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数時間後、武闘大会が開始された。
予選は複数人で行なわれるようだ。
ブロックごとに五人の参加者で闘い、そのうち審査員の付けた点数の高かった二人が本戦のトーナメントに進むようだ。
点数の基準は明示されていないが、きっと活躍した参加者に良い点が付くのだろう。
参加者が二十人のため、予選は全部で四回。
思ったよりも参加人数が集まらなかったのか、トーナメント戦に進んだ時点で賞品が貰える計算だ。
むしろ賞品の方が多いくらいだから、店の在庫処分のような賞品はいくつかまとめて渡されるのだろう。
俺はDブロックに指定された。
掲示板には同じDブロックの参加者の名前も書かれていたが、知っている名前はない。
「対戦相手が誰なのか分かったところで、何が出来るわけでもないけど」
「とはいえ他の試合を観ておくことは大事だと思うよ」
「え!?」
突然話しかけられて横を見ると、一人の男が俺の隣に立っていた。
当然、筋骨隆々だ。
「参加者の方ですか?」
「僕はスタッフ側だよ。『鋼鉄の筋肉』のルースだ。自分で言うのもアレだが、そこそこの実力者……のはずだが、武闘大会の運営に駆り出されてね」
ルースと名乗る男は、困ったように頭をかいた。
「本当はこの時間を使ってクエストをこなして金を稼ぎたいんだが……まあギルドの方針だから仕方ない」
そういう内部事情は、初対面の俺に言うべきことではないと思う。
もしかすると、初対面の俺にだからこそ言える愚痴なのかもしれないが。
「お。予選第一試合が始まるみたいだよ」
Aブロックの闘いが始まった……が、参考になったかと言うと、全く参考にはならなかった。
あまりにも圧倒的な闘いだったからだ。
一人の男がリングの上で大暴れをしていた。
残った四人のうち一人はリングの上をうまいこと逃げ回っている。
あとの三人は成す術もなく早々に倒れ、敗北を宣言し、リングから逃げ出していた。
「マッチョでも逃げだしたりするんですね」
「身体は鍛えたのに、心は鍛え忘れたのかもしれないね」
あまりの光景にルースは苦笑していた。
「あーあ。客席からブーイングが飛んでるよ」
「そうですね……ただ個人的な感想を言わせてもらうなら、相手に敵わないと分かったら、逃げるのも一つの手だと思います。誰だって深手を負いたくはありませんから」
もし俺があの場にいても、逃げ出すだろう。
僧侶に治療してもらえるとしても、怪我をするのは痛いから。
「それはそうなんだが、運営の立場からするとなあ。武闘大会だから、逃げるんじゃなくて闘ってほしいんだよね。観客は闘いを観に来てるわけだからね」
「なるほど」
今のAブロックの闘いは、とても闘いと呼べるものではなかった。
「武闘大会」の趣旨には合わない。
「ブロックごとに強者を振り分けたのがいけなかったのかな。これじゃあ他のブロックも期待できないかもなあ」
ルースが聞き捨てならないことを言った。
ブロックごとに強者を振り分けている?
「じゃあ他のブロックにも、あの大暴れしていた人みたいな参加者がいるってことですか!?」
「そうだよ。ブロックによって大幅に力量差があったら不公平だからね。とはいえ僕らが把握している強者を振り分けただけだから、ダークホースも紛れ込んでいるかもしれないよ。例えば、君とかね?」
ルースは冗談めかして俺にウインクを飛ばした。
俺がダークホースだなんてとんでもない。
物理で闘う武闘大会で、俺が勝てるわけがない。
「ということは、どのブロックにも必ず一人は強者がいて、さらに運営の把握してない隠れた強者も紛れているかもしれないってことですか!?」
「運営としては、隠れた強者がたくさんいると嬉しいんだけど。Aブロックにはいなかったみたいだね」
まだ一戦もしていないが、早くも帰りたくなってきた。




