●72
「やっぱり俺ですか!?」
試合開始とともに、三人のマッチョが俺に向かってきた。
Bブロックと同じ集中砲火パターンだ。
残り一人の素手のマッチョは、静かに俺たちを観察している。
ぴょんぴょんと三人の攻撃を躱しつつ、弓を構える。
リングの端まで逃げた俺は、リングの柱の上に飛び乗り、その位置から対抗線上にあるリングの柱を狙って矢を放った。
矢は見事にリングに命中した。
矢に結び付けていたマントを地面へと垂らして。
俺はすぐに地面に向かって、身に付けていた防具を投げ捨てた。
マントの上で重しになるように。
今やリングの中央に巨大な幕が張られた状態だ。
俺は幕を隔ててマッチョ四人のいない方へと着地した。
「うおっ!?」
「なんだ!?」
「ぐあっ!?」
そして突然の幕登場に慌てる三人のマッチョに向けて、矢を放った。
幕が目隠しになったため、数本の矢が命中したようだ。
「こんなものー!」
予想通り、幕はマッチョによって、いとも簡単に破かれてしまった。
しかし、これでいい。
予想外の攻撃に観客が沸いている。
芸術点はもらったと見た。
「いやあ、面白い」
幕が破れると同時に、ゆっくりとした拍手が聞こえてきた。
これまで俺たちの様子をじっと見ていた素手のマッチョだ。
三人の参加者たちはこの素手マッチョのことを知っているのか、彼の発言を遮ろうとはせず、俺への攻撃を一時保留にしているようだ。
「細いの、なかなかやるではないか」
細いのとは俺のことだろうか。
……俺のことだろう。だって他の参加者はみんなムキムキだ。
「奇抜な闘い方はもちろんだが、それ以上に弓を射る早さを俺は評価したい。君は名のある弓使いだろう?」
「いいえ。普段は短剣で闘ってます」
「…………まあいい。では短剣を出したまえ。君とは正々堂々、手合わせを願いたい」
「それがそのー、防具をいっぱい身に付けて、さらに矢をいっぱい持って弓を持ったら、短剣を持てなくなっちゃいました。なので短剣は持ち込んでません」
素手マッチョはわなわなと震え出した。
「いつも使っている武器がなくとも、俺たちごときには勝てるということか!?」
「いえ、だから、荷物が多くて短剣を持てなくなってしまって」
「短剣くらい、どうとでもなるだろう!? 懐に忍ばせておけばいいだろうに!」
「あっ、それもそうですね。次回から気を付けます」
てへ、と舌を出すと、その仕草が素手マッチョの逆鱗に触れたらしい。
俺に向かって勢いよく突進してきた。
「うわあああ!?」
俺は咄嗟に矢を数本掴み、素手マッチョのパンチを受け止める。
そして矢が折れるまでのコンマ数秒の間に、身体を滑らせて、素手マッチョの股下をくぐる。
股下をくぐった先にいたマッチョの持つ長剣の柄を、下から拳で突き上げる。
するとマッチョの手から長剣が飛んだ。
もし剣をしっかりと握っていなかったらラッキーだな、程度でやったことだが、運の良いことに長剣マッチョは俺と素手マッチョの闘いに見惚れていて、剣を持つ手がゆるんでいたらしい。
試合中に気を抜くなんて、きっとこの長剣マッチョは次の試合に進んでも勝ち残ることが出来なかっただろう。
「ふう。短剣ではありませんが、剣を手に入れましたよ。これでいいんでしょう?」
「なかなかやるな。君の名前なら覚えてやってもいい」
「あ、別にそういうのはいいです」
だって名前を覚えられて、万が一正体を知られたら困るから。
「なん……だと……」
ふと見ると、武器を失った長剣マッチョがリングから降りていた。
「おっと、長剣マッチョさんは負けを認めたみたいですね。素手での闘いは苦手な方だったのでしょうか」
「名乗らない上に、俺との会話中によそ見をするとはいい度胸だ。勝負だ、細いの!」
「お手柔らかにお願いしますね、素手マッチョさん」
「誰が素手マッチョだ!」




