●65 side ドロシー
目を覚ますと、頭上に広がっていたのは青空ではなく、天井だった。
見慣れた実家の天井ではないが、ここがベッドの上であることは間違いないだろう。
「…………うっ」
身体を起こそうとすると、激しい眩暈がした。
仕方がないので、再びベッドに身体を預ける。
「大丈夫? 急に起き上がると危ないよ」
声の主は私の額に、冷たい布を置いた。
ひんやりとした心地よさを感じながら、声の主である少女に尋ねる。
「あなたは一体、誰ですか?」
「あたしはただの冒険者。しかもかなり弱い、ね」
少女は優しく微笑みながら私を見つめた。
間違えるわけがない。
彼女は、珊瑚色の髪のヒーローだ。
「どうして私を助けに来てくれたのですか……?」
「これ」
少女はキラキラ光るガラス玉を私に握らせた。
「これ……ヒーローが来てくれるお守り……」
「なにそれ。ショーンってばそんな風に言ったの?」
「あなたはショーンくんのお知り合いの方ですか?」
お揃いの物を持っているということは、知り合い以上の関係であることは確実だ。
そうとは知らずに二人のお揃いの品をもらった上に、割ってしまった。
「うーん、知り合いってほどショーンのことを知ってはいないんだけど。でも一緒にクエストをこなした仲よ」
なんだか微妙な反応だ。
知り合いと友だちの中間くらいの関係だろうか。
「あたしの名前はヴァネッサ。あなたは?」
「……ドロシー、です」
ヴァネッサに名前を尋ねられたため答えると、彼女の手が伸びてきた。
私も彼女に向かって手を伸ばす。
あのとき助けを求めて伸ばした手が、やっと握られた。
この瞬間を、ずっとずっと待っていた。
「ヒーローが、来てくれた……」
「自分で名乗っておきながら、あらためて言われると、恥ずかしいわね」
「恥ずかしくなんてありません。あなたは私のヒーローです」
ヴァネッサの手をぎゅっと握りながら、呟く。
「私はきっと、救われたかったんです。伸ばした手を、温かい手で掴んでほしかった」
ヴァネッサの手からは体温が伝わってくる。
この村の人たちが失ってしまった、体温が。
「とっても温かい、です」
「寒かったの?」
「……そうかもしれません。私はずっと、寒さに凍えていたのです。そのことに気付かない振りをしていました」
抽象的で意味の分からないことを言う私を、ヴァネッサは否定しなかった。
「寒いなら、一緒に南へ行かない? きっと暖かいよ」
「南、ですか?」
突然、話が飛んだ。
私が目をぱちくりとさせると、ヴァネッサは照れた様子で私を勧誘してきた。
「ドロシーさえ良ければだけど、あたしと一緒に旅に出ない?」
「旅……考えたこともありませんでした」
この村から出ることなんて、考えたこともなかった。
自分はこの村で生まれてこの村で死ぬものだとばかり思っていた。
「きっと楽しいよ。大変なことも多いと思うけど」
「旅ですか。うーん……」
「あのね、私、自分で言うのもアレだけどすごく弱いんだ。だから大変な旅になるかもってことは先に伝えておくわね。それも考慮して決めて」
勧誘するときには、そんなことを言わなければいいのに。
まっすぐというか、愚直というか。
……きっとそんなヴァネッサだから、私は救われた。
彼女と一緒なら、どんな困難でも乗り越えられる気がする。
だから私はもう、大丈夫。
「手を掴んでくれるヒーローがいるなら、私は『大丈夫』です」
「うん?」
「あなたが弱くても構いません。私が強いので」
「カッコイイこと言うわね」
ヴァネッサはリュックから地図を取り出して、ベッドの上に広げた。
「ねえ、もしかして毒蜂退治が得意だったりしない? ここへ来る途中に毒蜂の巣を見つけたんだけど、あたしじゃ手を出せなくて。このあたりに巣があるの」
「毒蜂退治ならお安い御用です。ネクロマンサーは痛覚のない死体を操りますから。村に転がっている魔物を連れて行きましょうか」
「うっわー、頼もしい!」
とはいえ出発するのは明日以降になるだろう。
この状態のまま出発しても、魔物たちの格好のエサになるだけだ。
だから、今夜は。
「ここで会ったのも何かの縁です。私に旅のお話を聞かせていただけませんか?」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
なお、この物語は章ごとにテーマがあります。
第一章のテーマは『〇〇〇〇〇〇〇〇ある』
第二章のテーマは『愛と差別』
第三章のテーマは『正義と各々の世界』
でした。
明日からも、毎日18:00に1話ずつ更新していきます。
今後もよろしくお願いします^^




