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俺は『鋼鉄の筋肉』から貰った呪いのゴーグルを、指にひっかけてくるくると回しながら歩いていた。
いろいろあったが、この町とも今日でお別れだ。
「せっかく報酬をくれるというのに、それだけで良かったのか? 何の役にも立たんじゃろう」
隣を歩く魔王リディアが、雑に扱われる呪いのゴーグルを見ながら聞いてきた。
「あんな状態の『鋼鉄の筋肉』から報酬は貰えませんよ。その代わり、俺の分の報酬でルースさんのお子さんにプレゼントを買ってもらうことにしました」
あのあとマーティンは、ダンジョン攻略の報酬として俺に賃金を支払うと申し出た。
その際に聞かされた報酬額は、俺の予想よりもずっと多いものだった。
きっとボスモンスターと戦った功績と、傷を負った見舞金も含まれていたのだろう。
「プレゼントの用意はマーティンさんに頼んであるので、これをきっかけにルースさんと仲直りしてもらえたら良いなと思いまして」
「大の大人の喧嘩にショーンが気を回すこともないというのに。お節介じゃのう」
「あはは。短い間でしたが、『鋼鉄の筋肉』にはお世話になりましたからね。ささやかな恩返しですよ」
* * *
俺と魔王リディアが町を歩いていると、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「そこの少年、女難の相が出ておる」
「知ってます」
この町に来たばかりのときに出会った、占いおばばだ。
「……って、一文無しの二人ではないか。行った行った!」
「自分から呼び止めたくせに、酷い言い草じゃのう」
占いおばばは、俺たちが一文無しの二人だと気付いた途端に、虫を追い払うようにシッシッと手を振った。
しかし俺は占いおばばのシッシッに負けず、占いおばばに近づいた。
「そういえば俺、あなたに聞きたいことがあったんです」
「金を払わぬ者に使う時間は無いのじゃ」
占いおばばはそう言ったが、周辺に客の姿は見当たらず、どこからどう見ても暇そうだ。
「そう言わずに。すぐに終わりますから」
「……話を聞くだけじゃ。占ってはやらんぞ」
占いおばばは迷惑そうな顔をしていたが、一応は俺の話を聞いてくれるらしい。
俺は占いおばばの気が変わらないうちに話し始めることにした。
「占いおばばさんは未来が視えるんですよね? でも未来ってたくさんあるじゃないですか。どの未来をお客さんに伝えてるんですか?」
「未来がたくさんある、じゃと?」
占いおばばは眉間にしわを寄せながら俺の顔を見た。
俺は構わずに話し続ける。
「どの因果を掴むかによって、未来は変わってしまいます。でも占いおばばさんは一つの未来を選んでお客さんに伝えてるわけですよね? どの未来を選んでるんですか? 基準はあるんですか?」
「……お前は何を言っておる?」
俺の質問攻めに対して、占いおばばは答えをくれず、質問に質問を返してきた。
「ですから、どの因果を掴むかによってその先の未来は決まるじゃないですか。どの因果の先の未来をお客さんに伝えてるんですか? もしかして占いおばばさんも、一本の因果の糸を選んで掴み、未来を確定させてるんですか?」
俺の言葉を聞いた占いおばばは、大袈裟なほどに大きな溜息を吐いた。
「お前はおかしなことを言うのう。いくつもの未来が視えるわけはなかろう。それに未来を確定させるなどもってのほかじゃ」
「そう……なんですか?」
もしかするとこの占いおばばは、適当なことを言って客から金を巻き上げるインチキ占い師なのだろうか。
求める答えを得られず占いおばばのことを疑い始めた俺に、占いおばばが付け加えた。
「言っておくが、わしに占いの能力が無いわけではないぞ。いくつもの未来を視たり、未来を確定させたり、そんな次元の違うことが出来る者は、この世に存在しないのじゃよ。覚えておくと良いぞ、少年」
「は、はあ」
それが出来るのが、俺のユニークスキル・ラッキーメイカーなのだが……。
しかしこの占いおばばにユニークスキルをひけらかしても、何の意味もないため黙っておく。
すると占いおばばは、笑いながら言った。
「もしそんなことが出来ると抜かす奴がいたら、そいつは詐欺師じゃ」
言わなくて良かった!
もし占いおばばにユニークスキルのことを話していたら、俺は詐欺師だと罵られるところだった。
「ふむふむ。お前は詐欺に引っ掛かりそうじゃからのう。せいぜい気を付けることじゃ」
占いおばばが俺の顔を覗き込んで、ニヤリと笑った。
* * *
占いおばばと別れた俺たちは、町を出て草原を歩いていた。
どうやら今日は『鋼鉄の筋肉』の鍛錬は行なわれていないようだ。
「俺が占いおばばと話している間、ずいぶんと静かでしたね、リディアさん」
「占いおばばと口調が似ている妾が喋ったら、ややこしいと思って黙っておった。感謝するといい」
魔王リディアは不本意そうに、そう言った。
「気を遣ってくださってありがとうございます。正直助かりました。リディアさんの言う通り、リディアさんと占いおばばさんは口調が同じなので」
「似ているだけじゃ。同じではない! そこを間違えることは許さないのじゃ!」
俺が礼を述べた途端に、魔王リディアはぷんぷんと怒りだした。
「リディアさんの怒りポイントがよく分かりません……」
頬を膨らませていた魔王リディアは、俺をちらりと見ると、一転して口の端を上げた。
「それにしても、ショーンに女難の相か。今さらじゃのう」
「女難の相……あ。じゃあ、この呪いのゴーグルを装着しましょうかね。女難の相が出ていても、女性に近寄られなければ被害を減らせるはずです。まあ、あまりにも女性からの当たりが強かったら外しますが」
俺は腕にひっかけていた呪いのゴーグルを装着した。
「あの占いおばばが適当なことを言っているだけの可能性もある…………というか、ショーンはゴーグルが激しく似合わんのう。ダサい人間と仲間と思われたくないから、妾から離れて歩いてほしいのじゃ」
さっそく魔王リディアからの当たりが強くなった。




