●61 side ドロシー
子どもの頃、私は兄と手合わせをするのが好きだった。
手合わせと言っても、兄と戦うのは私ではない。
兄と戦うのは、私の操る動物たちだ。
「あー、参った!」
大蛇に巻きつかれて身動きのとれなくなった兄が降参した。
それを合図に、兄の身体から大蛇を解く。
地面に降りた大蛇は、私の指示で草むらの中へと姿を消した。
「やっぱりドロシーは強いなあ」
兄が自身の服で汗を拭きながら私のことを褒めた。
しかし、いつもなら褒められて喜んでいるところだが、この日の私は明るい気分にはなれなかった。
「お兄ちゃんは私のことを、気持ち悪いとは思わないの?」
「……誰かに言われたのか?」
「うん。死んだ動物を動かす力は気持ち悪いって」
直接言われたわけではない。
偶然、村人たちが噂しているのを聞いてしまったのだ。
「気持ち悪いどころか、すごい力じゃないか!」
「でも……」
兄は屈んで私と目線を合わせると、私の両肩に手を置いて、優しく微笑んだ。
兄に手を置かれた肩がほんのり温かい。
「普通なら、死んだらそれで終わり。でもドロシーがいれば、死んでからも誰かの役に立つことが出来るんだ」
「死んでからも誰かの役に立てる……?」
「そう。たとえば村が魔物に襲われたら、俺はすぐに死んでしまうはずだ。だけどドロシーの力があれば、死んでからもみんなを守ることが出来る」
「お兄ちゃんが死んじゃうなんて嫌だよ」
私が半泣きで兄に抱きつくと、兄は笑いながら私の頭を撫でてくれた。
「ただのたとえ話だよ。そのくらいドロシーの力はすごいってこと」
「私のこれが、すごい力……?」
気持ち悪い力ではなく、すごい力。
死体を操るすごい力。
「そう、すごい力。ドロシーの力があればみんなを守れるんだ」
「みんなを守る力……?」
つい先程まで自分の力を気持ちの悪いものだと思っていたのに、兄の言葉は負の感情を一気に吹き飛ばした。
「俺もドロシーみたいにネクロマンサーの力が強かったらなあ」
兄のこの言葉は、私を元気づけるためだけではなく、心からそう思ってのもののように聞こえた。
兄にもネクロマンサーの力はあるが、大きな動物を操ることの出来る私とは違い、小さな鳥を一羽操るのが精一杯のようだった。
「でも私は筋肉がないけど、お兄ちゃんはあるよ。筋肉があるからお兄ちゃんは体術も使えるよ」
「その体術で、ドロシーの操る動物に負けちゃったんだよなあ」
兄は恥ずかしそうに自身の頬をかいた。
そうだった。
たった今、私は手合わせで兄に勝ったのだ。
「じゃあ私、お兄ちゃんよりも強いの?」
「強いよ。父さんよりも母さんよりも。ドロシーは村の誰よりも強いよ」
「私がこの村で一番!?」
村で一番だなんて、言われたことがなかった。
そのため単純な私は、自分に力があることを嬉しいと思うようになった。
「いざとなったらドロシーが、村のみんなを守ってくれよな」
「うん。私が村のみんなを守る! だからお兄ちゃんは、私に守られてね!」
「頼もしい妹だなあ」
兄は私を持ち上げると、その場でくるくると回った。
ネクロマンサーの力を気持ち悪いと言われた暗い気分など忘れて、私はきゃあきゃあとはしゃいだ。




