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「ダンジョンに不安を感じる必要はねえ」
マーティンは書類を指差しながら、自信満々に言った。
指し示された書類には、『鋼鉄の筋肉』の幹部メンバーの顔写真と詳細が載っていた。
ギルド長のマーティンは武闘家で、彼以外の幹部は五人。
幹部の一人は、武闘大会で出会ったルースだ。彼は戦士らしい。
残りは、空手家と密偵、それに僧侶が二人だ。
「戦士と空手家の強さは俺が保証する。優れた密偵がいるからダンジョン内の罠にかかる心配もねえ。それに幹部に僧侶が二人もいるから、多少の怪我ならすぐに治せるぞ」
『鋼鉄の筋肉』の僧侶は自らも戦うらしいが、幹部に僧侶が二人もいることは少し意外だった。
「俺たちのギルド『鋼鉄の筋肉』は、安全にダンジョンを攻略することを信念に掲げている」
「安全に?」
「ダンジョンはクリアするまで何度でも挑戦できるが、命は代えがきかねえからな。ギルドメンバーの安全を気遣うこともギルド長の仕事だ」
実際のところはまだ分からないが、話を聞く限り『鋼鉄の筋肉』は良心的なギルドのようだ。
冒険者たちの間では、ダンジョンやクエストに挑む際は「何があっても自己責任」という暗黙の了解がある。
しかし『鋼鉄の筋肉』は、管理体制が整っているように感じる。
「この町に『鋼鉄の筋肉』以上のギルドはねえ。一緒にダンジョンに潜れば分かる。主要メンバーの戦力は申し分ねえし、人数がいるから効率よくダンジョンを攻略できる。クエストも積極的に受けているし、最近は新人教育にも力を入れてるんだぜ」
マーティンが別の書類を指差した。
そこには様々な冒険者たちの顔写真と名前が載っていた。
思っていたよりも『鋼鉄の筋肉』は大きなギルドのようだ。
「町民たちからの信頼も厚い。『鋼鉄の筋肉』は地域密着型のギルドだからな。俺たちがいるから、この町の犯罪は他の町に比べて少ないんだ。それに魔物も滅多に襲ってこねえ。ありがたいことに俺たちを英雄視してくれている人も多い。一説によると『鋼鉄の筋肉』のファンクラブまであるらしいぞ」
「よく喋る男じゃのう」
「リディアさん、しーっ」
饒舌なマーティンを眺めつつ、魔王リディアがあくびをした。
あまりにも失礼な態度に焦ったが、当のマーティンは魔王リディアのあくびに気を悪くしている様子はなかった。
「『鋼鉄の筋肉』はまだまだ大きくなる。そのためには、さらなる人員が必要だ。ギルドメンバーを増やして、受ける仕事を増やして、またギルドメンバーを増やして……俺の夢は『鋼鉄の筋肉』を世界一のギルドにすることだ!」
「なんだかカッコイイですね」
マーティンは上昇志向の強い人間のようだ。
しかもただ気持ちが先行しているわけではなく、きちんと努力をして結果が伴っている。
成功するのは、きっとこういう人なのだろう。
「俺は『鋼鉄の筋肉』のみんなが好きなんだ。特に幹部メンバーは、一緒に『鋼鉄の筋肉』を創立した仲で、一番の苦労を共に味わっている。だから『鋼鉄の筋肉』を世界一のギルドにして、あいつらに富と名誉を与えてえんだ。今が頑張りどきなんだよ」
巨大ギルド『鋼鉄の筋肉』は、たった六人でスタートしたギルドだったらしい。
きっとギルドをここまで成長させるためには、並々ならぬ苦労があったはずだ。
マーティンだけではなく、幹部メンバーの彼らもまた、優れた人たちなのだろう。
「マーティンさんはすごい人だよ。『鋼鉄の筋肉』には、町民たちも感謝してるんだ」
気付くとレストランの店長らしき女性が、テーブルにお茶を運んでくれていた。
「マーティンさんと『鋼鉄の筋肉』なら、すぐに世界一になれるさ」
「おいおい、やめてくれよ」
「武闘大会が始まってから町が活気づいてるんだよ。それに『鋼鉄の筋肉』に困りごとを相談すると、何でも解決してくれるんだ。その上、町内のゴミ拾いまでしてくれるんだよ。『鋼鉄の筋肉』さまさまだよ」
「当たり前のことをしてるだけだって」
二人のやりとりを見ながら、魔王リディアがお茶を飲んだ。
「この女は仕込みかのう」
「リディアさん、しーっ」
俺も仕込みだと思ったが、こういうときは知らない振りをするものだ。
「……ゴホン。とにかく明日『鋼鉄の筋肉』の訓練があるから、見に来るといい」
バツが悪くなったのか、マーティンは目を逸らしてわざとらしく咳払いをした。




