●97 side リディア
おもむろに先程食べたカエルの丸焼きに使っていた串を手に取った。
そして串を片手でくるくると回す。
ただの木の枝だが、エラ程度はこの枝一本で殺すことが出来る。
「……で、お前は王国に何を頼まれているのじゃ。ショーンを連れ帰るように言われておるのか?」
「王国には、ショーンくんを探して勇者パーティーに復帰させるように言われているわ。でもあなたがショーンくんと一緒にいる以上、それは難しいでしょうね」
エラも、妾が木の枝一本で自分を殺せることに気付いているのだろう。
冷や汗が首筋を伝っている。
「妾がどうこうより、ショーンを復帰させても、勇者がまたパーティーからショーンを追い出すのではないか?」
「そうかもしれないわねえ。はあ、勇者にも困っちゃうわ」
「お前はどうする気じゃ」
妾の問いかけに、エラは言葉を選びながら答えた。
「ショーンくんを見つけたという報告をすると、勇者パーティーに復帰させろって圧をかけられるのよね。だから黙っていようかなって。何よりも、下手に報告をしてあなたに恨まれるのは恐いし」
「……これからは、妾たちの旅からは離れてくれるのじゃな?」
「さすがにそれは出来ないかも。魔王が勇者パーティーのメンバーを連れ歩いてるのを見逃すのは、ちょっとね。王国にバレたら、私は魔王の仲間認定されかねないもの」
ポーカーフェイスを気取っているが、エラの首筋にはさらなる汗が伝っていく。
「ショーンを見つけた報告をしないことは、王国に言い訳が立つのか?」
「現在魔王を泳がせてショーンくんを連れ歩く意図を調査中です、って言うつもり」
「それは『なぜ魔王を見つけたのに報告しない』とより面倒くさいことになると思うぞ」
「うわあ、そうかも。えー、どうしよう」
エラは自身の置かれた状況が、自分が思っているよりもずっとマズいと気付いたらしく、ポーカーフェイスを崩して顔を青褪めさせた。
「お前がどう行動するもお前の自由じゃが……ショーンと妾の旅を邪魔するようなら、叩き潰すまでじゃ」
「ひゃあ、過激ー! これは私の手に負える案件じゃないかも。命は惜しいもの」
エラが、がっくりと項垂れた。
「賢明な判断じゃのう」
「じゃあこの魔物の住処を出たら、二人とはお別れするわ。そして私は何事もなかったようにショーンくんを探す任務に戻る。私はゴング町でショーンくんとニアミスしていたのに、ショーンくんが変装をしていたから気付けなかった。だから間抜けな私は、今まで通りショーンくんを探し続けるの」
「妾、物分かりの良い人間は好きじゃよ」
「ありがとう」
余計なことに首を突っ込まないことは、弱者が長生きをするコツだ。
エラはそのことを知っている。
……知っているにしては、度胸のありすぎる性格がそれを邪魔している気もするが。
「妾のことを魔王リディアだと思いながらも不遜な態度を取ったことは評価してやる。今の任務が終わったら、お前のその度胸、妾の下で活かす気はないか?」
妾の誘いに、しかしエラは首を縦には振らなかった。
「人間を敵に回せってこと? ご冗談を。私は人間の町で、美味しいご飯を食べながら過ごしたいの」
「……好ましい理由じゃな」
魔物がどうとか、人間がどうとか、エラが妾の誘いを断ったのはそういう理由ではなかった。
魔物の下に付いたら、人間の作る美味しい料理を食べられなくなるから。
魔物と人間が憎しみ合っている世界で、食事を基準に身の振り方を決めるとは、自分本位で見どころのある奴だ。




