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目を開けると、屈強な男たちが俺の顔を覗き込んでいた。
しかも寝心地が悪いと思ったら、筋肉で盛り上がった脚に膝枕をされているようだった。
どうせ膝枕されるなら、女の子の膝枕がよかった……。
と考えたところで、自分の思考がクシューに汚染されていることに気付き、慌てて頭を振った。
身体を動かしたことで、俺が覚醒したと判断したらしいマッチョが話しかけてきた。
「おう、起きたか」
「ボスモンスターは……? ダンジョンはどうなったんですか?」
開口一番そう聞くと、膝枕をしているマッチョがある一点を指差した。
そこではマーティンやギルドメンバーが、入手したアイテムを仕分けしていた。
「ボスモンスターは、マーティンさんを中心としたベテランメンバーが倒したよ。だからダンジョンは消滅した」
「良かったです」
「応援が到着するまで、たった二人でよく持ち堪えられたな」
男は二人で持ち堪えたと言ったが、ほとんどの攻撃はマーティンが行なっていた。
俺はボスモンスターの片目を負傷させたものの、そのあとはずっと逃げ回っていただけだ。
……その割には、俺と違ってマーティンはピンピンしているようだが。
「マーティンさんは元気なのに、俺はご迷惑をおかけしてしまって申し訳ないです」
俺の言葉を聞いた膝枕マッチョは、大声で笑い始めた。
「あっはっは! マーティンさんと比べちゃダメだって。あの人は人間よりもゴリラ側の人だからさ。力も回復力も人並外れてるんだよ」
ゴリラ側の人。
文脈からして褒め言葉なのだろうが、すごい単語だ。
いつまでもマッチョに膝枕をされているのもどうかと思い、ゆっくりと身体を起こした、そのとき。
遠くから怒鳴り声が響いてきた。
「今なんつった!? もう一度言ってみろ!」
「何度でも言いますよ。僕はもう、あなたにはついて行けません」
声のする方を見ると、言い合いをしているのはマーティンとルースだった。
「お前にとって『鋼鉄の筋肉』は、その程度の存在だったのか!?」
「僕は『鋼鉄の筋肉』に身も心も捧げてきましたよ。子どもの顔よりも部下の顔を見る時間の方が長いくらいにはね」
頭に血が上った様子で怒鳴るマーティンに対して、ルースは冷静な口調だった。
その様子はまるで、何を言われても揺らがないほどに、気持ちが固まっているように見える。
「お前にとっても『鋼鉄の筋肉』が、それほど大切だったということだろう!? お前は結成時に『鋼鉄の筋肉』が何よりも大切だと言っていたはずだ。それなのに、なぜ!?」
「……今の僕にとっては、家族の方が大切なんですよ」
「なっ!?」
あまりにもきっぱりと言い切るルースに、マーティンは面食らったようだった。
「確かに昔は『鋼鉄の筋肉』が、人生で一番大切なものでした。でも今の僕には、それ以上に大切なものが出来ました。家族です」
ルースの言葉を聞いたマーティンは、口をパクパクとさせている。
何かを言い返したいものの、言葉が出てこないのだろう。
「そうなった今、家族との時間を奪う『鋼鉄の筋肉』は、俺にとって枷でしかなくなってしまいました」
「枷……お前、そんな風に思ってたのかよ……」
絞り出したマーティンの声は、可哀想なほどに掠れていた。
「『鋼鉄の筋肉』の仕事量は、常軌を逸しています。それに新人を大事にするあまり、ベテランメンバーに我慢を強いる場面が多すぎます」
「それは、新人に逃げられたらギルドを大きくはしていけねえから……」
「ベテランメンバーは新人を守って死ねと?」
「んなことは言ってねえだろ。そんな方針を掲げたこともねえし」
マーティンは否定したが、彼の否定をルースはさらに否定した。
「無意識だったんですね……でも、掲げているんですよ。さっきのダンジョンだって新人を逃がすことを優先せずに、マーティンさんとショーンくんと僕がボスモンスターと戦っていたら、すぐにボスモンスターを倒せていたんですよ」
「新人を逃がしてからでも、無事にボスモンスターを倒せたじゃねえか」
「それは結果論です」
ルースは静かに言葉を放った。
確かに俺の掴んだ因果でもボスモンスターを倒せたが、新人が怪我をする代わりにあの場ですぐボスモンスターを倒す未来だってあった。
ルースに新人を逃す役割を任せず、あの場でルースも一緒に戦っていたら、俺もマーティンも危険な状況に陥ることはなかった。
ルースの言う通り、今回新人が無傷な上に俺とマーティンが死ななかったからこの選択が正しかったというのは、結果論だ。
最初からルースを含めた三人で戦っていた方が、俺とマーティンが死ぬリスクは低かったはずだ。
「このまま新人を優先する『鋼鉄の筋肉』に所属していたら、僕は新人を守って死ぬ可能性があります……大切な家族を残して」
「……お前の言いたいことは分かった。新人を優先し過ぎる方針は今後改善する。ベテランメンバーの仕事量も減らす」
「いいえ、マーティンさんは分かっていません。僕にとって『鋼鉄の筋肉』はもう、居たいと思える場所ではないんですよ」
マーティンは譲歩したが、ルースの決心は変わらないようだった。
「僕は抜けますが、『鋼鉄の筋肉』の、ますますの活躍を祈っています」
ルースは深々と頭を下げると、去って行った。
「どうしてこんなことに……」
ユニークスキルを使ってマーティンの願い通りの未来にしたのに、こんな結果になるなんて。




