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俺が反省したところで、クシューが俺たちの会話に口を挟んだ。
「おいおい、リディア。ピュアなショーンを上手いこと言い包めるなよ。リディアが真実を話さなかったのは、真実を知ったらショーンがリディアと一緒に旅をしてくれなくなっちまうからだろ?」
「……どういうことだ?」
クシューの口調は、リディアが私欲のためにあえて俺に真実を話さなかった、と言っているように聞こえる。
「どういうもこういうも、リディアは全部知ってたんだよ。だって俺の秘書官だったんだぜ? 俺は暇潰しに、自分が外の世界へ行けることも、外の世界に繋がる道へ行けることも、全部話してるんだ。だからショーンが外の世界へ繋がる道に行けることをリディアは知ってたはずだぜ」
「リディア、さん?」
「…………」
リディアは何も言わなかった。
黙ってクシューをにらみつけている。
「俺に嘘を吐いて何になるって言うんだよ。俺の能力がユニークスキルじゃなかったからと言って、リディアさんには何の得も無いはずだろ!?」
答えをくれないリディアではなく、クシューに俺は質問をした。
するとすぐに、もっともらしい答えが返ってきた。
「リディアはショーンに、自分の隣でこの世界を見せたかったってことだ。リディアの解説を交えながらな」
確かに俺たちの旅は、そういう旅だった。
知らない村や町へ行って、そこでリディアがこの世界やこの世界の住人についての話をして、そして彼らの結末を見届ける。
彼らの結末を見た俺は、いろいろなことを考えた。
そうやって、いくつもの村を旅してきた。
「でも、どうしてそんなことを?」
俺たちはクシューの指摘通りの行動をしている。
それでも分からないのは、どうしてリディアがそれを望んだか、だ。
「考えるまでもねえ。ショーンにこの世界を抹消させないために決まってるだろ。そのためにリディアはショーンに近づいたんだろうから」
筋は通っている。
しかし本人の口から聞かなければ、納得は出来ない。
これは事実がどうこうではなく、俺の感情の問題なのだろう。
「リディアさん。クシューの言っていることは真実なんですか」
まっすぐ目を見て問いかける俺に、リディアはやっと重い口を開いた。
「妾はこの世界の住人じゃ。この世界を守ろうとするのは、おかしなことではあるまい」
「それはそうですが。じゃあ最初からそれが目的で俺に近づいたんですか」
「まあ、そういうことじゃ」
「そんな……」
思えばリディアとの出会いは不自然だった。
その不自然さはヴァネッサにも指摘されていた。
しかしリディアのことを信じ切っていた俺は、深く考えることをしなかった。
否、深く考えたくなかったのかもしれない。
勇者パーティーから捨てられて一人になっていた俺を拾ってくれたリディアが、何かを企んで俺に近づいたなんて、そんなことは考えたくもなかった。
「わざわざ一緒に旅をしなくても、俺は勝手に旅をしていたと思います。それなのに、どうして一緒に旅をする必要があったんですか。俺が弱いからですか」
ショーンが弱いからというのもその通りだが、と前置きをしてからリディアは続けた。
「ショーンはあまりにも模範的にしか物事を見ることが出来なかった。その基準でだけ世界を見ていては、この世界の抹消へ気持ちが傾くことは容易に想像できる。妾はそれをさせたくなかったのじゃ」
俺はこの世界に来るにあたって、この世界の知識を得ていた。
もとは主の身体の一部だったのだから当然だ。
しかし主は、自分で創った世界であるにもかかわらず、この世界の模範的な知識しか知らなかった。
嘘を吐いてはいけない、現実を見なくてはいけない、他人とは仲良くしなくてはいけない、みだりに異性の裸を見てはいけない。
リディアの言う通り、俺の持っていた知識は模範的なものばかりだった。
だからこそ、リディアは俺に近づいたのだろう。
俺が、この世界をもっと深く知ることが出来るように。
「リディアさんは、その目的ありきで俺に近づいたんですね……」
「ねえ、ちょっといい?」
俺が落ち込んでいると、予想外の人物から声が上がった。
俺の後ろで話を聞いていた、ヴァネッサだ。




