グラフィック!
右肩上がり、右肩下がり、右肩左肩平行線。
あの人は、正比例の線のように上がってんな。
あの人は、反比例の線のように下がってんな。
あの人はまだ若いのに、ジワジワと下がってんな。
あの人はお年寄りなのに、滑らかに上がってんな。
各人の制空圏内で、額の辺りを中心として、ジグザグ線が走っている。
ジグザグ線は、横に走っている。
パッと見、針金か落書きのようだ。
あまり、法則性は見受けられない。
老若男女、各人それぞれ、ジグザグ線の作りは異なる。
若いのに、線の終点は下がっている人もいる。
老いているのに、線の終点は上がっている人もいる。
男で、滑らかに下がっている人もいる。
女で、滑らかに上がっている人もいる。
もちろん、各々、その逆もある。
でも、カップルを見ていて、気付いたことがある。
ラブラブなカップル、仲の良さそうな夫婦は、お互いの線がピッタリと一致している。
男女共に、終点までの線が、ある程度、ピッタリ一線になっている。
なんで分かったかと言うと、カップルふたりの線は、ふたりが共有する制空圏内に、重なって表示されるからだ。
それも、老若関係ないらしい。
かなりの高齢者カップルとか、小学生カップルでも、表示されている。
このジグザグ線は、何や?
まるで、グラフみたいだが ‥‥ グラフか。
それも、歩んで来た道 ‥ 過去人生のグラフか。
ちょっぴり、未来のグラフも入っているみたいやな。
カップルとか夫婦でも、お互い離れ気味の線になって、ちょっと離れた終点に行き着いているものもある。
おそらく、考え得るに、これらのカップルや夫婦は近い将来、別れるに違いないのだろう。
と思えば、仲の良い友達同士みたいな男女でも、線が近付いて来て、一致し重なって、ピッタリ一線になって終点に行き着いているものもある。
おそらく、考え得るに、これらの友達同士は近い将来、カップルとか夫婦になるに違いないのだろう。
うむ、面白い。
面白過ぎる。
何この、全能感!
道行く人々、道行くグラフを、眺め観察する。
熱中し過ぎて、足を踏み外し、赤信号に気付かなかったこと数回。
『おい、はしゃぎ過ぎやろ。落ち着け』
自分に注意を促し、深呼吸する。
10カウント吸って。
スーーーーーーーーーー
10カウント吐く。
ハーーーーーーーーーー
『どうどう』
自分をクールダウンさせ、仕切り直そうと、カフェに入る。
席を取り、カウンターに向かう。
ミルクたっぷりのカフェオレを注文し、店員さんのスマイルと共に受け取る。
席に戻ると、隣の四人席が埋まっていた。
既に、机の上には書類が開けられ、話が始まっていた。
注文もせずに、会議をするらしい。
まあ、よくあることだが。
話が、漏れ聞こえて来る。
どうやら、離婚話のようだ。
当事者とお互いの弁護士、2vs2で話しているらしい。
離婚は決定的で、条件詰めの段階に入っているらしい。
こういうカフェでは、いろんな会議がもたれる。
漏れ聞く言葉は、「ひとつよろしく」「そこをなんとか」「納期は」「ラインで送っておきました」「先方に連絡しておいて」等々。
こういう会議を開催する人々は、たっぷりの時間を多人数で、席を占拠する。
『いや、会議室とか他でやれよ』とも思うが、経済状況が厳しい昨今、サラリーマンも大変なのだろう。
でも、一般貧民や、格差の下の方の人々の憩いの場を、堂々と侵食して来んでくれ。
淡々と憤りを感じて、でも聞き耳を立てていると、お互いの弁護士の声がイラついて来ていた。
どうやら、条件詰めが、堂々巡りの段階に入ったらしい。
どちらも譲歩せず。
突破口見えず。
そして、お互い当事者は黙ったまま。
『一旦クローズして、頭冷やして、改めて機会持ったらどや?』と思いながら、当事者を盗み見る。
お互い目を伏せて、相手を見ないようにしている。
でも、お互いの弁護士を放っといて、ふたりだけの別世界を作っているような雰囲気だ。
『ホンマに、こいつら、離婚すんのかよ』
怪訝に思って、ふたりのグラフをマジマジと見る。
やはり。
やはりだ。
グラフは正直なもんだ。
ふたりのグラフは、ちょびっとの間を保って平行線で、ズーッと続いている。
そのまま、終点にまでたどり着いている。
つまり、今も、なんやかんや言っても仲良くて、これからも、なんやかんや言っても仲良く行くってこと。
何で、離婚話なんかになったんやろう。
何で、ここまで話が進んじまったんやろう。
あれやろな。
“当事者ふたり放ったらかしにして、周りが大騒ぎして、話し進めた”ってとこやろな。
ふたりも、そんな周りに気を使って、気付いてみれば、のっぴきならないところに来ちまったんやろう。
阿呆らし。
隣のテーブルに、体の向きを変える。
話熱中弁護士二人、目伏せ当事者ふたりは、全然気付かない。
むんずと、ふたりのグラフを掴むと、その二線をピッタリ重ね合わせる。
それだけじゃ、『また将来、同じ事態を引き起こすんちゃうかな~』と不安を感じた。
そこで、重ね合わせた線を、二重に巻き巻きしておく。
ふむ、相思相愛スパイラル。
ふたりは目を上げ、視線を交わし、眼で会話する。
同時に立ち上がり、お互いの弁護士の前を強引に通り、テーブルから出る。
テーブルから出たところで、寄り添い、手を繋ぐ。
繋いだ手を、小さく前後に動かし、カフェを出てゆく。
弁護士二人、ポカーン、フリーズ。
『おし』
俺は密かに、ガッツポーズ。
どうやら、受動的に見えるだけじゃなく、能動的に影響を及ぼすこともできるらしい。
神?
俺って、神?
やっちゃいました?
俺、やっちゃいました?
ああ、俺が悪人でなくて良かった。
満足気に優雅に、親指と人差し指を輪にしてを掴み、カップを持ち上げる。
小指を立てて、カフェオレを飲む。
一口飲んで、「ふう」と、息をつく。
二口飲んで、「ふう」と、息をつく。
ちょっと、落ち着く。
わりと、落ち着く。
落ち着いたところで、現状を整理する。
人を見ると、その人の辺りに、グラフが見えるようになった。
どうやら、そのグラフは、その人の過去及び、ちょっとした未来を表わしているらしい。
しかも、そのグラフの線を、細工することもできるらしい ‥ ってゆうか、できた。
もしかして、今の俺って、人の人生(ちょっとした未来限定だけど)を自由に左右できるってこと?
‥ できるってことなのかよ!
いや~、まいっちゃったな~。
まいっちゃうのはええけど、俺どうすんねん。
こんな能力に目覚めて、俺どうすんねん。
世界平和に役立てる?
いやいや、大時代的に、大きく出たな。
有り得へんし、手法分からんし。
大体、人前出るの、むっちゃ苦手やし。
周りとか、隣近所とか、学区内だけでも仲良くする?
それも、色々しがらみとかあって、ややこしそうやな~。
めんどくさそう。
ヘンに感謝されて、表舞台に出されたりしたら、うざい。
とりあえず、当面の対処法というか、方針は出す。
『なんや不自然そうな関係の人がいたら、自然な状態にしてあげる』
これでいこう。
大それた考えを持たず、小さなことをコツコツとする。
これぞ、きよしハート、ショージクオリティ、新喜劇マインド。
カフェオレを飲み干し、ナプキンで口をぬぐう。
カフェオレ味の息をして、席を立つ。
隣の席の弁護士二人は、既にいない。
弁護士さんは、一分一秒、忙しい。
カフェオレ味の息をして、カフェを出る。
町中は、なんやかんやと、人が行き交う。
人ごみとは言わんが、スペースが充分過ぎるくらいあるが、人は目に着く。
但し、行く人行く人、来る人来る人ほとんど、歩きスマホに従事している。
画面見て、前見てないから危ない。
あまつさえ、耳をイヤホンで塞いでいるから、危ない。
でも、ぶつかったら、こっちが悪いみたいに睨まれる。
『ああ?お前が悪いんやろ』
とは思うが、睨まれても、にこやかに微笑み返す。
そうすれば相手は、ちょっとバツ悪そうに、スゴスゴ通り過ぎる。
珍しく、歩きスマホをしていない人が、歩いて来る。
案の定、腕を組んだカップル。
さもあらん。
が、なんか違和感を感じる。
スッキリ腑に落ちん ‥ 腹に落ちん感じがする。
カップルが近付いて来る。
カップルふたりをちゃんと見て、横目で観察して、その原因が分かる。
男性は体格も顔も、格好も立ち居振る舞いも、二十代後半らしく、おかしい所は何も無い。
違和感の源は、女性だった。
近付いて来た女性は、どこかしら機械的で、どこかしら扁平的。
どこがどうというわけではないが、どこかしら漂うケミカル感。
ある程度の歳を重ねたアイドルや俳優(男女問わず)に、漂うのと同じ雰囲気。
ハタッと、と思い付く。
『ああ、そういうわけね』
おそらく女性は、男性より、かなり年上なのだろう。
その差を、科学の成果で埋めているのだろう。
でもそれは、カツラといっしょで隠し切れずに、分かってしまう人には分かってしまうのだろう。
ま、ほとんど分かってしまうんですけどね。
でも、“恋は盲目”の男性は、分かってないんだろうなー。
違和感の原因が分かってしまったので、『どれどれ』とばかりに、ふたりのグラフを眺める。
『あちゃー』
思った通り、ふたりのグラフの間には、大きな隔たりがある。
恋人同士や友人同士、いや、他人同士よりも大きな隔たり。
そして、男性のグラフが舞い上がっている感じなのに対し、女性のグラフは、獲物を狙うかのような冷徹なグラフ。
これはやっぱり、あれですか。
いわゆる、赤サギさんですか。
猟師:女、獲物:男。
人の恋愛とか宗教とか政治とか、本人が満足してやってんのやったら、こっちは別にどうということもない。
こっちがいい機嫌で日々過ごしてんのに、強制して来たら、全力で対処するけど。
だから、本人が満足してんのやったら、ま、ええか。
スルーしようとした。
スルーしようとしたんだ。
が、すれ違い様、女性の顔が目に入る。
唇の端をニヤリと歪めて、冷酷な笑みを浮かべていた。
男性には、見えない方の顔半分で。
ダメだー。
見ちまった。
過ぎ行くふたりの背中に浮かぶ、グラフをしっかり捕まえる。
男性のグラフを、急降下させる。
女性のグラフを、急上昇させる。
ふたりのグラフが交差しても、それぞれの線を急降下急上昇させる。
これで近い内に、心情的に、お互いの立場が逆転するやろう。
そして、それは、開いて行くやろう。
その後どうするかは、本人達次第。
ええ方に転んでくれたらええけど。
でも ‥ ああ、お節介。
ああ、見て見ぬ振りできず。
因果な性格やで、ホンマ。
反省と後悔と、ちょっぴりの満足感を胸に抱く。
なるべく人のグラフが見えないように、人の人生を左右しないように、目を伏せ顔を伏せ、町中の道をゆく。
が、どうしても、進行方向を確認する為に、時折、顔を上げざるをえない。
視線を、走らせざるをえない。
どうしても、グラフが眼に入る。
『もお、ソッコーで、サングラスを買いに行こう』と、強く思う。
あと、もうちょいだ。
やっと、家に着く。
いつのまにやら、“全能感”が“地獄の責め苦”に、すり替わっている。
少し、わりと、確かに、足が速まる。
家の玄関前に、男女ふたり組が、佇んでいた,
俺を見つけると、ふたりとも手を上げる。
どうやら、俺を待っていたらしい。
まあ、俺しか目当ては無いやろな。
なんてったって、ふたりとも友達なんやから。
ふたりは学校の友達で、お互い幼なじみ(俺は違うけど)。
お互い曰く、「腐れ縁」。
俺も、「腐れ縁」と言える、異性の友達が欲しいぜ。
俺を含んで三人とも同じクラスなので、よくつるんで、遊びに行ったり遊びに行ったり遊びに行ったり、勉強したりしてる。
「どうした?」
「ちょっと相談があって ‥ 、な?」
「うん」
男が答え、女が続く。
阿吽の呼吸。
ツーと言えばカー。
「ま、入れや」
いつもにまして、阿呆らしさを感じる。
いつもにまして、もどかしさを感じる。
その心を押さえ込み、苦笑と共に、家の中へいざなう。
ふたりは何度か、ウチに来たことがある。
で、勝手知ったる他人のナントカで、俺の後を、スッス、スッス付いて来る。
俺の部屋の中に落ち着くと、部屋に備え付けてるラックから、ペットボトルを取り出す。
「ほい、ほい」
お茶の入ったペットボトルを、ふたり各々に、放り投げる。
自分の分ペットボトルを取り出す。
三人は、車座になって座る。
各自、体の前にペットボトルを置くと、手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
ペットボトルを開け、「ゴクゴク」「コクコク」「ゴキュゴキュ」と飲む。
ペットボトルから口を上げ、「プハー」「フー」「ブハー」と声を出す。
「で、何しに来たん」
「いや、大した用事や無いねんけど」
ふたりは、目配せを交わす。
何か意味深。
結論から言えば、大した用事では無かった。
ホンマに無かった。
全く無かった。
映画を見に行きたいから、(俺をダシとする為に)誘ったらしい。
『俺をダシとする為に』は、俺の心の叫びだ。
なんや、こいつら。
ふたりで行けや。
アリバイ作りの、タッチ編成とか、いきものがかり編成とかいらんねん。
確かに、お前らと仲ええし、大切な友達やけど、イライラすんねん。
じれったいねん、イーッとなるねん。
早よ、くっつけや。
俺に遠慮なんか、1ミリもいらんねん。
ふたりのグラフに、目をこらす。
グラフは、ズーッと寄り添っている。
『うわー』
思わず心の中で、空虚な驚きの声を上げる。
おそらく、こいつら、出会った時から、寄り添ったグラフを描いている。
が、驚きの声の原因は、別にあった。
寄り添うお互いのグラフの間に、わずかな隙間が空いている。
想定、約1ミリ。
それがズーーーッと続く。
上下のグラフの動きに構わず、1ミリの間隔を空けて、二本のグラフは寄り添う。
うわー。
典型的な、相思相愛幼なじみの、歩んできた道ですか。
今はええかもしれんけど、後になったらえらいことになるで。
ほら、昼ドラとか、そのパターン多いやん。
しょーがねーなー。
右手一本でガシッと、ふたりのグラフを掴む。
ガシガシギシギシと、二本のグラフを重ね合わせて、握り締める。
右手一本では、はみ出す線があったが、『後は、放っといても大丈夫やろ』と思い、そのままにしておく。
グラフをいじった途端、案の定と言うべきか、場の雰囲気が変わる。
ふたりの間に、何か飛んどる。
赤いヒラヒラした丸いもんとか、羽の生えた子どもとか。
まあ、雰囲気が生み出した、目の錯覚やろうけど。
「俺は用があるから、ふたりで行けば?」
「あ、そうする」
「うん」
あら、あっさり。
こちらの予想を遥かに超えて、斜め上を飛んで行くほどあっさり。
京風の出汁ですか。
ふたりは、『後ろ髪を引かれる思いって、何それ?』みたいな感じで、部屋を出て行く。
あまりにもあっさりし過ぎて、引っ掛かり無さ過ぎて、その場に取り残される。
俺の部屋やけど、なんか虚しい。
窓を開けて、家から出るふたりを眺める。
ふたりは、“俺が見送る”可能性を、露とも感じていないらしい。
家を出るやいなや、さも当然というように、手を繋ぐ。
早や!
数分前の君達はなんや。
加速装置でも付いてんのか。
お母さん、お父さんに恥ずかしいと思わんのか。
ふたりのラブラブ状況に、とりあえずのツッコミを(心で)入れて、窓を閉める。
はてさて、どうしたもんかね。
自分が手に入れた力が、嬉しくもあり気色悪くもある。
誇らしくもあり、疎ましくもある。
どうも、積極的に使おうと言う気が失せた。
元より、『世の為、人の為に使おう』という思考は無い。
とりあえず、様子見、ウェイティング。
結論を、どっかの国如く、先送りすることに決める。
でも、なんにせよ、早急に、濃いサングラスを買うことは決める。
ヘタな能力芽生えた為に、出費が増えた。
ちょっとうざいな、この能力。
風の噂。
ふたりが、別れたらしい。
俺と仲の良かった、幼なじみ男女ふたり組。
『なして!なしてよー!』
能力を全否定された気がして、勝手なもので、悲しく虚しくなる。
俺の能力は、一時的なものなのか。
ほんのちょっとの時間のものなのか、
そうか。
そうなのか。
確認したい。
が、ふたりを呼び出すのは、めんどう。
ふたりが顔合わせて、いざこざ起こして、それに直面するのもまっぴら。
と思ってたら、向こうから来た。
男の方が、俺を訪ねて来る。
俺が尋ねてもいない、別れた原因とかそこらへんの状況を、次々デロデロと話す。
いや、そこらへん訊いてへんし、そこまでは聞きたくないし。
なんやかんや言うて、こいつ話したいんやな。
男は、一通り話すと、「“話し残していないこと”は無いか」を何度も確認して、話を終える。
『もう用は済んだ』とばかりに、スッキリした顔も高らかに、帰途に着く。
あいつ、何しに来よってん?
ああ、報告か。
そんな自己満足の報告とか、いらんねん。
本人はスッキリしたかもしれんけど、こっちにはダメージが残ったわ。
人のこと考えとらへんな、あいつ。
しばらくして。
女の方が来た。
状況の進み方、話の展開、そして終わり方、右に同じ。
『まったくどいつもこいつも、なんで自分のことしか考えてへんねん!』
憤るが、自分も同じようなもんなので、口には出さない。
しかし、なんで、こんなことになったんやろ。
思いを巡らす。
『“俺がお節介を焼いた”のが原因』であろうことは、認めざるを得ない。
しかし、今までの仲の良さを、ブッ壊すまでのことはしていない。
ギュって、握っただけのこと。
右手で、ギュって。
右手だけで、ギュって。
右手分だけ端残して、ギュって ‥
‥ それかー!それなのかー!
ちゃんと端まで、最後まで握っておけばよかった。
推測するに、こうだ。
・握った期間、ふたりは、もうメッチャ仲良くなった。
・その期間がすぎると、反動で、ふたりはちょっと距離を取った。
(水道のホースを二つ、まとめて握ると、それぞれの端は、あさっての方を向く現象
みたいな感じ)
・その急激な距離の取り方は、今までの“友達以上恋人未満”な、ふたりにとって
都合良かった心地いい距離よりも大きかった。
・今まで、その絶妙の距離をキープして仲を育んで来たが、一時的にせよ距離が
広がったことで、仲の乖離が進んだ。
(地球からある程度離れると、重力の作用が無くなって、地球から離れる一方になる
感じ)
・結果、今に至る。
突き詰めて言うと、俺のせい。
ああ、やめときゃよかった。
一組のカップルを、リアルに自分の手でブッ壊した。
もう、『一時的なものか見極める』とか、様子見とかしてる場合ちゃうな。
キッパリと封印しよ。
封印の印に、左鎖骨のくぼみに、刺青シールを貼る。
スカルとかセクシー美女のシールとかだとなんなんで、九曜巴の家紋シールを貼る。
九曜巴のシールもどうかと思うが、服着ちまったらそもそも見えんし、よしんば見えても、他の人には分からんやろ。
日々の生活に、変わりは無い。
穏やかそのもの。
外出時、濃いサングラスをするようにはなったが。
サングラスをして、気にしないようにすれば、なんてこたあない。
チラつきはするが、そこまでだ。
ま、太い色濃い飛蚊症みたいなもん。
今日も外出。
図書館へ外出。
愛用している図書館は、おそらく市内で一番大きい。
開架も閉架も、冊数が多い。
子ども図書館も、併設されている。
入り口入って左手が、子ども図書館のフロアになっている。
絵本から学習まんがまで、幼児から小六まで、はたまたその世代向けの雑誌まで、幅広く種類多く取り揃えている。
おかげでいつも、大繁盛だ。
今日も、子ども達、家族連れで、ほとんどの席が埋まっている。
ん?
その内の一組の家族連れに、違和感を抱く。
なんか、微妙なズレを感じる。
サングラス越しに目を凝らすと、その原因が分かった。
各々のポジションが、奇妙にバラバラだ。
子どもを真ん中にして、左右に親が座っている。
それはいい。
まず目に付くのは、そのスペースだ。
子どもから親までの空間が、なんともじれったい。
本来あるべき、“親子の空間”より広いというか、隔たっているというか。
友達以上恋人未満ならぬ、他人以上家族以下みたいな距離感。
そして、各々の姿勢。
子どもが前を向いて、本を読んでいるのは、まあいい。
向かって右に座る母親は、更に外に開くように、左向き(俺からは向かって右)に体を傾けて、本を読んでいる。
向かって左に座る父親は、更に外に開くように、右向き(俺からは向かって左)に体を傾けて、本を読んでいる。
母父で間逆、お互いそっぽを向いてる感じ。
いや、それ、あかんやろ。
家族感というか一体感というか、親密感が皆無。
なんか、その微妙なズレが、気持ち悪い空気感さえ醸し出している。
なんや、こいつら。
サングラスをスチャッと外し、意識してズズンと三人に目を凝らす。
あ、なるほど。
グラフが、てんであっちゃ向いてる。
三人のグラフを重ね合わせても、ピタッと一致しようがない。
おそらく過去は一致していたのだろうが、今となっては隔たって伸びている。
グラフから読み取れることは ‥
昔仲良かったけど、徐々に家族間の距離が開いて、隙間風が吹いて疎遠になって、それに伴い仲も悪くなって、今や離婚寸前家庭崩壊の、図書館に来た三人家族ってとこか。
ま、分かってしまえば、珍しくもない。
興味無し。
サングラスを掛け直そうとした時、子どもが読んでる絵本が目に入る。
【トッキュウジャーかぞく】
その読んでいる絵本で、俺は分かってしまう。
子どもの気持ちを、ハッキリしっかり明確に分かってしまう。
しょーがねーなー。
サングラスを襟口に書け、襟口から右手を突っ込む。
左鎖骨のくぼみにある、九曜巴の封印シールを、一回タップする。
三人のグラフをむんずと掴み、離ればなれのグラフを重ね合わせる。
グラフの週点まで念入りに、グラフを重ね合わせる。
作業を終えるやいなや、三人の距離が近付いた気がする。
母と父の姿勢が、明らかに内向きに、子ども向きになったような気がする。
子どもが絵本から、目を上げる。
前の席に座っている俺に、視線を投げ掛ける。
最初は『ほ~』とした視線だったが、何かを感じとったのか、意志ある視線に変わる。
俺は.襟口から右手を突っ込む。
左鎖骨のくぼみにある、九曜巴の封印シールを、一回タップする。
襟口に掛けていたサングラスを掛ける。
ガタッ
席を立つ。
スッスッ
歩き去る。
立つ鳥跡を濁さず。
{了}