●37
「そろそろ質問をしてもいいか?」
俺の話が終わるまで律義に質問を我慢していたヘイリーの父親が手を上げた。
「ヘイリーが妊娠していた件についてだが」
きた。
一番ボロが出やすく、少しも気を抜けない嘘を吐くときだ。
ヘイリーの父親は、集会場に集まった村人全員に向けて質問をした。
「相手は誰だ? 赤ん坊の大きさから考えて、その……今から一年前くらいだと思うのだが……」
さらわれたヘイリーが戻ってきたことで、心に余裕があるのだろう。
ヘイリーの父親は、いきなり喧嘩腰で質問することはなかった。
しかし彼の顔には確かな怒りが浮かんでおり、作られた握りこぶしは真っ白になるほど強く握られている。
「怒らないから名乗り出てほしい。子どもを作っておいて、魔物にさらわれたヘイリーを助けに行こうともしなかった父親、名乗り出るんだ」
怒らないわけがない。
というか、すでに怒っている。
集会場は沈黙に包まれた。
誰もがお互いに顔を見合わせては、小さく首を振っている。
「………………俺です」
その途端、全員の視線が集まった。
俺に。
「旅の、お方……が……?」
さすがに予想外だったのだろう。
ヘイリーの父親は怒るよりも先に、驚愕であんぐりと口を開けてしまった。
「実は俺、一年近く前に偶然この村の近くを通りかかって、山へ山菜採りに来ていたヘイリーさんと意気投合しまして……今回は、俺とヘイリーさんの赤ちゃんが生まれているかを確認するために、再びこの村を訪れたんです」
「パパー、パパの赤ちゃんは元気ですよー」
ヘイリーさんが赤ん坊の手を動かして、俺に向かって手を振った。
俺の吐いた嘘を手助けするつもりだったのだろうが、いや手助けとしては最高の結果を生み出したのだが、この行動はヘイリーの父親の怒りに油を注いだ。
「おのれ、偶然通りかかって……子どもを作っただと!?」
「ええ。成り行きで」
「成り行きで!? 大事な一人娘に、よくも!」
ヘイリーの父親が俺の胸ぐらを掴み、容赦ない一撃を繰り出した。
村の救世主を殴る暴挙だが、あまりにも迷いのない動きだったために、その場の誰もヘイリーの父親を止められなかった。
思いっきり殴られた俺は、集会場の床に転がった。
あちらこちらから悲鳴が飛ぶ。
「こら、やめなさい! 村の救世主様になんてことを!」
「そうよ。この方は、これから私たちの家族になるのよ!?」
すぐに体格の良い村人によって、ヘイリーの父親は羽交い絞めにされた。
そして動けなくなったヘイリーの父親に、村長と、ヘイリーの母親らしき人物が説得を始めた。
しかしヘイリーの父親の怒りは収まらない。
「大事なヘイリーに成り行きで手を出した挙句、今の今まで放っておいただなんて! 俺はお前のような薄情者を、婿として迎える気はない!」
羽交い絞めにされながらも、ヘイリーの父親は唾を飛ばしつつ俺に敵意を向けてきた。
村の英雄だろうが何だろうが、娘の相手として適しているかどうかはまた別の話なのだろう。
俺だって、成り行きで手を出して娘を放置する男は英雄だとしても娘の相手としては願い下げだ。
しかも俺には、さらなる薄情なセリフが控えている。
「婿入りの件ですが。俺はこのまま旅を続けるので、娘さんには一人で子どもを育ててもらおうと思っていまして……」
「この痴れ者が!!」
怒りが頂点に達してものすごい力が出たのか、それともヘイリーの父親を羽交い絞めにしていた村人がこれは殴ってもいい案件だと判断して拘束を緩めたのか。
羽交い絞めから逃れたヘイリーの父親は、俺の上に馬乗りになり、何度も拳を叩きこんだ。
「痛っ! ヘイリーさんのお父さん、痛いです。お父さん!」
「お前にお義父さんと呼ばれる筋合いはない!」
集会場は騒然となった。
やっと落ち着いたのは、とっぷりと陽が落ちてからだった。
* * *
逃げるようにトウハテ村を出発する俺たちを見送りに、ヘイリーが村の入り口まで来てくれた。
その数メートル後ろでは、腕組みをしたヘイリーの父親が俺を睨んでいる。
ヘイリーの父親を止めるためか、近くには体格の良い村人も立っていた。
「すみません。父がやりすぎてしまって」
「いいんですよ。俺が親でも、ああすると思いますから」
俺は腫れ上がった自身の頬をさすりながら答えた。
「それにあれくらいの薄情者を演じておけば、村に顔を出さなくても怪しまれませんからね」
「さらにはヘイリー父にボコボコにされたからのう。ショーンが二度と村に現れなくても不思議ではないじゃろ」
「ええ。村人たちも、今後ヘイリーさんに俺の話はしないと思いますよ。俺のことは、一夜にして触れてはいけない話題みたいになりましたから」
だから俺の件に関して、ヘイリーはもう嘘を吐かなくてもいい。
嘘は、重ねるよりも封印しておいた方が、明らかになりにくい。
このまま嘘が埃を被って忘れ去られることを、切に願う。
「今回のショーンは、ずっと損な役回りじゃのう」
とはいえ、あくまで俺はこの話におけるゲストに過ぎない。
真に辛いのは、話の核を成す彼らだろう。
「本当にありがとうございました」
この話の核である一人、ヘイリーは魔王リディアと俺に向かって深々と頭を下げた。
彼女の顔が、喜びと悲しみで歪んでいたことには気付かない振りをして、俺たちは村を去った。




