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翌日、俺と魔王リディアは『鋼鉄の筋肉』の訓練を見に行った。
町から少し離れた草原へ行くと、ベテランらしきギルドメンバーが新人を指導していた。
ある集団は武器を持って素振りをし、ある集団は二人組になって組み手をし、ある集団は武器の作成を行なっている。
知らなかったが、『鋼鉄の筋肉』には武器職人も所属しているらしい。
ということは、武闘大会で使った木製の武器は、やはりこのギルドで作られたものだったのだろう。
ちなみに僧侶らしき集団もいたが、彼らも杖を素振りしていた。
見渡す限りマッチョ……かと思ったが、全員が全員マッチョなわけでもなさそうだった。
とはいえマッチョ率は相当なものだが。
「奇策の少年ことショーンくんじゃないか。昨日は武闘大会を盛り上げてくれてありがとう」
俺が訓練に見惚れていると、ぽんと肩を叩かれた。
『鋼鉄の筋肉』所属のルースだ。
「変な通り名を付けないでくださいよ……」
それに奇策というほどでもなかったと思う。
これまでの大会で、純粋な筋肉と筋肉のぶつかり合いを好むマッチョな参加者たちはやらなかったのかもしれないが。
「君も訓練を見に来たのか?」
「俺『も』?」
「大会の参加者たちはあっちにいるよ」
草原の端に、訓練の様子を見学している一団がいた。
何故か訓練の様子を見つつ、筋トレをしている。
「見学中も筋トレを欠かさないなんて、マッチョの鏡だよね。筋肉は痛めつけ続けないと逃げちゃうからね」
「は、はあ」
筋骨隆々な姿に憧れはあるが、俺はマッチョにはなれそうもない。
さすがに常日頃、筋肉のことを考える生活は無理だ。
「……あれ。俺と闘ったスポーツマン素手マッチョさんは?」
筋トレ軍団の中にスポーツマン素手マッチョの姿がない。
武闘大会で優勝したらしいから当然いると思っていたのだが。
「スポーツマン素手マッチョ……君と闘った彼は、群れることが嫌いなソロ冒険者として有名でね。『鋼鉄の筋肉』とのダンジョン攻略は、前の大会で断られているんだ」
「優勝したのにダンジョン攻略を断ってもいいんですか?」
「残念だけど、ダンジョン攻略は強制ではないからね。強制にしてしまうと武闘大会の参加者が減って盛り上がりに欠けるから、強制には出来ないんだよね」
ルースの言う通り、条件の厳しい大会には参加者が集まりにくい。
すでに男限定で魔法の使用不可という時点でかなりの条件が付けられている。
加えて入賞したらダンジョンへの強制参加が条件にあったら、参加者が集まらないのだろう。
「でも武闘大会は『鋼鉄の筋肉』のメンバーを増やすために開催してる大会なんですよね? 一度ダンジョン攻略を断った人を出場禁止にはしないんですか?」
いくら人が集まらないとは言っても、一度ダンジョン攻略を断った人を次の大会にも出場させるのは悪手な気がする。
「彼はこの町では有名人だからね。彼目当ての観客も多いんだ」
「なるほど。大会を盛り上げるために彼を出場させてるんですね。でも何だか全然目的が果たせていないような……」
ギルドメンバーを集めるための武闘大会のはずなのに、大会を盛り上げるためにギルドメンバーにならない人を出場させるのは、目的と手段が逆になっている気がする。
「そうだねえ。むしろ今では武闘大会は町のためのボランティアに近いかもね」
「ボランティア、ですか?」
「あの武闘大会には、大会を開催することで観客を集めて、協賛企業の宣伝をして、町を潤す効果があるんだ。それに、この町には地域密着型の強いギルドがあると知らしめる効果もある。すると町が襲われにくくなる」
「へえ。慈善事業みたいな大会だったんですね」
あの武闘大会には、町の繁栄と犯罪の抑制の意味もあったのか。
確かにこの町は、魔物に襲われている形跡もなく、活気があって平和そうに見える。
「個人的には、人材に対して仕事量の多すぎる今、慈善事業をしてる場合じゃないと思うんだけどね」
『鋼鉄の筋肉』は良いギルドだなと思っていると、ルースは疲れたように溜息を吐いた。
「武闘大会を開いたら、ギルドメンバーが増えるんじゃないんですか?」
「大会でギルドに入る人材なんか、一人か二人だよ。一人も入らないことだってある。武闘大会を開催するための労力に見合う人数ではないんだ」
大会の運営に携わったことはないが、あの規模の大会を開催するためには様々な作業があるのだろう。
店を巡って賞品の提供を頼んで、看板を作って武器を作って、参加者を集って、会場を設営して観客を集めて、当日の運営も行なって。
確かにこれだけやって、やっとギルドメンバーが一人増える程度では割に合わなそうだ。
「しかも今回は優勝者を逃した上に、俺も旅人ですから……すみません」
つい他人事のような気がしていたが、俺も入賞したのに『鋼鉄の筋肉』に加入する気のない参加者だ。
だんだん申し訳なくなってきた。
「あーあ。本戦に進んだ八人のうち、ダンジョンに潜る前から二人もギルドに入らないことが決定してるなんてなあ」
ルースは、頼み込んだら俺がギルドに加入するかもしれないと思っているのか、ちらちらと俺を見ながら困ったように言った。
しかしルースの思惑に乗ることは出来ない。
俺は、ユニークスキルを消してくれる呪いのアイテムを探す旅の途中だ。
「残りの六人が全員……は、入らないですよね。普通に考えて」
「まあいつものことだから、別にいいけどね」
ルースは怒った様子もなく、からからと笑った。




