●64 side ドロシー
「あっ、危ない!」
身体中の力が抜けて倒れ込む私を、少女が慌てて受け止めた。
足に力を入れようとしたが、身体のどこにも力は残っていなかった。
「大丈夫?」
「……大丈夫では、ないですね」
なんとか応えたものの、もう眼は霞んでいる。
髪色で私を抱えている人物が後から来た少女であることは判別できるが、その表情はよく見えない。
「怪我はしていないようね」
「はい。力を、使いきった……みたいです……」
瞼が重い。
気を抜いた途端に暗闇に落ちてしまいそうだ。
「誰だか知らないが、離れろ。そのネクロマンサーは危険だ」
「危険人物には見えないわ。普通の女の子よ」
もう瞼は半分以上閉じてしまったが、かろうじて勇者たちと少女の会話が聞こえる。
「魔物を操って俺たちを襲っていたのを見ただろう!?」
「今は何もしてないわ」
「今は魔力が尽きたからで、回復したらまた何をするか分からないんだぞ!?」
「それでも。あたしは、この子に助けてって言われたの」
少女は勇者たちに対して一歩も引く様子は無かった。
見た感じ少女は全く強そうではなかったが、私が実力を測れていないだけで本当は勇者に意見できるほどに強いのだろうか。
「あんたに何が出来るのよ。魔力は少なそうだわ」
「身体つきも戦士と呼ぶには細すぎる」
「それでいて回復職でもないように見えます」
やっぱりそうなのか。
勇者パーティーのメンバーも、少女が強いとは思っていないのか。
「あたしに何が出来るかは……正直、分からない」
「はあ!?」
「でも助けるって約束したから。助けを呼ぶ声に応えるのが、ヒーローだから!」
ああ、自分でも自身が強いとは思っていないのか。
それなのに、勇者パーティーを相手にしても引こうとはしない。
私の渇望していたヒーローは、ここにいた。
この場の誰よりも弱く、しかしそれでも自分を貫き通す、正義のヒーローが。
「…………もう行くぞ」
しばらくの沈黙の後、勇者がそう言った。
「勇者!?」
「この村を放っておくのですか!?」
「僕たちには、他にやるべきことがあるだろう」
この場を去ろうとする勇者を、僧侶と魔法使いが止めようとしている。
「勇者さん、こんなことをしでかしたネクロマンサーを野放しにしてはいけません」
「私もあのネクロマンサーを放置するのは危険だと思う。王国に引き渡すなり、適切な処理をした方が良いわ」
「僕たちは魔王を倒すために旅をしてるんだ。寄り道をしている暇はない」
勇者はもう、私にも、この村にも、興味を失っているようだった。
私とこの村の問題よりも、優先したいことがあるようだ。
「それはそうだけど、でも」
「何より後から来たあいつが、ネクロマンサーを離すとは思えない」
あいつというのは、私を抱えている少女のことだろう。
その意見には私も同意だ。
この少女を動かすのは、一筋縄ではいかない。
「勇者の決めたことだ」
これまで黙っていた戦士は、僧侶と魔法使いを説得する側に回ったようだ。
「戦士さんまで、そんなことを仰らないでください」
「そうよ。悪を放っておくのは、勇者パーティーとしてよくないわ」
「悪は、村を襲った魔物は、もういない。それでいいだろう」
戦士が諭すように言った。
続いて勇者も畳みかける。
「早く魔王を倒せば、この村のような悲劇を減らせるはずだ」
「……分かったわよ」
「……分かりましたわ」
その言葉を最後に、四人の足音は遠くなっていった。
ああ、すごい。
正義のヒーローには、戦闘力なんて必要なかった。
そんなものが無くても、自分の正義を貫くことが出来るのだ。
誰が何と言おうとも、ううん、誰にも何も言わせない。
この少女こそが、ヒーローだ。




