大きく回転した。ビーッ、キキーッと、立て続けにすごい音。息ができない。
あれ、ボク、浮いてる?
グシャ。
そして、すべてが暗くなった。